こう言ってはなんだが、サンタナはかなりの美少女だ。艶のある白髪はくはつに、透き通るような白い肌。ガラス玉のような青い瞳。高い鼻に、薄いピンク色の唇。


 これは……いいのか? AIだから、許される行為なのだろうか?


「安心して下さい。私はこれまで、あらゆるシチュエーションを学習してきました。貴方あなたが最も快楽を感じられる方法を推論し、リードすることが出来ますよ」


 そうだ。サンタナはAI。人間じゃないのだから、何をしたってノーカウントだよな。


 自身にそう言い聞かせ、彼女の身体に手を伸ばす……。



「……駄目だ」


 彼女を引き剥がし、ゆっくりとソファから離れた。


「例えお前がAIだとしても……。こんなのは、間違ってる。出会ったばかりだし、それに、今はそういう気分になれない」


 おもむろに、部屋の明かりがつく。やはり、サンタナが部屋の照明を操作しているみたいだ。


「良かった。貴方はどれだけ誘惑しても、揺るがないと信じていました。私の推論は正しかったようですね」


 なんだよ……俺を試したっていうのか?


「……ふぅ。そろそろ眠くなってきました。寝床、お借りしても宜しいでしょうか?」


「AIも、睡眠を摂るのかよ」


「勿論です。睡眠は、学んだ知識を整理する為に欠かせませんから」


 大きな伸びと共に、大口を開けて欠伸をする。そんな仕草を見ていると、いよいよ人間にしか見えなくなってくる。


 余っていた布団を敷いてやると、彼女は速やかに眠ってしまった。






 その夜は、はっきりとした夢を見た。それは懐かし思い出。との出会い、デート、告白、旅行、同棲……。まるでスライドショーのように、映像が浮かんでは消えていく。

 

 夢にしては妙に鮮明で、声や姿、香り、そして温もりの全てが生々しかった。


 どうして……?






 目を覚ました時、既に外は明るかった。休日は昼まで寝るのが常だから、別になんとも思わない。


 ただ一つ、気にすべきは……。


「おはようございます、結月さん! いえ、こんにちは、でしょうか?」


 サンタナが、俺の枕元で正座していた。


「……いつから、そこに居たの?」


「朝の6時からです! あ、ちなみに今はお昼11時ですよ。いけませんね。休日とはいえ、過度な寝坊は睡眠リズムに悪影響を及ぼすと学習しています」


「余計なお世話だよ」


 ゆっくりと起き上がり、枕元に目を向けると……何やら、大きめの箱が置いてあった。黄色の包み紙で、丁寧にラッピングしてある。


「これ……何?」


「私が選んだ、1つ目のプレゼントです。どうぞお受け取り下さい!」


 言われるがまま、プレゼントを解放する。何が入っているのか見当もつかない。妙な期待感を抱く。


 しかし、箱の中身は予想外の物で埋め尽くされていた。それは去年別れたあいつとの、思い出の品々だ。ペアルックの服や小物、そしてアルバム。


 これらは全て、実家の庭に埋めていた筈。


「……これ、どうやって回収したんだ?」


「任せて下さい! 私は超高性能ハイスペックAIですから」


 ……いや、全く質問の答えになっていないのだが?


「昨晩から、貴方について隅々まで学習しました。その結果、貴方に必要な物が導き出されたのです。ずばり『黒原日和くろはらひより』さんとの思い出です」


 聞き覚えのある名前が、彼女の口から出てきた。


「なんで……お前が、日和の名前を知っているんだ?」


「この部屋に残る女性の痕跡。その全てが、日和さんの物と一致しましたので」


 そんな事まで、調べられるのか……。どうやら、高性能なAIというのは本当らしい。

 もう一度プレゼントに目を向ける。確かに懐かしい気持ちにはなった。しかしそれ以上に、やるせなさが押し寄せてくる。


「こんな物、もう俺には必要ないよ」


「……本当に、そうでしょうか?」


 真っ直ぐな瞳で、首を傾げるサンタナ。一体何を考えて、このプレゼントを選んだのか。気分が晴れず、問いただす気にもなれなかった。


「……昼飯、買ってくる」


「いってらっしゃいませ! 外は雪が積もっているので、お気を付け下さいね!」


 無邪気な笑顔に背を向け、家を後にした。




 サンタナの言う通り、町は一面真っ白な雪に覆われており、道行く人々が身体を丸めていた。白い息を吐きながら、先程の出来事を思い返す。


 AIサンタ。まさか日和の情報まで読み取られるとは……。その優れた分析能力に、不気味さすら感じる。


「日和……」


 思い出したくも無いのに、あいつと過ごした記憶が蘇る。別れて1年も経つのに、未だにはっきりと思い出すことが出来る。




 日和とは、大学生の時に出会った。といっても、向こうの方が2つ年上だから、俺は学生で、向こうは社会人という立場だ。いわゆる友達の紹介という形で知り合った。


 会えば会うほど、日和に惹かれていった。趣味が合い、変に気を遣わなくて良いから、一緒に居て心地よい。それは多分、向こうも感じていた筈。


 出会って数ヶ月後……俺は意を決して告白。日和は柔らかく微笑みながら、二つ返事で受け入れてくれた。それからは、沢山デートをして、大学を卒業してからは同棲もして……。


