AIサンタの居候

小夏てねか

 今日は12月23日。心なしか、町全体が浮かれている。数日は雪が降り続けるということで、今年はロマンティックなホワイト・クリスマスになりそうだ。


 ……まぁ、今の俺には微塵も関係ないんだけどな。


 仕事終わり、すっかり暗くなった家路を辿り、アパートの階段を上る。明日は休みだから、ゆっくり休もう……。


「……えっ? 誰?」


 玄関の前で、高校生くらいの少女が体操坐りをしていた。赤と白を基調とした服と帽子は、どことなくサンタを彷彿ほうふつとさせる。腰まで伸びた白髪はくはつを、首の高さで1つに束ねており、日本人離れした外見だ。


「あ、お待ちしておりました」


 少女が柔らかく微笑む。青い瞳は、ガラスのように済んでいた。


「初めまして。私はAIサンタ。今、宿を探しておりまして……。クリスマスまでの間、ここに居候させて頂けないでしょうか?」


 居候……? この子が、俺の家に……? 頭の中がフリーズする。


「いや、いやいやいや! 意味わかんないし! 何? AIサンタって!? ただのコスプレした女の子だよね?」


「失敬な! これはコスプレではありません。私は正真正銘、AIが搭載されたサンタさん。あらゆる事柄を『学習』し、1人1人に適したプレゼントを『推論』する事が出来る、超高性能ハイスペックな存在なのです!」


 超高性能ハイスペックって……。意味が重複してんじゃねぇか。


 それにしても……。本当にAIなのか。どこをどう見ても、人間の少女にしか見えない。たたずまいも、話し方も……。


「あの……私、お腹が空いてしまいました」


 上目遣いで、こちらをじっと見つめている。どうしたものか悩んだが、この寒空に放置するのも忍ばれる。それに、今の状況を誰かに見られ、近所で変な噂が立つのも困る。


 ひとまず、少女を部屋へ入れる事にした。




 リビングのソファに腰掛けた少女は、部屋の様子を物珍しそうに見回していた。


「へぇ~、ここが結月さんの家ですか。ふむふむ……これは、学習が捗りますね~!」


 えっ? 今、結月って……。


「ちょっと待って。何で俺の名前を知ってんの?」


貴方あなたの運転免許証を読み取りました。白井結月しらいゆづき、25歳。しがない一般的なサラリーマンですね!」


「しがないは余計だよ!」


 免許証は、ずっと財布にしまってある。抜き取られた形跡は無い。とすると……。


 こいつは、まるでスキャンのように、俺の免許証を読み取ったんだ。きっと会社の書類とか、その他諸々も……。


 どうやら、AIだというのは事実らしい。


「結月さん、私はお腹が空きました。チキンが食べたいです」


「チキン?」


「はい! クリスマスといえば、やはりジューシーなチキンに限ると学習しています」


「まだ23日だぞ。チキンなんて、準備しているわけ……」


 ん、待てよ……。俺は鞄の中を漁り、コンビニのホットスナックを取り出した。帰り道で何気なく買った物が、こんな所で役に立つとは……。


「これでいいか?」


「わぁ、これはエイト・トゥエルブのママチキじゃないですか! 本当に、食べても良いのですか?」


「あ、あぁ。別に良いよ」


「やったぁ! 結月さんは優しい人。学習しました!」


 瞳を輝かせながら、チキンにかぶり付く。変なやつだ。AIのくせに、食事を摂るなんて……。


「そういえばさ、名前なんていうの?」


「私ですか? 『クリス・増田・サンタナ』と申します」


「……え? なんて?」


「ですから、『クリス・増田・サンタナ』です」


「……ひょっとして、海外の方?」


「いえ、生まれも育ちも日本です」


 ……よく分からない。不思議な名前。AIだから、なのだろうか?


「長いですから、クリちゃんでもサンちゃんでも、お好きなように呼んでください」


「いや、ちゃん付けはちょっと……普通に、サンタナって呼ぶよ」


 幸せそうにチキンを頬張るサンタナ。その横顔は、作り物とは思えない程人間味に溢れていた。




 夜ご飯を済ませ、リビングでくつろぐ。ソファには、未だにキョロキョロと部屋を見回すサンタナの姿があった。


「あのさ。本当に、クリスマスまで居候する気?」


「はい、お世話になります! 御礼といっては何ですが、素敵なプレゼントを差し上げますから」


「プレゼント?」


「そうです! クリスマスにかけて、白井結月という人間についての学習を進めます。そして貴方に適した物を推論し、プレゼントを5つ用意させて頂きます」


 プレゼントを、5個も? それは嬉しい限りだが……。


「俺が今、何を欲しがっているのか……分かるの?」


「任せて下さい! 今現在も、学習は順調に進んでいます。そうですね……分かりやすい所でいうと、貴方には『元カノ』なる存在がいた」


 ……えっ?


「どうして、それを……?」


「簡単です。男性が一人で暮らすには、不自然なほどに広い住居。持て余した空き部屋。そして何より……部屋の至る所に、女性が生活していた痕跡が残っています。指紋、髪の毛、そして香り」


 探偵のように、淡々と証拠を上げていく。全てを見透かされた気分だ。


「どれも、一年以上前の物ばかり。推論するに……丁度去年の今頃、クリスマスの前に別れてしまったのでしょうね」


「あ、当たってる……」


「それからという物、貴方は一切誰とも交際していない。にも関わらず、クリスマスイブと当日に2連休を取っている。きっと未だに、過去の恋愛を引きずっているのでは?」


 そんなつもりは無い……といえば嘘になる。サンタナの言う通り、去年のクリスマス直前、長らく交際していた女性に振られた。気持ちを切り替えられないまま、あっという間に一年が過ぎてしまったのだ。


 言葉に詰まる俺を見て、サンタナが小悪魔的な笑みを浮かべる。


「ふふっ。私、一つ目のプレゼントを思いついちゃいました。結月さん、こちらに来て下さい」


 言われるがまま、ソファへと近寄る。すると、いきなり腕を引っ張られ、強引に隣へ座らされた。


「『快楽』です。辛い過去など吹き飛んでしまうような、刺激的な経験をプレゼント致します。……宜しいでしょうか?」


 彼女の笑顔に反応するように、リビングの明かりが独りでに消えた。

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