第6話

おじさんとよく話をするようになってから、気になっていることがずっとあった。

おじさんは、自分の経験や失敗談など、いろんな話を聞かせてくれた。

でも、その話の中で唯一で出てこない話題があった。それは、家族の事だった。

僕もいろんな話をした。家族のことも打ち明けた。親戚のおじさんとおばさんに良くしてもらったことも。

その時、おじさんの顔が一瞬陰ったのを、僕は見逃さなかった。


ある日、どうしても気になって、ついに聞いてしまった。

「おじさんは、家族は、いるの?」

なんとなくおじさんの顔を見ることができずに、僕はノートに何かを書くふりをしながらおじさんに尋ねた。

先ほどまで寝そべっていたおじさんは、少し上半身を起こしたようだった。

「…どうして急にまた。」

「いや、その…気になって。答えたくなかったら、いいよ。」

「うん…。そうだな、あまり、聞いても気持ちのいいものじゃないかもしれんが…。」

おじさんが胡坐をかいて座る。僕は、またなんとなく、正座でおじさんのほうを向く。

「なんだ、そんなにかしこまられると話しづらいだろ。もっと楽にしろ。」

僕は慌てて足を崩し、またおじさんの方を見た。

「んん…。そうだな、家族はいる…というか、いた。もうずいぶん前に別れてしまったが…。」

おじさんはゆっくりと、昔を懐かしむかのように、ぽつりぽつりと話してくれた。


おじさんの話はこうだった。

おじさんは昔、付き合っている人がいて、その女性は家柄が良い人だったそうだ。

その人とおじさんは心から愛し合っていたが、女性側のご両親からはよく思われていなかったそうだ。

「俺に両親がいないのが気に食わなかったのか…。いや、きっと、大富豪とかじゃないと満足しなかっただろうな、あのご両親は。」

皮肉めいた笑いを浮かべながら、おじさんは話した。

ご両親になんとか気に入ってもらおうと頑張りつつも、二人の心は折れかけていた。

そんな時、やってしまったのだ。

彼女のお腹の中には、小さな一つの命が宿っていた。

もちろん彼女のご両親は激怒し、おじさんと彼女は逃げるように二人だけになった。


最初こそ、幸せだった。何にも邪魔されることなく愛し合うことができ、新しい命との出会いに二人で胸を膨らませていた。

しかし、その幸せも、残酷なことに長くは続かなかった。

家を飛び出してきた二人には何もなかった。

おじさんは必死に働いた。愛する彼女とお腹に宿る希望のために。毎日遅くまで働いては、死んだように眠り、数時間後には会社にいた。

彼女は、1人で家のことを済ませ、妊娠による体の不調に耐え続けた。

でも、二つの命を、一つの手で支え続けるには限界があった。

彼女は精神を病んでしまった。誰にも頼れない、おじさんもほとんど家にいない、そんな状況で、心が疲れてしまった。

おじさんはなるべく彼女を支えようと、仕事も頑張りながら、暴れる彼女に毎日語りかけた。体力と睡眠時間を削りに削って。

「大丈夫、俺がいる。俺とお前と、二人でこの子を迎えよう。ごめんな、ごめんな……。」

それでも、毎日は地獄だった。


ある日突然世界が真っ暗になった。

気付けば、真っ白な天井を眺め、腕には点滴の管が伸びていた。

すぐにでも家に帰ろうとした。彼女とお腹の子が心配でしょうがなかった。しかし、医師と看護婦に全力で止められてしまい、それは叶わなかった。

数日の入院中、何度も彼女に電話したが、携帯電話の電源は切れていた。一度も、彼女がお見舞いに来ることはなかった。

毎日毎日不安で、夜もまともに寝ることができなかった。ただただ液体が体内に注入されるのを眺めながら、彼女とお腹の子のことだけを考えていた。

病院に連れて行ってくれたのは彼女だろうか。その時に無理をしていないだろうか。ご飯はちゃんと食べているだろうか。

なぜ、電話に出てくれないのだろう。なぜ、見舞いに来てくれないのだろう。彼女に何かあったのだろうか……。

ある日医者から、数値が安定したので明日にでも退院して良いとの報告があった。

退院し、急いで家に帰った時には。

彼女の姿は、どこにも見当たらなかった………。


「俺は捨てられたんだ。自分なりに頑張ってみたつもりだったんだが、力不足だったんだと。」

悲しそうにおじさんは笑った。

数か月後、おじさんの元に一通の手紙が届いた。彼女からだった。

『今は実家にいます。黙って出ていったのはごめんなさい。赤ちゃんは無事生まれました。心配しないでください。』

そういった内容の手紙だったそうだ。

それから何度も彼女の実家に足しげく通ったが、一度も取り合ってくれなかったこと。

数か月後、彼女は家から出ていったと言われ、探すすべがなくなったこと。

その後自暴自棄になり、犯罪にも手を出したこと。

刑を開けても、働き口がなかなか見つけられず、やっと見つけた職場でも居場所がなかったことを話し終わり、おじさんは大きく息を吐いた。

「まぁ、こんなところだ。な?おもしろくない話だろう。」


この一連の話を聞いて、おじさんの人生の辛さに同情の念を抱きつつも、僕は一つの疑念に心を奪われていた。

もしかして、このおじさんが、僕の----

いや、まさかな。そんなに都合のいい話、あるわけがない。

沢山話して疲れてしまったのか、おじさんはすぐに寝てしまった。僕はその夜はなんだか、すぐには寝付けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る