『人類の存続を賭けてゾンビに意思疎通を図った英雄、ジョン・スミス』

黒星★チーコ

◆君はタイトルに『』が付く理由に気づいたか?◆


 時は19XX年、アXリカ合衆国の小さな町で、その男は偉業を成し英雄となった。



 当時、突如として全世界同時多発的に発生したゾンビ達はあっという間にその数を増やし、人類は滅亡するのではないかと誰もが皆不安に囚われていた時だった。


「……ゾンビって、何で人を噛むんだ?」


 最初のゾンビが町に現れてから三日目の夜。もはや町の人間のほぼ9割は犠牲になっていた。

 僅かに残った人間達が町の教会に集まって立て籠り、ドアや窓の内側を板で封をしてホッと一息ついた後に、町の男の一人であるジョン・スミスが突如そんな疑問を口にした。


「ジョン、お前バカか!! そんなもんゾンビにとって人間は餌なんだから喰うに決まってんだろ!」


「いや~俺見てたけどさぁ、あれ、喰うっていうより噛んでるだけじゃん? そもそも喰ってたら、喰われた奴は骨しか残らないじゃん。ゾンビじゃなくてスケルトンになるじゃん」


「それは……じゃあ、ゾンビに噛まれた奴はゾンビになるんだから、仲間を増やすためだろ!」


「じゃあさ、仲間を増やすのがゾンビの本能だとして、もし人類が滅亡して全員ゾンビになったらその後はどうなるんだろな?」


「人類滅亡後どうなるかなんて知らねえよ。ゾンビ同士で争うか、その内全員腐りきって土に還るとかだろう?」


「うーん。そうだよなぁ……でもそれって変じゃん?」


「何がだよ…………わっ!!」


 ゾンビ達がドアを外側から殴り付け、ドン!ドン! と激しい音が響く。内側から打ち付けた板からもメリメリと小さく軋む音が聞こえる。

 このままではドアが破られるのではないかという恐怖に町の人々が震える中、ジョンが突如として走り出した。

 彼は教会の端にある階段と、その先の梯子を登って塔のように高い鐘楼に向かう。


「あ! ジョン。お前一人だけズルいぞ!」


 ジョンが一人で鐘楼に逃げたと思った町の人間が数人で追いかけて梯子に手をかけた時、頭上からジョンの大声が聞こえてきた。


「ゾンビ諸君! 俺は君達に主張する! 共に手を取り合い、生きようではないか!……この教会に残る人間を喰えばこの町は全滅だ。しかしその後どうするか君達は本当に考えているのか?」


「……は?」


「ついに恐怖でにキタのかアイツ」


 彼らは頭を指差しジョンが狂ったのかと話し合っていたが、鐘楼に立つジョンは外のゾンビの群れに向かって唾を飛ばし声を張り上げ主張を続ける。


「いいかゾンビ諸君! 人間は子供を作りやししゅを残すが、君達は人間がいなければ自力で仲間を殖やすことが出来ないだろう! ここで人間が全滅すれば君達も只ゆっくりと破滅を待つだけだ!……ゾンビという種を後世に残したいなら、俺ら人間との共存を考えてくれ! 人間は殖えるのに時間がかかる! だから人間を喰いつくさないよう、暫くは我慢するんだ!!」


 とんでもない持論を展開したジョンに、町の人々はあんぐりと口をあけたが、ドアや窓を叩く音は徐々に数が減り、やがて消えた。


 ジョンは鐘楼の上から動きが止まったゾンビ達を見て自分の説得が届いたことに言い様のない達成感を味わい、興奮でその身を震わせた。

 しかし、一時の間を置いてゾンビ達はジョンに何かを訴えるように吠える。



 お-お お-お-お-   お- おお お-お- お……



 満月が浮かぶ美しい夜の帳に染みゆく、恐ろしいゾンビの大合唱。



 お-お お-お-お-   お- おお お-お- お……



 それは一定のリズムを刻み、同じフレーズが繰り返される。

 ゾンビの合唱を聞きながら、これが自分達の葬送歌になるのでは……と気が気でない人々に、鐘楼に繋がる天井から顔だけを出したジョンが叫ぶ。


「おい! 誰かモールス信号が解る奴いるか!!」


 またまたとんでもない事を言い出したジョンに彼以外の人間は顎が外れそうになるほど仰天したが、暫くしてその中から一人の中年男性がゆっくりと手を上げる。


「俺は昔軍隊にいた時、通信兵だった……これがモールスなら『No time時間がない』と言ってる。人間が子供を作るまでの長い期間は待てないということかもしれん」


 男の言葉に落胆する人々。


「マジかよ……」


「せっかくゾンビに話が通じるとわかったのに……」


「結局奴らに喰われて終わりなんだ! どうせなら一体でも多くのゾンビを殺してやる!!」


「待て!! 俺に考えがある」


 ヤケになって武器を持とうとした人も居たが、ジョンはそう言って止めると、再び鐘楼に戻った。


「ゾンビ諸君! 君達の主張はわかった! そんなに待てないと言うのも尤もな事だ。君達の身体は時間とともに腐り落ちてしまうおそれがあるからな! だがそれを止める技術が人間側にあるとすれば話は別だろう?」


