【ショートストーリー】虚空に、問う

藍埜佑(あいのたすく)

【ショートストーリー】虚空に、問う

 私は高い山の頂上にひざまずいていた。

 眼下には急斜面が広がり、その下には深くて険しい渓谷が広がっていた。空は一面に広がり、周囲は静寂に包まれていた。

 長年、自分が抱えていた疑念、混乱の焦点は、人間の生と死、存在の本質と意味についての答えを見つけることだった。


「我々はなぜ生まれ、なぜ死ぬのだろう?」


 私は空に向かって問いかけた。陳腐だが、真実の問いだ。


「終わりが確定しているならば、なぜ始まりが存在するのだろうか?」


 猛烈な風が吹き抜け、手元の書物を強く揺らした。それからもう一度強く問いかけた。


「死は避けられないのに、生を全うする意味はあるのだろうか?」


 その疑問が広い空に消え去った瞬間、ある声が聞こえてきた。


「貴方の質問は深淵だ」


 驚いて顔を上げると、そこには輝かしい光がひらけており、その中から神聖な声が響いていた。これは一体なんだろうか。私の狂気が作り出した幻か。それとも実在の何者なのか。私の疑問とは関係なく、それは確かにそこに存在していた。偉大で巨大な何か《サムシング グレート》が……。


「人間の存在、生と死、それらの意味について私は何も答えない。なぜならそれは貴方自身がその答えを探し求めるものべきものだからだ。それが人間の旅なのだから。それが貴方、そして他のすべての人間の自己を超越する道程なのだから」


 世界に鳴り響く言葉がマントのように私を包み込んだ。そこには対話がなかった。ただ私は静かにその存在と言葉を受け入れ、頭を下げた。先ほどまで渦巻いていた私の中での激しい問いが、今は嘘のように静まり返っていた。まるで冬の湖面のようだった。深い敬虔な想いが胸に広がった。

 私は立ち上がり、山を下り始めた。上空では夕陽が沈む様子が見え、私は足下の地に力を込め、遠くの未来へと視線を向けた。

 何かが、変わり始めたのを感じた。


(了)

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【ショートストーリー】虚空に、問う 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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