第8話 大団円

 それが起こったのは、警察が2週間ほどの、

「自転車事故撲滅週間」

 と、取って付けたような、いわゆる、

「自分たちはちゃんと対策を打っているんだぞ」

 という

「やってますアピール」

 というデモンストレーションを行っていたその少し後に起こったのだ。

「最近、警察を見なくなったわね。もう取り締まりは辞めたのかしら?」

 と、世間の人も、警察によるいつもの、

「やってますアピールだ」

 ということがバレバレの状態で、結局、事故が起こる前とまったく変わらない状況に戻った。

 しかも、時間が経っているだけに、皆、

「普通の光景が戻ってきただけなんだ」

 と感じることで、結果、何も変わらないということでしかなかったのだ。

 そんな中で、歩道にバイクが上がりこみ、そして、縦横無尽に走っていた。

 もちろん、さすがにバイクが歩道を走っていることで、歩行者は逃げ惑った。完全にパニックに陥ったのであった。

 だが、それも一瞬のことで、警官が来た時には、バイクは走り去っていた。

 被害者は誰も出ていない。それどころか、人々の印象として、

「バイクは、人を撥ねるつもりなんかなく、むしろ、人に気を遣いながら走っているような気がしました」

 という複数の意見が聞かれた。

 警察も、被害がまったく出ていないことから、

「愉快犯のようなものではないか?」

 ということで、一応の捜査と、またしても、少しの間、警官がこの場所に貼り付けられることになった。

 というのも、これも、全国ニュースで出たからである。

「本日夕方、バイクが歩道に乗り上げて、縦横無尽に走り、すぐに去って行った」

 という報道だったが、さらにそのあと、

「ここでは、数週間前に、自転車事故が起き、今だ意識不明の被害者が出た場所と同じところでした」

 などと、マスゴミに報道されてしまっては、警察も黙っているわけにはいかない。やはり二週間程度の警備体制を敷くことを余儀なくされたということであったのだ。

 被害は出なかったが、世間からの風当たりは、それどころではなかった。警察としても、面目が立たない。とにかく、犯人の逮捕と、何が目的なのかをハッキリさせないと、警察の権威は失墜したままになってしまうのであった。

「じゃあ、どうすればいい?」

 ということで、捜査会議のようなものが行われたようだが、しょせんは、

「堂々巡りを繰り返すような会議を延々と行われている」

 といわれる、まるで、

「小田原評定」

 のようではないか?

 ということであった。

 さて、そんな状態で、別のことでの吉報がもたらされた。

 というのは、

「この間まで意識不明だった、自転車で事故に遭った女性の意識が戻った」

 ということであった。

 それを聞いた刑事が、さっそく尋問に出かけた。まずは、医者に尋問できるかを聴いたが、医者の方としては、少し表情を曇らせるように、

「少し難しいかも知れません」

 というではないか。

「どういうことですか?」

 と聞くと、

「彼女は、少し記憶喪失に掛かっているようなんです。それも、一部のですね。しかも、意識のない部分は、一つの出来事が陥没しているというようなわけではなく、全体的に見て、ところどころ穴が開いているんですよ。だから、その穴が開いているという部分が、どこからどこまでなのかということも、正直ハッキリしない。我々にもその判別は難しいんです、イメージとしては、クレーターをイメージしていただければいいのではないでしょうか?」

 と医者はいった。

「それじゃあ、こちらが期待する証言を得るということは、難しいということでしょうか?」

 と聞くと、

「ハッキリとは言えませんが、そうでしょうね。こういう記憶の失い方は得てしてあるもので、ある意味、うまい記憶の失いからなのかも知れないですね。というのは、記憶を失わないようにするというか、護身術のような訓練を受けた人に多いという話を聴いたことがあります。彼女の場合がそうとも言えませんが、頭の打ちどころなど、受け身を取ろうとしてけど、あまりにも、状況が悲惨すぎて、想像以上だったといえるかも知れませんね。正直、命が助かったというだけでも、奇跡に近いと思いますからね」