 ジョンの目がギラギラと狂気を帯びた光に満ちた。この説得が失敗すればゲームオーバーなのだ。詭弁でもなんでも、今はこの場を切り抜けるためにゾンビの立場に寄り添った提案をすべきだ。


「君達が冷蔵庫か冷凍庫にでも入ればどうだ?入りっぱなしでいれば長期間でも身体を維持できる筈だ。試しに俺の家の冷凍庫を使えよ! こないだデッカイのを買ったばかりなんだ!……ほら、そこの黒い壁の家だよ!!」


 ジョンが自分の家を指差すと、教会の周りをぐるりと取り囲んでいたゾンビの内10体ほどが黒い壁の家に向かって行く。


 暫くしてその内の数体が戻ってくると残っていたゾンビ達と「おーうお……」と会話をした後、全てのゾンビは散り散りに他の家に向かって行った。各家庭の冷蔵庫や冷凍庫を早い者勝ちで手に入れようとしているのかもしれない。


 去っていくゾンビ達を見て、ジョンはヘナヘナとその場に座り込んだ。先程までは一滴も出なかった冷や汗が、全身にどっと吹き出る。


「やった……俺はやったぞ……!!」


 よろよろと梯子を降りたジョンは、彼の機転を讃える町の人々の感謝と安堵の抱擁でもみくちゃにされた。

 こうしてジョン・スミスは人類初の偉業、ゾンビと意志疎通をして人類を守ったことで歴史に残る英雄になったのである。



 ~~~end~~~



 ◇◆◇◆◇◆



「end」の文字が表示されるとすぐに先生が教室の電灯をつけた。そのままパソコンの前に戻り、先程まで流していた映像を止めてスクリーン代わりの白板を格納する。


「はい。という訳で『人類の存続を賭けてゾンビに意思疎通を図った英雄、ジョン・スミス』の短編映画を観て貰ったわけだけど、この話は有名だから知ってる子もいるかな? 今から約70年前にゾンビの出現で世界は大きく変わったわけです」


 小学校の教室でサラは先生の話を上の空で聞いていた。こんなの何回もパパやママから聞いた昔話だ。さっきの映画だってゾンビはCGだけど、本物の映像を何度もニュースサイトや動画で見ているのに。

 しかし先生の授業は続く。


「ジョン・スミスのおかげで人類の文明は驚くほど進みました。まずは冷蔵と冷凍技術」


 今やゾンビは家一軒が巨大な冷蔵庫になっている建物で暮らしている。また、外を出歩くときにはクーリングスーツを着用するのが一般的だ。

 これにより外気温での活動では平均1週間しかたなかった身体が、余裕で三年は保つ。最長10年というギネス記録まであるが、場合によっては冷凍保存コールドスリープしてもっと保たせる事もある。


「そして通信技術」


 モールス信号から始まって、通信技術はコンピューターの開発とともに格段にレベルが上がった。現在はクラウドに置いた翻訳サーバーとゾンビの不器用な指でも使える通信端末のおかげで、人間とゾンビは画面越しではあるものの完全に会話が出来るまでになっている。


「さらに建築技術と結界フィールド技術」


 ジョン・スミスはたまたま意志疎通を行えたが、ゾンビの中でも会話が出来ないタイプ……つまり人間を問答無用で襲うタイプは一定数いる。その為、人類とゾンビは住み分けをすることにした。

 人間は自分達の町を強固で高い壁でぐるりと囲み、ゾンビが入ってこられないようにした。世界中にその様な町や都市が点在している。


 しかし、人間の世界を完全に隔離して誰も通れなくすると問題がある。ゾンビには定期的に犠牲者……新たなゾンビになる人間、が必要である。その為、人間の町から一年に最低でも一人は誰かが出てゆかなくてはならない。


 過去何度か、高い壁の中に籠城しゾンビに抵抗した町もあったのだが、いずれも町ごと滅ぼされた。その町の周りに異常な数のゾンビが集まり、壁を強行突破したり水や電気、通信等のインフラの管を町の外から破壊したのだ。


 現在は壁の一ヶ所に門を付け、門には物理的な扉ではなくエネルギーフィールド結界を貼り、ゾンビは通れないが犠牲者が通れるようにしているのが主流である。


「そしてゾンビウイルスの研究です」


 人類とゾンビが共存した後、双方の研究により人間がゾンビになるのはゾンビウイルスに因るものと判明した。

 このウイルスは痛覚を無くし、過剰に細胞を酷使して異常な筋力と熱を生み出すと共に過酷な代謝が行われ、細胞がすぐに死滅して腐り落ちる。また人間時代の記憶や意思が失われるが、この欠損の度合いは個体により大きく異なる。


