1 祝詞(のりと)
神様の、ありがたい思し召しで、
うっとうしいこの世に、詩人が生まれ落ちた。
ママは、びっくり仰天し、
お情け深い神様を、中指立てて罵った。
「こんな情けないカタワを育てるぐらいなら
マムシでも産めばよかった。
ああ、あの夜が呪わしい。
オマンコに、タネを流した、あの快楽の夜が。
気の弱いウチの亭主が、
よりによってこのわたしを、数ある女から選んだのは、事実。
ひょっとして神様さぁ、それもあんたの仕業かい。この出来損ないのクソガキを、
ラブレターのように焼き捨てはしないだろうと、このわたしを買い被ってくれたのかい。
あんたが、いたずらで、わたしに授けたこのオモチャ。
あんたの意地悪を、このオモチャで憂さ晴らししてやる。
思いっきり捻じ曲げて、
そこから、毒の新芽が生えないようにね。」
こうまで、啖呵をきったママに、
神様の、有難い思し召しなど通じない。
火焔地獄の谷底に、
子殺しの自分を処罰する。火焙り台の薪を積みはじめた。
ところがおっとどっこいで、当のその子に、
ありがたい天使様のご加護があった。その子はお天道さまの下堂々と、
飲み物も、
食べ物も、全部、全部だよ。全部、神様のお流れを頂戴したわけさ。
お陰で、風と遊んで、雲に話しかける、といった不思議な子になった。
その子が、十字架十字架と、鼻歌にすれば、
天使様は助けた甲斐あったとばかり、
その子を、森の小鳥のように可愛いと、うれし涙を流す始末さ。
しかしだ、その子が好いた相手は、なぜだか怯える、逃げる、狼狽える。
そうかと思えば、その子のおとなしさにつけこんで、
これでもか、これでもかと、
自分がどこまで残酷になれるかと、その子で試したりする。
たとえばだ。その子のパンやワインに、
灰と唾を混ぜ合わせて、「さあ、食え!」と言う。
挙句の果てに、その子が触ったものは、汚いと投げ捨てる。
オレの足跡を踏んだなと、いちゃもんをつける。
その子が大人になって、女房をもらった時の話をしようか。
その女房が大声だしながら、みんなの前でこう言ったのさ。
「あたしを、きれいだと褒める気があるなら、
あたしを、古代の女神像に負けないぐらい、金銀で飾ってよ。
あたしはねぇ、ゲランやカルティエを身につけたいし、ミシュランの三ツ星が大好き。
そうそう忘れてた。あんたを膝まづかせるのも、だぁーい好き。
さぁさぁ、神様とあたしと、どっちが大事なの。
あたしは、とことんわがまま言って、どっちが大事か試すつもりよ。
冗談? 冗談じゃあないわよ。
何ならあたしのか弱い手を、あんたに乗せて……、
なに鼻の下を伸ばしているの。肝心なのはここからよ。
あんたの心臓に届くまで、鷲のような爪を立ててやるからねぇ。
あんたの心臓は、怯えた小鳥みたいだろうねぇ。
あたしは、その赤い小鳥を、あんたの胸から引き抜いてね、
あたしの内側に、大切に飼っている淫獣に、
『さあ、餌だよ』と、投げてやるつもりだよ。」
女房の、そんな罵りも、当の詩人は、どこ吹く風。
神様に、ヘラヘラの馬鹿ズラで、両手差し伸べた。
すると、その指先から閃光が走った。
その眩しさったら、凄い。地上のアラを全部隠したほどだ。
詩人は思わず漏らした。「ありがたい。
神様が、人の穢れを浄めるって言うのは、事実なんだ。
本物の快楽を、教えてくれるってんのも、事実だ。
本物の詩人になるため、オレに苦悩を与えてくれるたのも、事実だ。
オレは知っている。
神様あんたが、オレら詩人のために、
自分近くの席を温めてくれている事をな。
そしてオレらに、宴会を開いてくれるんだろ。
他にもオレは知っているぜ。あんたがくれた苦悩が、どれだけ大事かって事を、
苦しまなきゃ、本物にはなれねぇよなぁ。
でもよお、本物になったら、王冠でも用意してもらうぜ。
オレは、ちんけな王冠じゃあ、満足しねえよ。」
先回りした神は、
古代の今はもう手に入らない宝石や、
未来に発見される金属を、手にじゃらじゃらさせている。
「おっと、オレはそんな玩具じゃあ、満足しねえって。」詩人は言った。
詩人の気持ちは分かる。
詩人の冠は、宇宙生成の閃光で練り上げられてこそふさわしい。
お前(めぇ)ら凡庸な人間の目は、
詩人を映し出す、曇った鏡の値打ちもねぇよ。
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