第7話

あれから数日間、なんだかおじさんと過ごすのが照れくさい気がして、僕はよく街に出るようになった。特に目的もなく、ただただ抱いてしまった疑念を覆い隠すように、時間をつぶしていた。

おじさんはそんな僕の様子を気にかけているようだったが、特に何も言ってはこなかった。この間の話を聞いて気まずいんだろう、くらいに思ってくれていたらいいのだが。


ぼーっとおじさんの話を頭の中で反芻しながら街を叩いていると、急に後ろから肩を叩かれた。

「えっ!?」

「桜井 隼人君だね?」

そこには、警官が2名いた。ご丁寧に警察手帳まで開いてくれている。

『あぁ、ついに…。まだ、おじさんがお父さんかどうかも分かっていないのにな……。』

いずれこの日がくることは分かっていた。いつまでも逃げ切れるつもりではいなかった。

しかし、その時は思っていたよりも早く訪れた。

普段はある程度警戒して街を歩いていたのが、今日はあまりにも考え事をし過ぎていた。

「一緒に、来てくれるね?」

「…はい………」

おじさんに、最後の挨拶すら、できなかったなぁ……。


その後、街からパトカーに乗せられると、見慣れたお店の並びから少し離れただけで、全く知らない道だらけになった。

前の暮らしよりも随分自由だと感じていたけれど、前の暮らしよりももっと狭いところにいたんだな、なんてぼんやり考えていた。


狭い部屋で警察の取り調べを受け、僕は正直に罪を自白した。

事情を察してくれたのか、想像していたよりも厳しく問い詰められたり、冷たい対応をされることはなかった。

一方で僕は、ドラマに憧れて、せっかくなら牛丼食べれたりするのかな、なんて考えられるくらいには、この事実を受け入れていた。

しかし、最後まで牛丼は目の前には現れなかった。


僕に下されたのは懲役5年と6か月だった。

知らせを受けて面会に来てくれたおじさんとおばさんには、泣きながらこってり叱られた。

僕を守ろうとしていたことを隠したい様子に気づいてくれていたのか、最後までかくまっていたことについては触れずにいてくれたことに、心から感謝した。


ただただ謝るしかない僕に、最後に二人は、泣きながらも笑顔で、恩返しについて「ありがとう」と言ってくれた。

おじさんとおばさんが扉の向こうに消えた後、久しぶりに声をあげて泣いた。


刑務所にいる間も、一緒に過ごしたおじさんのことを考えていた。

結局本当のところは何もわからなかった。

お父さんであってほしいと思う反面、実の父親がホームレスだなんて信じたくないという気持ちもあったと思う。

でも、おじさんと過ごした日々は結構悪くなかった。

そんなことを毎日考えていた。結局、実の父親に会うという目標だけは達成できなかったなぁ…。


日々に少し慣れてきたころ、面会の呼び出しがあった。またおじさんとおばさんが来てくれたのだろうか。

「入れ」

扉を開けてガラスの向こうを見ると、スーツ姿の見知らぬ男性が立っていた。目が合った瞬間、ざわりと心が騒いだ。

扉が閉まっても、しばらく二人とも無言のままだった。僕は、その男性から目が離せずにじっとしていた。

「………一旦、座ろうか。」

僕は言われたまま黙って椅子に座る。相変わらずお互いの顔を見詰めたまま、男性が再び口を開いた。

「大きく、なったな……。」

僕は何も返さなかった。溢れそうになる色々を、口の中で堰き止めるのに必死だった。

また、しばらく沈黙が続く。


「…知らせを受けて、吃驚したよ。」

僕は、何も喋らない。

また、沈黙が少し続いた。


「お前には…苦労をかけたな、隼人。」

名前を呼ばれた瞬間、もう、だめだった。

男性が「すまなかった」と言い終わる前に、僕の口はそれを開放し、すべてが流れ出し始めていた。

「なんで今更顔を出すことができるんだ!?なんで僕と母さんを置いて行ったんだ!!僕が…僕たちが、どれだけ大変で、どれだけ苦しんで、どれだけ寂しかったか分かるか!?」

男性は黙って聞いていた。

僕の目からは大粒の涙が流れ、目の前にあるガラスは僕の息で曇った。

「なんでこんなことになって今更のこのこ会いに来てっ…、よくも父親面なんかできたもんだな!!あんたがいてくれさえすれば、僕は母さんを殺さずに済んだ!!殺さなくてよかったんだ!!!母さんだって苦しんでた!!!!」

それからは、何を言ったか覚えていないが、とても酷い言葉ばかりぶつけたような気がする。

後ろの扉が開いて、怒り、泣き叫ぶ僕を刑務官が無理やり連れて戻ったのも、その向こうにただ地面を眺めることしかできず立ち尽くす男性の姿も、ぼんやりとしか覚えていない。


部屋に戻り、ぼやけてシミさえ見えない天井をただただ眺めていた。

綺麗なスーツを着て、ネクタイにきらきらしたピンを挿し、髪を整えて現れた父親が許せなかった。

僕たちがこんなに苦しんでいる間、彼はきっと平和に働いて当たり前に生活していたということが垣間見えることが、どうしても許せなかった。

いっそのこと、あのホームレスのおじさんみたいに、服はヨレヨレで、髪もぼさぼさの状態で会いに来てくれたら。

あぁ、あのホームレスのおじさんは、全く父親なんかじゃない。

あれはきっと、------未来の、僕だ。

大きく息を吐くと、白い煙が空気と同化し、取り込まれるかのように消えていった---。

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羊の執行猶予 @Commander4645

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