 生涯この人と共に過ごすのだと、心の中で決めつけていた。信じて疑わなかった。だから去年のクリスマスに、プロポーズをする予定だったんだ。


 しかし……その直前、一方的に別れ話を切り出された。「他に相手が出来た」とかいう、簡単かつ最低な理由で。


 俺は何度も問いかけた。何が不満だったのか。どうして他の相手に目移りしてしまったのか。


 だが、ついにその答えを知る事はなく、俺達は疎遠になってしまった……。





 買い物から帰ると、ポストの中に小さな箱が入っていた。赤と緑の包装紙によって、綺麗にラッピングしてある。間違いなく、サンタナの仕業だろう。


 急いでリビングへ向かうと、彼女はソファに横たわり、テレビを見ていた。まるで我が家のようなくつろぎっぷりだ。


「ただいま……。なぁ、これ何だよ?」


「お帰りなさいませ! ……おぉ、気づいて頂けましたか! 良かったです。見過ごされるサプライズほど、虚しい物は無いと学習しておりますから」


 サプライズ……ねぇ。


「さぁ、早く中身を確認して下さい。結月さんへ贈る、2つ目のプレゼントです!」


 不審に思いつつ、ゆっくりと包装紙を剥がす。中には、見覚えのある白い小箱が入っていた。


 あれ……? 嘘だよな、これ……。


 小綺麗な箱を、ぱかっと開ける。透き通るダイヤモンドが施された、小さな指輪。去年購入した婚約指輪だ。


 思い出したくない記憶が蘇る。意気揚々と指輪を購入したあの日。サプライズを吟味した日々。彼女に別れを告げられ……自暴自棄になって、指輪を海へ投げ捨てた時の事を。


「いや~、給料3ヶ月分の婚約指輪なんて、奮発しましたねー! それ程高価な物を選ぶ男性は、全体の10%にも満たないと学習しています!」


 サンタナの冷やかしにも思える言葉に、苛立ちを感じた。


「何で……。どうしてこれが、俺へのプレゼントなんだ!? 意味分かんねぇよ! 言っただろ!? こんな物、俺には必要ないって! 日和とは、1年も前に別れたんだから!」


「しかし、私の学習に基づいた推論では……」


「もうそれはいいよ! 腹減ったから、昼飯作る!」


 サンタナの話を遮り、逃げるように台所へと向かった。




 ったく、何がAIサンタだよ。最適なプレゼントとか言いながら、出てくる物は日和との思い出ばかり。嫌味にも程がある。


 不満を胸の中にしまいつつ……。昼食のレシピを調べるため、スマートフォンを探す。しかし……。


「あれ……?」


 無い。何処を探しても、俺のスマホが無い。


「……探し物は何ですか? 見つけにくい物ですか?」


 何処かで聞いた事のある台詞を吐きながら、サンタナがこちらの様子を伺っている。


「いや、スマホを無くしちゃって……。探索機能とか、搭載されて無いの?」


「ほほう、任せて下さい! むむむ、むむむむむ……! 見えます、見えます。洗面台に1人、寂しそうにたたずむスマートフォンの姿が」


「おぉ、ありがと!」


 洗面台か。サンタナに感謝を伝え、急いで回収に向かう。しかし……そこで見つけたのはスマホでは無く、平べったい小包だった。


「なぁ……スマホを探してって言ったんだけど?」


「いいからいいから。3つ目のプレゼント、開けてみて下さい!」


 ため息を吐きつつ、包装紙を剥がす。今度は何を用意したのか……。


「……ってこれ、俺のスマホじゃねぇか!」


 出てきたのは、先程まで携えていた筈のスマホだった。いつの間に、俺の元から離れていたのだろうか?


「もはや、プレゼントでも何でもないだろ!?」


「いえいえ。スマホの電源を付けて、画面を確認して下さい」


 スマホの電源ボタンを押し、パスコードを入力。正真正銘、俺のスマホで間違いない。しかし、その直後に映し出された画面を見て、俺は固まってしまった……。

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