二代目「魔王」と忍びの古老

渡貫とゐち

手がかりは常にあった――


 深夜、物音で目を覚ます。

 曲者でもいたのかと警戒をするが、気配はない。

 それを隠す熟練者という可能性もあるが、であれば物音を立てることもないだろう。


 自分の体の何倍もあるベッドから下りる。

 長い銀髪を腰まで伸ばした青年だ。彼の名はマルミミ……、突然、病死した父親から魔王の座を渡された、即席の二代目「魔王」である。


 魔王城に侵入者がいるとなれば、見つけて捕縛、もしくは排除するべきだが、体制が変わったばかりだと、部下に命令するにしても速度が出ない。

 連絡はするべきだが、ここはマルミミ本人が出向いた方が早いだろう。一応、喧嘩をしてこなかったわけではない。


 戦えないわけではないのだ。


 最近では新店としてオープンした城内のフィットネスジムで鍛えているから……、ある程度は頑丈にはなっているはずだ。


「探すにしても広い城だよね……、父上がいなくなるだけでここまで広く感じるなんて……それだけ、僕の目は一部しか見ていなかったってことなんだろうね……」


 城内の地図をあらためて見た時に、驚いたものだ。滅多にいかない通路には隠し階段があって、その下にはフロアがあるということも、紙面上で知ったのだから。


 現場に直接、足を向かわせたこともあるが、きっと全てを踏破してはいないのだろう。つまりマルミミがまだいっていない場所に、侵入者がいる……隠れている。

 いや……侵入者ではない気がしてきた。

 マルミミが知らないだけで、先代魔王の知り合いが、部屋を借りてそこをずっと使っているだけの気もして……それでも、確認しないわけにはいかない。


 これは単に、放置したままでは気持ち悪いからである。


 音がする方向を追っていくと――

 地図では行き止まりになっているが、その先から物音が聞こえてくる。

 壁、床……? どちらかが、ダミーなのだろう……さて、どっちだ?


「両方、試してみようか……」


 拳で軽く小突いてみれば、床の方だった。

 先は空洞である……、真下へ下りることができる狭いスペースがあるようだ。

 見ただけではただの床だが、押し込みながら回転させると、蓋が真上へ跳び出した。

 見えたのは深い穴と、取り付けられた梯子である……音は奥から聞こえてきていた。


 狭い通路は逃げ場がないが、怯えていたら先には進めない。先へ進むべきだろう。


 梯子を下りる。仕方ないが、かつかつと音が鳴ってしまう。どれだけ音を抑えようとしても響いてしまい……既に遅いだろうから諦めた。

 マルミミが近づいていることを、梯子の先にいる誰かは気づいているだろう。

 もう姿を消しているかもしれないが……顔は出しておくべきか。


 もしかしたら……、

 父親が死んだことを知らない可能性もある。


「……え……?」


 梯子の先。

 光があった。先に広がっていたのは、地下とは思えない広大な空間だった。

 ドーム状のような形の天井、そして壁が遠い……わけではないのか。外の景色がペイントされており、まるでそこは地下の空間でありながら、地上のような場所だった。

 山の頂上にいることを錯覚させる空間である。

 空が青い。雲がある……脳が勘違いすれば、不思議と開放感も感じられてくる。


 マルミミは梯子から飛び降り、着地する。そこは岩場だった。

 そっくりに作っただけで城内と同じ床なのだろうけど……、この場所は…………なんだ?


「地下に、こんな空間があったなんて……うわっ、すごい……。空中かと思えば、そう見えるようにペイントされた床なんだ……あはは、まるで空の上を散歩しているみたいだ――」


 目を細めてよく見れば、足場には細かい町並みが小さく見えている。

 描かれているのだ……そのため、浮いていると錯覚し、体が反応してゾッとした。

 恐怖である。

 それは落下をイメージして、もあるが――

 気づけば背後にいた『気配』に、でもある。


「ッッ!?」

「遅いぞ、マルミミ」


 動けなかった。

 マルミミは振り向くこともできない。


「ぼ、僕を……知っているのか……?」

「メリジオの息子だろう。知っているさ……おぬしが赤ん坊の頃からのぅ――」


 ということは、かなり昔から、この場所にいたことになる。

 この場所でなくとも、マルミミの父親であるメリジオの知り合いであることは確実だから……城の内部にはいたのだ。


 マルミミが子供の頃、その頃からずっと――実は後ろで観察されていたのかもしれない。


「物音は……あなただったんだね……」

「やっと気づいてくれたようで嬉しいが……待たせ過ぎだな。五年は待てたが、そろそろ限界ではあった……。そういうところはまだまだなようだのぅ」


「ご、五年……!?」


「毎日、深夜、呼んでおったのだがのぅ……無視され続けてきたってことだ……悲しいなあ」


 すると、動けなかった体が動くようになった。

 そこで意を決してマルミミが振り向けば、そこに気配はなく――とん、と、マルミミの頭頂部に立つ気配があった。一瞬遅れて、体重が頭に乗る。


「うぐ!?」


「魔王が足蹴にされているようでは、先が思いやられる」


 たんたん、と身軽な動きでマルミミの視界の中を跳ねるのは、黒衣を纏い、赤いマフラーを首に巻いた禿頭の老人だった。

 ……老人? と言うには、動きが若い。

 たとえ若者でも、ここまでの運動能力はないだろう。壁を歩くどころか空中を走っている。

 ペイントで足場を隠しているわけではなさそうだ――

 その見た目は、大昔にいたであろう『忍ぶ者』であった。


「あなたは……?」


「名はガンプ。この城の地下を我が家とする者だ。おぬしはそれがしを侵入者と思っているようだが、こっちからすればおぬしたちが侵入者であるよ……。我が家の上に城を建てて住み始めてしまって……今更、出ていけとも言えんし、これまで見逃していたことを感謝してほしいくらいだ。

