魔王城の新店フィットネスジム!

渡貫とゐち

がんばらせ過ぎなスージィ先生


「はいはい起きるですよ、マルミミ様、またお寝坊してしまいますですよ!」


 金髪ポニーテールの、青い瞳をした若い女性に叩き起こされる。ベッドに膝をついた彼女は、お腹や肩、太ももを出してかなり肌色を見せた格好だ。

 だが、彼女にいやらしい目が向かないのは、その格好が『運動をする』ことが前提であるからだろう。女性的なラインは残しながらも、健康的に鍛え上げられた肉体である。戦闘用ではなく、美しく見せるための筋肉だった。


「……おはよう、スージィ先生」


「はい、おはようですよー、マルミミ様」


「その、様はいらないよ……確かに僕は魔王だけどさ……いや、先代の……父上から勝手に渡されただけなんだ……僕にその気はないんだよ……」


 腰まで伸ばした銀髪を持つ、中性的な顔立ちの少年だった。

 名をマルミミ。彼が言うように、一応はこの国の王――もとい、魔王なのだ。


 フーセン王国からフーセン魔国へと名を変え、その国のトップは、本人である彼が了承していないにもかかわらず、無理やり押し付けられた立場だ。

 ひとり息子なのだから仕方ないとは言え、急に言われても困るしかない。父親の余命はまだまだ先だったはずだけど……、無茶ばかりするからあの父親はぽっくりと死んでしまったのだ。

 文句のひとつやふたつ、言いたいところだが、化けて出てくる気配もないので、言うべき方向が分からない。このまま心の内にしまっておくしかないのか――と思っていたが、鬱憤を溜め込み、内部で爆発しそうになっていたマルミミを救ったのが、彼女……スージィなのだ。


 スージィは「先生」と呼ばれている……そう、体を鍛えるためのジムの先生が、彼女の前職なのだ。だが、問題を起こして、彼女は前職の職場にいられなくなり、このフーセン魔国にやってきた。……のだけど。

 いや、選択肢は他にもたくさんあっただろうけど……、中でも「ここ」を選んだのは悪手であるとしか言えない。


 ここは問題児が集まる国だ。

『ばかり』、というか、『しか』いないかもしれない……まともな人間なら既に移住している。それだけ、この国はまともではないからだ。


 世界から追放された者たちが集まる唯一の受け皿である。

 それが、先代の魔王であり国王である、メリジオの信念なのだ。


「僕は、一応は魔王だけど、普通に接してほしいよ。……いつ魔王を辞めるかも分からないんだし……」


「そんなこと言わないで――がんばりましょう……です! 苦しい先にきっと楽しいことが待っているはずです、アタシが保証するですよーっ」


「えぇ……ほんとに……?」

「ですですよー」


 テキトーな返事である。

 彼女の場合、本気でも嘘でも同じ返事をするので、逆によく分からなかった。


 苦しい先の楽しい、か……。この国で……というかこの城で新しく開業したジムでは、苦しいメニューの先に、やり遂げた後の達成感かいらくがあったことを実感している。

 あれを「楽しい」とすれば、彼女の意見も嘘ではないのだろう。


 彼女のスパルタな指導は、一歩間違えれば死者が出てもおかしくないような過酷さだったが……。中央区の都市部で同じことをしていたらしいし、よく当時の客は堪えられていたものだ、と驚きである。


「スージィ先生。聞いていなかったけどさ……前職で起こした問題ってなんだったの? 言いたくなければいいんだけどさ……」


 軽い運動をするためにジムへ向かう道中で、なんとなく聞いてみた。

 世界……は、言い過ぎだろうけど、少なくとも国からは追放された彼女だ。

 それなりに大きな問題を起こしたか、巻き込まれたか――というのは想定していたが、そんなマルミミでも、言葉を失った返答があった。


「殺してしまったのですよー……人を。ひとりだけでなく、たっくさんの」


「…………ふう、ん……」


 冷静にいようと思ったけど、無理だった。だって、スージィは、それを、後悔するでなく、悦に浸るでもなく、失望や呆れを交えて言っていたのだ……。

 いつも明るい彼女がまさかそんな表情をするとは思わなかった。バカにしているわけではないのだ……「どうしてできないの?」と、本当に疑問に思っているようで……。


「軽いメニューのつもりなのに、みなさん死んだのですよ……。スパルタ指導をしたわけでもないですのに……持病でも持っていたのですかねー」


「……中には、いたのかもしれないけどね」

「なら、申告してほしかったです」

「言えなかった空気感があったのかも」

「そんなつもりはないです」

「自覚がないだけで――」

「だとしたら、アタシにはどうすることもできないですよー」


 それもそうだ。

 自分がスパルタ指導をしているという自覚がなければ、それを緩める意識をすることもできない。目の前の生徒が苦しんでいても、自分から手を挙げて「ギブアップ」と言ってくれなければ、分からない。

 スージィも止められないのだ。

 いけるところまでやる、という約束で指導しているのだから、いけるところまでいくのがスージィの役目であり……、その結果、頑張った生徒が死んでも、それは自業自得である。


「アタシのせいにされても困ってしまうのです……、それで追放されても……納得なんてまだしていないです――まったく!!」


 ぷんぷん、と頬を膨らませて不満なスージィだが、記録だけを見れば大量殺人犯である。前職のジムで、彼女が指導していた生徒が厳しいメニューで命を落とした。

 しかも、一度に、ではなく、連日――だ。

 繰り返されれば、反省の色なしと判断され、意図的だと誤解されてもおかしくはない。

 それでも生徒が減らないところにカラクリがありそうだが、スージィが裏でなにかをしているとも考えられず……。

『頑張らせる』ことにかけて、彼女の応援は誰もを魅了してしまうのかもしれない。


 ただの技術が、魔法に見えるまで洗練されているのだろうか……。


「そんな過去がありながら、ここでジムを開くなんてね……一応、僕たちには遠慮してくれているのかな?」


「いえ、まったくです。マルミミ様たちはタフですから……貧弱な前の生徒たちよりもさらに厳しくしても、きっと乗り越えられると分かっているです。だから遠慮なんてしませんよ――それともレベルを下げてほしいですか、マルミミ様」


「挑発には乗らないからね? 下げなくていいけど、上げないでよ。僕は今のレベルがちょうどいいんだから。……僕が求めたら上げてくれる? ……勝手に上げないでね?」


「はいっ」


 元気な返事だが、気づかぬ内にレベルを上げて、「ほら、できましたでしょー」とか言いそうな気がする……。まあ、もしされても無理ならギブアップすればいいだけで――

 だけど、それができないからこそ、多くの死者が出たと考えれば、既にこの時点でマルミミはスージィの無自覚の罠にはまっているのかもしれなかった。


 幸いなのは、彼女のメニューはきちんと効果を発揮しているという点だろう。ちゃんと鍛えられている……、ちゃんと、体は頑丈になっているのだ。

 細い線のマルミミも、脱げば人に見せられる筋肉を持っている。

 気づいた時は数分、鏡の前で自分の体に魅入ってしまったほどだ。


 だから辞められなかった。


 鍛えることが楽しくなったのは、スージィのおかげである。


「マルミミ様――アタシを失望させないでくださいですよ?」


「そうやって煽るから……、こっちも途中でギブアップしづらくなるんじゃないか?」


 彼女をガッカリさせたくないから頑張ってしまう気持ちが……分かった気がした。




 …了

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