 研究が進むうちに突然変異体ニュータイプのウイルスを持つゾンビもいる事がわかり、その個体は欠損率が非常に少ないといわれている。ただし、例えニュータイプであってもゾンビウイルスそのものの生存本能に意思を支配されているのか、ゾンビの種を存続するという本能には逆らえない。


 また、ゾンビウイルスに感染すると他のウイルスや病魔の殆どに打ち勝つというメリットがある。

 ある人が余命1ケ月の病に侵された為、進んで次の犠牲者になったところゾンビに噛まれた途端に車いすから立ち上がって歩き出し、以後4年もゾンビの国で人生(ゾン生?)を謳歌したというケースもある。

 その為昨今では重い病気を持つ者や人生に絶望して死を選びたい若者などがこぞって犠牲者になりたいと手を挙げる始末で、町によっては犠牲者の順番待ちまであるそうだ。


 キーン……コーン……


「では今日の授業はここまで。来週は通信端末の使い方を学びましょう」


 先生が教室を出た途端、生徒たちはガヤガヤと騒ぎ出した。口々に勝手にしゃべりだす。


「あー、つまんねえ授業だった。全部知ってるっつーの!」


「まあでも知らない人もいるかもしれないから一応ね。他の国なんて英雄ジョン・スミスの名前も知らないとかあるらしいよ?」


「え?! マジ? ありえねーじゃん!」


「ありえないよねー! 私、海の向こうの国のヤツとメッセしたら、英雄の名前はジョン・ワンでしょ? とか言われて吹いたもん」


「それじゃこの先生きのこれないだろー」


「だから授業でやるんだよ。特にゾンビに逆らって滅ぼされた町の話とか重要だよね。歴史を振り返ると結局ゾンビと戦った人達より、話し合って共存した人達の方が圧倒的に生存率が高かったんだし」


「や、それもネットしてれば常識だと思うけどなぁ。うちなんか今日この後ゾンったおばーちゃんと通信タイムだから、ネットで使い方覚えたもん」


「え!? サラ、もう通信装置使えるの!? いーなー!」


「いーなー!」


「ふふふ、じゃあね」


「うん! 明日、通信の感想聞かせてねー!」


「またねー」


 サラは同級生に別れの挨拶をして教室を出た。

 先々週に犠牲者になったおばーちゃんと、今日は月1回の通信ができる日だ。おばーちゃんは体が動かない病気になっていたが、ゾンビとしてすっかり元気になったらしい。

 友達にも自慢できるし、いいことづくめだと思ったサラはウキウキと帰りのスクールバスに乗り込んだ。



 ◇◆◇◆◇◆



 ” 全世界の人口  ゾンビ:約30億人  人間:約7億人 ”


 画面をのぞき込み世界地図と共に表示された人口を見て、ゾンビの国の司令官はニヤニヤと笑っていた。

 彼はニュータイプであり、もともと知性の高い人間であった為今のゾンビの国を裏で操っている。度々コールドスリープで眠り、通算40年ほど生きている計算だ。


 久しぶりにコールドスリープから目覚め、状況を確認した彼は計画通りである事に満足した。

 全てが順調である。ゾンビと人間の人口バランスも。

 人類がゾンビに逆らわず、常に新しい技術を開発しゾンビに提供している今の環境も。

 現在、人間の義務教育で必須授業としている『人類の存続を賭けてゾンビに意思疎通を図った英雄、ジョン・スミス』の事も。


「共存」とは名ばかりだ。その実態は、人間はゾンビに一方的に搾取される奴隷や家畜の関係である。

 しかしそれをゾンビの数と力で無理強いをすれば人間は反発する。戦争になっても負けない自信はあるが、お互い削りあうだけでは種の存続としては効率が悪い。



『人間はゾンビより弱い。しかし一人の英雄が知恵を使って今の共存のポジションを勝ち取った』


 そういう図式を人間側に都合よく思わせておけば、今の状況に不満も言わないものだ。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【後書き】

今は文章の書き方などWEB小説では自由ですので、これは古い話になりますが。

昔はタイトルの一部または全部に『』を使用する場合は、それが実は小説や映画等のタイトルなど、特別な固有名詞を指していた、というケースがあったのです。

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『人類の存続を賭けてゾンビに意思疎通を図った英雄、ジョン・スミス』 黒星★チーコ @krbsc-k

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