 と医者はいう。

「ということは、自転車としては、最大級の悪質性だったということでしょうか?」

 と刑事が聞くと、

「あくまでも個人の意見ですが、殺意は十分にあったんじゃないかと思います。もう少し治療を続ける中で、その様子が分かればいいんですけどね」

 ということであった。

 これにより、刑事は一つの疑念が浮かんだ。

「これは事故などではなく、殺人未遂だったのではないか?」

 ということである。

 さっそく、容疑者と被害者との間の関係性が調査された。被害者も意識が一部欠落はしているが、被害者が誰なのかということまでは思い出すことができたようで、それで、捜査もしやすくなったというものだ。

 再度、目撃者に話を聴きに行ったが、目撃者も、

「言われてみれば、わざと当たったと言われると、そうだったように思えます。何しろ、かなりの音がして、ぶち当たったというのが分かりましたからね、あれこそ、殺人だと思ったくらいですよ」

 と、佐和子は思い出しながら、そういった。

 刑事は、佐和子に、彼女が意識は取り戻したが、一部の記憶喪失だということを告げた。

 佐和子の方とすれば、ゆかりのことを知っているということを言おうか言いまいかを悩んでいたが、思い切っていうことにした。

「実はあの時、彼女はただの事故だとしか思わなかったので、何も言わなかったんですが、私には、篠熊ゆかりという女性を知ってるんですよ」

 と、佐和子がいうと、急に刑事は興味深げに、事情聴取が急に前のめりになった。

 それまでは、

「ただ、話を聴く」

 というだけであったが、実際にはそうではなかった。

「実は、ゆかりさんというよりも、彼女の兄である達郎さんを知っていたというべきで、達郎さんとは同い年、大学時代に同じサークルだったんですよ」

 という。

 彼女はそこで、少し迷っていたが、いってしまおうと思ったのか、

「彼女の兄の達郎さんを好きになり、一度告白したんですけど、断られたんです。その理由をなかなか話してくれませんでしたが、少ししてから、人づてに聞きました。というのは、彼が同性愛者だったということなんです。ショックでしたが、すでに別れた後だったので、彼に対しての未練もなかったので、却って、そのカミングアウトは、完全に彼を断ち切るためにはよかったということです。彼はその頃には彼氏ができていて、完全にどっぷりと同性愛に嵌っていたそうです」

 という。

「じゃあ、妹さんとは?」

 と聞かれて。

「彼女とは、実はしばらく仲良くしていたんです。でも、3年前くらいから、連絡を取らなくなったんです。3年前ということですが、なぜかわかりますか?」

 と聞くので、刑事はピンとこなかったようだ。

「あれですよ、例の世界的なパンデミック流行ですよ。あの時、伝染しないように、人流抑制があった。そのせいで、人と関わることがなくなった。私の方は、彼女と関わっていてもよかったんですが、彼女の方で、何か自分の殻に閉じこもってしまったようなんですよ。最初はどうしてなのか分かりませんでした、でも、その理由に、彼の兄である、達郎さんが亡くなったということをこれも、人づてで聞いたんですが、理由は、その伝染病のせいだったらしいんです。実は、今でも、伝染病のことがある程度分かっている中で、国家が作為的に隠していることがあるようで、それが、同性愛者、特にゲイの人に感染確率が高く、しかも、重症化は免れないということだったんですよ」

 と、佐和子は苦々しい表情でいうのだった。

 刑事はどう答えていいのか分からずにいたが、佐和子が、何かに対して思い切り憤りを感じていて、踏み込んでいいものかどうか、それを考えると、さすがに何とも言えなかった。

「そんな感じで、まさか、彼が死ぬなんて思ってもいなかったんですが、彼女が少し情緒不安定になったのは、その頃だったんです。そして、私は、彼が最近付き合っていたという人物を知ったんです。これは、今回、ゆかりさんが事故に遭ったことで、ゆかりさんの周りの人に聞いたことで判明したんですが、私はそれを聞いた時、正直、ゾッとしました。その相手の名前というのが、赤坂さとしというじゃないですか? 私はその時は知らなかったけど、刑事さんから、あの加害者のことを聞かされて、これが本当に偶然なのかどうかを疑いたくなったんです。ひょっとすると、彼女に対しての殺害の意志でもあったのではないかとですね」

