クリスマス・イブ
旗尾 鉄
第1話
クリスマス・イブの夜のことでした。
サンタさんは、もうすっかり準備を終えています。世界中の子供たちが、プレゼントを待っているのです。
トナカイ君も、きれいに毛並みを整え、首に鈴をぶら下げて出発を今か今かと待っています。魔法のそりで空を飛べるクリスマスは、トナカイ君にとっても一年に一度の晴れ舞台であり、楽しみな日なのでした。
サンタさんが白い大きな袋をそりに積み込みました。それから、そりに腰かけます。いよいよ出発です。
「よし行こう。トナカイ君、今年もよろしく頼むよ」
「はい!」
サンタさんのかけ声でトナカイ君が走り出します。魔法のそりは、ふわりと空へ舞い上がりました。
サンタさんとトナカイ君は、担当の町の上空へやってきました。
はい、いまなんだか変なことをいいましたね。担当の町、といいました。
これは言い間違いではありません。
実はあまり知られていないことですが、サンタさんというのは一人ではなく、世界中に何千人もいるのです。そして国や町ごとに担当者を決めて、良い子にプレゼントを運ぶのです。
いくら魔法のそりとはいえ、一晩で全世界を回るのは無理です。プレゼントをもらえない子がいないように、みんなで手分けしているのです。
さて、それはともかく、サンタさんはさっそくプレゼントを配りはじめました。
昔は煙突から出入りしていましたが、今は煙突のある家は少なくなりました。
でも大丈夫です。
サンタさんは「なんとかうまいこと」をして家に入り、ちゃんと良い子の枕元にプレゼントを届けてくれます。それはもう、みごとな腕前です。だから、「うちには煙突がないから来てくれないかも」などと心配する必要はこれっぽっちもありません。安心して、ぐっすり眠っていてもいいのです。
ところが、そんなサンタさんが、困った顔をして手を止めました。
「トナカイ君、まずいことになったぞ」
「どうしたんです?」
トナカイ君は不思議そうに尋ねました。こんなに困ったようすのサンタさんをみるのは初めてだったからです。
「去年までこのマンションにいた坊やがいないんじゃ。別の家族が住んでいるらしい」
「えええっ!?」
どうやら、引っ越しをした家があるようです。これではプレゼントが届けられません。
「どうするんです? 坊や、がっかりしますよ? 明日の朝、枕元にプレゼントがなかったら泣くかもしれませんよ?」
「お、お、落ち着きない。とにかく、いったんあの森に降りて考えよう」
サンタさんの仕事は秘密なので、町でうろうろして見つかってはいけないのです。サンタさんとトナカイ君は町の近くの森に降りて、どうするか考えることにしました。
「さあ困ったぞ。どうしよう、どうしよう」
「交番のお巡りさんに聞きましょうよ」
「だめじゃよ。そんなことしたら、わしらの正体がばれてしまう」
「あ、そうかあ」
一人と一頭がうんうん考えていると、森の奥から一羽の鳥が音もなく飛んできました。丸い目をしたフクロウのおばさんです。おばさんはサンタさんたちの近くの木の枝にとまりました。
「こんばんわ、サンタさんとトナカイ君。困った顔してどうしたのよ?」
サンタさんは、これこれこういうわけで、とフクロウおばさんにわけを話しました。
おばさんはホウホウと聞いていましたが、やがて言いました。
「協力してあげたいんだけどね。あたしゃ、町にはめったに行かないんだよねえ。そうだ、カラスに案内を頼んだらどうだろうね? あいつはしょっちゅう町へ遊びに行ってるみたいだから。連れてきてあげるよ」
そう言うと、フクロウおばさんは森の奥へと飛び去ります。しばらくすると、カラスを連れて戻ってきました。カラスは眠そうな目をしています。
サンタさんは、これこれこういうわけで、とカラスに案内を頼みました。
するとカラスは答えました。
「そうだなあ。オレっちにもプレゼントくれるなら、やってもいいぜ」
トナカイ君は心配になりました。プレゼントは子供たちの人数分しかないことを知っていたからです。ところがサンタさんは、ちょっと考えてから言いました。
「よしよし。手伝ってくれたら、最後にプレゼントをあげよう」
「ようし、約束だぜ」
カラスは喜び、先頭に立って町へと向かいました。
町へ戻った三人は、さっそくプレゼント配りを再開しました。
「まずは、去年までこのマンションの三階に住んでいた子じゃが」
「あの家族はね、お父さんとお母さんが頑張ってお金を貯めて、新しい家を建てたんだ。今は町の反対側の地区に住んでいるよ。あの地区のゴミ捨て場は、おいしい食べ残しがよく捨ててあっておすすめなんだ」
カラスの案内で、新しい家にプレゼントを届けます。
「それから、こっちのアパートの子は?」
「そこはお父さんが転勤になってね。遠くの町へ引っ越したよ。お父さんが子供のころに住んでいた家で、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に暮らすらしいぜ」
サンタさんはすぐに、遠くの町を担当しているサンタさんに連絡しました。これでばっちり。連絡を受けたサンタさんが、引っ越した子にプレゼントを渡してくれることでしょう。
こうしてカラスの案内のおかげで、サンタさんは今年も無事、町のすべての子供たちにプレゼントを届けることができたのでした。
森へ帰ってきた三人を、フクロウおばさんが待っていてくれました。
「ホウホウ、みんなお疲れさま」
サンタさんは、カラスのほうを向きました。トナカイ君は気が気ではありません。プレゼント袋は空っぽなのですから。
サンタさんはカラスに言いました。
「カラスくん、助かったよ。どうもありがとう。さあそれじゃあ、約束のプレゼントを渡そうかのう」
そう言うと、サンタさんは自分が来ているサンタ衣装から、ボタンを一つ取り外しました。金メッキがしてあって、きれいに磨かれたピカピカのボタンです。サンタさんはそのボタンを手のひらに載せ、カラスに差し出しました。
「さあ、どうぞ。サンタの仕事を手伝ってくれた良いカラスに、クリスマスのプレゼントじゃ」
カラスは目を輝かせました。カラス族は、ピカピカ光るものが大好きなのです。
「やった、やった。オレっち、クリスマスにプレゼントもらうの初めてなんだ。ありがとう!」
カラスはボタンをくわえると、大喜びでねぐらへ帰っていきました。
「では、わしらも帰ろう。フクロウおばさん、来年また会いましょう」
「ええ。お待ちしてますよ」
魔法のそりがふわりと舞いあがります。
北の空へと帰っていくサンタさんとトナカイ君を、フクロウおばさんは丸い目でいつまでも見送るのでした。
クリスマス・イブ 旗尾 鉄 @hatao_iron
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