 おぬしの父親は、最低限、某の要望を叶えてくれたからのぅ……おぬしも、二代目として家主となるのであれば、早々に接触をしてほしいものだな――分かったかね?」


「……それは……知らなかったので――ぅお!?」


 マルミミの足下に投げられたのは、見たこともない武器だった。


「クナイと言う。知らんかね?」

「武器ですよね?」

「そうだが?」


「武器を投げつけてきたということは……戦う意思があるってことだと判断しますけど……」

「制圧してみるかね、小僧」


 雰囲気で分かる強者に、マルミミは挑むことに決めた。相手を制圧するためではなく、特殊な技術を持つ相手と戦うことで、学ぶことがあるだろうと企んでのことだ。

 盗めるものは盗む――

 どうせ相手には自分を殺すつもりなどないのだから――「あれ……?」


 首が切られた。

 心臓も突かれ――星型の刃が、こめかみに突き刺さる。


 意識が遠のいた。

 ふら、と倒れそうになったところで、足を強く地面に叩き付け、なんとか持ちこたえる……全て、幻覚だった。


 小柄な老人が見せた、迫力による死のイメージである。


「――ぷ、はぁっ!? はぁ、はぁ……し、死んだ……!?!?」

「三度。そして次が四度目だ」


「っっ」

「ほうれ、避けないと死ぬぞ、マルミミ」


 武器だけに警戒していると蹴りがくる。それを腕で受け止めると、ぐっ、と、まるで背後から引っ張られたように、真後ろに飛んでいく。

 壁に衝突し――だが、堅い壁は亀裂のひとつも入らず、跳ね返ったマルミミが床に打ち付けられた。


 立ち上がれない。

 頑丈さには自信があったが……まったく、だ……。

 意識が飛んでいないのが奇跡である。


 マルミミは、ごろん、と仰向けになるのが精いっぱいで――

 気づけば老人の足が、マルミミの視線の先にあった。


「頭蓋を砕けば某の勝ちだ……まだまだだのぅ、マルミミ……」

「つよい……っっ!?」


「当たり前だ。某は忍ぶ者――時代の強者を何人も葬ってきた、影の暗殺者だぞ?」


「……だとして、そんな人が、どうしてこんなところに…………?」


「おぬし、ここがどういう国か忘れたのか? ……と言えば、時系列がおかしくなるか。ここが世界から『追放された』者たちの受け皿になったのは最近の話で、某が住み始めたのはもっと大昔だからのぅ――だからこう言っておこうか。先人の継承の末が、某だ」


「…………?」


「そして某は次の世代を探しておる。それがマルミミ……、おぬしであれば良いと思っているのだが……今のところは保留としておこう……。まだ、選ぶにしては早い段階だのぅ」


 忍ぶ者――名をガンプ。

 彼は倒れるマルミミにとどめを刺さずに、距離を取って腰を下ろした。


 少なくとも……敵でない存在だ。

 だが味方だ、と言うには、まだ分からないことばかりだが……。


「あなた、いったい……」


「師匠と呼びなさい。……ふむ。そうだのぅ、気分が乗った……感謝せい。この手でおぬしを鍛えてやろう――文句は受け付けん。満足する器を待つのはもう退屈だ……だったら自分で作ってしまった方が話は早い――」


 喜べ、と、老人は拍手をして、マルミミを迎えた。


 その対応に、マルミミは引きつった笑みを返すだけで……戸惑うばかりだ。


「……へ、ぇ……?」

「悪いようにはせんし、だから警戒するな……おぬしだって、強くなりたいだろぅ?」


「まあ、それは――」


「なら甘えておきなさい。使える手札は使うべきだ。――某は今のところ、おぬしの手札であることを保証しよう――この忍ぶ者、ガンプが、おぬしを魔王でありながら忍びとして生きられるように、某の技術を渡してやる――さらに感謝せよ、小僧」


「…………忍ぶ者……」


 マルミミは戸惑いながらも、気になることはきちんと指摘した。

 語られたそれが「本物である」と信じているところは、まだ若いと言わざるを得ないが。


「忍ぶ者なのに、名を語っているのは……?」


 忍ぶ者、ガンプ、と。


 そう指摘された忍ぶ者は、早速ひとつ、教えることができたと言わんばかりに肩を上下に揺らして、


「ふっ、サービスだのぅ」

「サービス……」


「今回だけだ。これ以上は……、某を納得させてみるんだな……そうすれば、知りたい情報がおぬしに渡っていくことになる――成長せよ、若人よ」





『なあ、師匠よぉ、オレじゃあダメなのか? あんたの次を継ぐのはオレじゃ不満か? 出来損ないの弟子ってわけでもないんだがなあ……』


『おぬしでは不足だな。案外、脆いということが分かった。

 確かにメンタルは強いが、しかし体がのぅ……、気づいておるぞ。誤魔化せん。おぬしはもう、長くはない……。その病は、おぬしを蝕んでいる……――それはもうどうしようもないほどに、おぬしの中枢を破壊しているのではないか?』


『かもなあ』

『だから――おぬしでは不足だ。任せられんよ――』


『だったら――』


 先代魔王であり、マルミミの父親であるメリジオは、病死する寸前でこう言っていた。


 ――息子はどうだ? と。


 だから――候補には入れておく、とガンプは答えた。



「(さて、おぬしの息子は某の希望に沿うのか……、まあ、落ちたとしても面倒くらいは見てやろうかのぅ)」



 過度な期待はしていないが、それでも――

 

 期待をしていないと言えば、嘘になる。




 …了

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