 と佐和子がいった。

 それを聞いた刑事も、頭がこんがらがってきたのを感じた。ただ、一つ言えることは、容疑者である赤坂さとしの身辺をもっと深く調べる必要があるということだった。

 佐和子から聞かれた情報に関しては、それ以上のことはなかったが、佐和子がかなり、勧善懲悪な性格だということが分かっていたので、

「すべてを鵜呑みにすることはできないな」

 と思ったのだ。

 刑事をしていると、その思いは基本的なこととして、持っていなければいけない意識であるが、特に佐和子には、そうだということ、そして、逆に容疑者の赤坂に対しては、のらりくらりとしていて、まるで世間知らずのような振る舞いであるが、

「ひょっとすると、かなりしたたかな人間かも知れない」

 とも思った。

 刑事はそこで考えたのが、先日のバイクを歩道に乗り上げたという、

「劇場型の犯罪」

 であるが、あれも、

「何か計画されたことではないか?」

 と主張する人もいて、なかなか現実味のない小説のようなことだとばかりに誰も相手にはしなかったが、今となって刑事は、それを考えるようになった。

 そこで、さっそく、赤坂と篠熊兄妹の関係。そして、バイク暴走事件での赤坂のアリバイが捜索された。

 すると、警察側が期待した情報を得ることができたのだが、まだ状況証拠にしかすぎず、逮捕状が請求できるまでには至っていない。

 ただ、地道な捜査の中で、赤坂が、ある時泥酔する中で、ゆかりに対して、かなりの恨みを持っていることを、暴露したのを聞いた人がいたという。

 赤坂も、まさか、あの自転車事故は、事故でしかないので、調べられることはないとタカをくくっていたのかも知れない。

 しかし、いろいろ調べられるうちに、ゆかりが、作為的に兄に対して、赤坂を近づけないようにしていたということを聞いて、怒りが爆発したようだ。

 しかも、篠熊が死んでしまうということになったことは大きなショックで、その時、殺意が芽生えたという、

「なぜ、3年も経っているのに?」

 ということであったが、それは赤坂でなければ分からない。

「このパンデミックの期間、溜まっていたものが爆発したのが今だったのかも知れない」

 と言えるだろうが、正直、赤坂自身も、精神的にかなり荒れた生活をしていて、どうしようもないところまできていたということから、察するしかないようだった。

 やはり、劇場型のバイク暴走も彼の仕業で、警察の捜査を混乱させようという意図があったようだが、まったく意味がないということを、考えられないほどに、赤坂という男は、、

「浅はかな男だ」

 と言えるのではないだろうか。

 佐和子が事故の時、赤坂があまりにも狼狽しているのを見て感じた直感は正しかったのかも知れない。

 少しの間、

「あれも、したたかな計画の一つだったのか?」

 と思ったが、そのわりに、あの時の狼狽は、いかにもだった。

 もし、わざとだということであれば、もう少しは分かったであろうからである。

 そんなことを考えていると、

「どこまでがわざとで、どこからが偶然なのか分からない」

 と思えてきた。

 本当にあの事故、つまり、ゆかりが意識不明で、今記憶が半分欠落したというのが、

「ただの偶然だった」

 と言われれば、そうかも知れない。

 いや、

「あれは、仕組まれたことだ」

 と言われれば、こちらも何とも言えないということになる。

 どうして、分からなくなったのかというと、赤坂が起こした、

「劇場型犯罪」

 あれが、まったく意味のないことだったからだ。

 見えていないだけで、何かの効果があるのかどうなのか?

 それを考えると、最初の自転車事故も分からない。

 佐和子は、

「刑事がそういう風に考えているのではないか?」

 と考えた。

 もし、この事件、いや、事故に関して、誰もがパズルのピースを数枚持っていないので、完成させることができないのだ。

 そのピースを持っているのは佐和子であり、佐和子自身に、そのピースを持っている自覚、あるいは、その自覚があったとして、それを説明できるかどうか、よくわかっていない。

「ゆかりさんの失った意識、あるいは記憶。それを分かるとすれば自分しかいない」

 と佐和子は思っていて、その理由が、

「私の頭の中にあるんだわ」

 という思いだったということを、誰も知る由もなかった……。


                 ( 完 )

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自転車事故と劇場型犯罪 森本 晃次 @kakku

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