病院に辿り着いた頃には、すっかり夜が更けていた。大雪の為、バスも電車も全面ストップ。隣町までの長い道のりを、数時間かけて走った。


 既に疲労困憊こんぱい……だが、サンタナに貰ったコートのお陰か、寒さは全く苦にならなかった。


 夜間入口より病院内に入る。どうやら俺の侵入は、警備員達に気づかれていないようだ。これも、この不思議なコートのお陰かな……?


 真っ暗な廊下を歩き、部屋の前へと辿り着く。716号室を確認。意を決してノックを鳴らし、扉をゆっくりと開けた……。




 暗い病室。僕はコートを脱ぎつつ、ベッドに近寄る。そこに横たわるは、1年前と大きく変わった姿の日和だった。

 頬は痩せこけ、鼻から栄養を送る管を付けている。髪の毛が抜けているのか、医療用の帽子を被っていた。


「日和」


 呼びかけに対し、首だけこちらを向く。俺の姿を見るなり、瞳を大きく見開いた。


「結月……? そっか、来ちゃったんだね……」


 困ったような苦笑いを浮かべている。そんな彼女の手を取り、両手で包み込んだ。指先が紫色に変色しており、ひんやりと冷たい。


 こんなに衰弱しながらも、たった1人で病気と戦い続けていたんだ。そう思うと、途端に愛おしさが込み上げてくる。


 俺の体温で少しでも温かくなるように、日和の手を優しく握り続けた。


「ごめんな……日和……。お前の病気に気付けなくて。一人にさせて、本当にごめん」


「ううん、結月は悪くないんだよ。新しい相手が出来たって、言ったでしょ? 今のお相手……膵臓すいぞう癌は、私を手放してくれないみたい。だからもう……貴方の元には戻れないや」


 日和は強くて優しい女性。だが俺は知っている。その強さの内に、繊細な心を秘めている事を。


「でも、何でだろう。一年ぶりだからかな? 結月の顔を見たら……帰りたくなっちゃったよ。あの頃にさ」


 鼻をすする音が聞こえる。彼女の頬に、一粒の涙が光っていた。


 俺は鞄からある物を取り出す。それはかつて、思い出と共に捨てた物。白い箱をぱかっと開け、中身を日和に見せた。


「遅くなってごめん。本当は、一年前にこれをプレゼントしたかったんだ」


「えっ……指輪?」


「結婚しよう。俺の全てを掛けて、お前を支えさせてくれ」


 ……ただ、日和の味方になりたい。彼女の側に居させて欲しい。今の俺には、それしか頭になかった。


「本気で言ってる……?」


「あぁ」


「抗癌剤、高いんだよ? 結月の給料で、払える?」


「お金を借りて、一生かけてでも払うよ」


「私の身体、もう赤ちゃんを産めないんだよ? 結月、言っていたよね? 元気な男の子が欲しいって」


「二人きりでもいいさ。幸せな家庭を築こう」


「私……余命宣告を、受けているんだよ。後数ヶ月で……死ぬかもしれない。結月は……ひとりぼっちに……なっちゃうんだよ?」


 き止められたダムが決壊するように、日和の眼から大粒の涙が溢れ出していた。


「そんなの、まだ決まった訳じゃない。最後まで、お前に寄り添いたい。側に……居させて欲しい」


「ほんと……結月は馬鹿だよね。一年経っても、全然変わってないや」


 涙を拭いながら、左手をこちらに近づける。俺は彼女の手を優しく取り、薬指に指輪を通した。


「あぁ、嬉しいなぁ。こんなに幸せな瞬間は、もう二度と訪れないと思っていたのに」


 痩せ細っているからか、指輪が緩い。それでも……日和は薬指を見つめ、嬉しそうに笑ってくれていた。




 二人で外を眺める。粉雪が舞い踊り、空には満天の星空が広がる。幻想的な景色……クリスマスにぴったりだ。


 もうすぐ、日付が変わる頃だろうか?


「あっ、流れ星」


 日和が指差す方向には、ゆっくりと天に昇る小さな光が見えた。本当に、流れ星……なのだろうか?


「珍しいね。下から上に昇る流れ星なんて。……ねぇ、結月は何てお願いした?」


「そんなの……一つに決まってんだろ」


 一つ……そういえば、サンタナからのプレゼント、あと一つ残っていたな。結局何だったんだろう?


 まぁいいか。今は日和との時間を大切にしよう。



 気が抜けたのか、急に眠気が押し寄せてきた。隣町から走って移動した反動が、今になって押し寄せたみたいだ。


「……ねぇ、結月。何だか、身体が少しずつ軽くなっている気がする」


「痩せすぎ……なんだよ。ご飯……口から食べられるように……なると良いな」


 ……眠い。


「いや、冗談抜きでさ。吐き気も無くなってきたし、身体中の痛みも……」


 日和の声が、子守唄のように心地よい。彼女へ寄り添うように、そのまま眠ってしまった……。


 メリークリスマス、日和。

 


―――――――――――――――――――――――



 雪化粧を帯びたもみの木の上。そのには、太い枝に寝そべる少女の姿があった。束ねた白髪はくはつが、風になびいて揺れている。


「いや~。今年のクリスマスも、良き物になりました! ……最後のプレゼント、結月さんは喜んでくれたでしょうか」


 彼女が読んでいる新聞。日付は12月26日、クリスマスの翌日だ。大見出しには、『20代女性、奇跡の回復』と記載されている。


「また一つ、良い学習を積めました。来年は、何処へ行きましょうか。……ふふっ、楽しみです!」


 笑顔で空を見上げながら、手に持ったチキンを頬張った。

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AIサンタの居候 小夏てねか @teneka-0525

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