転
スマホに表示されていたのは、日和の連絡先だった。一年前に削除した筈なのに。
まさか、データを復元した……? そんな事まで出来るのか?
「結月さん、貴方に聞きたい事があります。日和さんと別れる際、どれくらい言葉を交わしましたか?」
「えっ……?」
「何段落、何文、何文字の言葉を交わしましたか?」
「そんなの、覚えてないけど……」
「腰を据えて、お話出来ましたか?」
「出来てないよ! 一方的に振られたんだから!」
「ですよね。あなた達には、圧倒的に『会話』が足りていなかった。そしてそれは、結月さん一人の責任ではありません」
何だよ? 一体、何が言いたいんだ……?
「思い出して下さい。別れを告げられる数日前……。彼女に、何か異変がありませんでしたか?」
「い、異変……?」
一年前の日和。そういえば……。
「……体調を崩してた」
そうだ。「お腹の調子が悪い」とか言って、何度か病院へ通っていた。でも、ただの胃腸炎だと言っていたから、深く気にしなかった。
……日和の身体に、何かあったのだろうか?
「さぁ。私からのプレゼント、受け取って下さい」
俺はスマホの画面を見つめる。会話……か。一年経った今なら、少しは話が出来るかもしれない。決意を固め、発信ボタンを押した。
無機質な発信音が繰り返される。1回、2回、3回……。
『……もしもし?』
それは紛れもなく日和の声。しかし、何処か様子がおかしい。声に張りが無いというか、弱々しい。今にも消えてしまいそうな灯火のようだ。
「日和? お、俺だよ。結月だけど……」
『結月……!?』
俺の名前を聞くや否や、彼女の声量が大きくなる。
『何で……? どうして、今頃電話なんて掛けてきたの!? 言ったよね!? もう貴方とは関わりたくないって……ゴホッ、ゴホッ』
まるで発作のように
『失礼します! 黒原さん、大丈夫ですか!?』
電話の向こう側で、誰か別の女性が慌てている。
「日和! お前、今どこに居るんだよ!?」
問いかけるが、彼女からの返事は無い。
「おい!? 日和!?」
俺の叫びも虚しく、そこで通話が途切れてしまった……。
頭が真っ白になる。電話の様子から察するに、きっと日和は病院に居る。でも、どうして……?
「なぁ、サンタナ……」
「はい、何でしょうか?」
「教えてくれよ。日和は、どうなっちまったんだ?」
「……私の口から、話しても良いのですか?」
その口ぶり……やはり、サンタナは知っているみたいだ。
「知りたい。お前が知っていること、全部教えてくれ!」
サンタナは何時になく真剣な表情で、ゆっくりと話し始めた。
「……日和さんは、末期の癌を発症されており、既に余命宣告まで受けています」
「……!?」
嘘……だろ?
「
膵臓癌。名前くらいは知っている。治療困難……頭から、血の気が引いていく。
「……どうして、俺に言ってくれなかったんだろう?」
「癌の医療費は高額ですから。貴方に負担を掛けたくない。だから嘘をついてまで別れ話を切り出し、貴方を突き放した。日和さんは、1人で病と戦う事を選択したのです」
「そうだったのか……」
この1年間、何も知らずに生きてきた自分を殴り飛ばしたくなった。罪悪感と喪失感で、途方に暮れる。
そんな俺を見かねたのか、サンタナが優しく語りかけてきた。手には婚約指輪を持っている。
「結月さん。何故私が、この指輪を貴方にプレゼントしたのか分かりますか?」
「えっ……?」
「今宵はクリスマス。伝えて下さい。貴方のお気持ちを。一人孤独に戦う彼女の元へ、貴方の愛情をプレゼントして下さい」
一年越しの、プロポーズ……。果たして、日和は喜んでくれるのだろうか? もしかしたら、指輪を受け取って貰えないかもしれない。
しかし、彼女の事情を知った以上、じっとして居られなかった。
「……日和が入院しているのは、何処の病院?」
「はい。隣町にある、鈴ヶ丘医療センター。716号室です」
「……少し、出かけてくる」
俺はスマホと財布、そして婚約指輪を鞄に詰め、玄関へと向かう。
「待って下さい、結月さん!」
サンタナに引き止められ、何やら水色の箱を渡された。
「……これ、4つ目のプレゼントです。何だかんだ、手渡しするのは初めてですね!」
中身を確認すると、紺色のコートが入っていた。一見、何の変哲も無さそうなコートだが……。
「外は寒いですから、そのコートを着て下さい。きっと、貴方の助けになる筈です」
羽織ってみると、身体の中から温まるような感覚に包まれた。これなら、寒空の下を移動しても大丈夫そうだ。
「……ありがとう、サンタナ」
「こちらこそ! チキン、美味しかったです。メリークリスマス! 良い時間をお過ごし下さい!」
柔らかく微笑みながら、俺の背中を優しく押した。
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