奇跡のナイン
碧月 葉
奇跡のナイン
8月の桜は灼熱の太陽に炙られて、甘い芳香を漂わせていた。
9回表、ゲームカウントは3−2。
初回で2点を取られた第七中学校チームだったが、その後1点、2点と追いつき、最終回は逃げる展開となっていた。
しかし、ここで1アウト満塁のピンチ。
「踏ん張れよ」
大和の隣で、
*********************
去年の4月。
「大和、正也、
顧問の田代先生はガッツポーズをしながらグラウンドを駆けてきた。
「マジっすか⁈」
「部活見学頑張ったもんな」
「おっしゃあ!」
グラウンドを整備していた3人はトンボを投げ出して抱き合った。
彼らは、厳しい戦いに勝利したのである。
田舎の都会、妻川市。
その最も端にある妻川市立第七中学校は、全校生徒が90人の小さな中学校だ。
昔は300人を超えていたらしいが今は空き教室ばかり。
少子化はあらゆる場面で課題を突きつけてはいるけれど、中学生にとって目下大きな悩みとなっているのは部活動だった。
11人必要なサッカー部は大分前に消えた。
そう、部員が足りないのだ。
七中の新入生は概ね30人。
その30人を野球部、バスケ部、卓球部、バドミントン部、卓球部、ソフトテニス部、吹奏楽部で取り合う。
男女別の部活もあるため、部員獲得の戦いは熾烈を極める。
野球部は大和、正也、隼の二年生3人だけ。
彼らが入る前年は吹奏楽部一強で、野球部に誰も入らなかった。
上級生が抜けた後、3人は大会があると他の中学校に交ぜてもらって試合に出ていた。
しかしそれは、数回だけの外野守備や代打出場のみ。
同じメンバーで毎日一緒に練習し、泣いて笑って強くなって、そんなチームで試合に出たい。
単独チームを組みたい。
3人はそれを切望していた。
「今年の新入生の男子、12人らしいぜ」
「少なっ。他の部も本気で獲りに来るぞ」
「スポ少やってる奴もいないってさ、ピンチだな」
彼らは作戦を練った。
「まずは、見学に来てもらわない事には始まらない、楽しそうって思ってもらえるには……」
「見てるだけじゃつまらないよな」
「とにかく宣伝っと」
新入生歓迎会での部活動紹介、彼らは全校生徒を前にトリオ漫才のようなチームプレイで大爆笑をさらった。
見学に来た子には見るだけじゃなく実際にボールやバットに触れてもらい、キャッチボールを楽しんだ。
絵心は無いが、心を込めて書いたポスターを学校のあちこちに貼った。
やれる事は全部やった。
その結果、新入部員6人をゲット。
野球部部員は9人になった。
大勝利である。
けれど、それはゴールではなく始まりで、野球もソフトも未経験の1年生たちとの歩みは平坦ではなかった。
根気よく、常は楽しく時に少しだけ厳しく教えて、よく褒め、大切に育てた。
ぼろ負けに次ぐぼろ負け。
最初はそうだった。
バットは空をきり、グローブからはボールがポロリ、ポロリ。
盗塁を防ぐ術はなく走られれば終わり、焦って牽制しようものならミスで大量失点。
やっと打ったと思ったら空いていない塁に向けて走ってしまう……。
珍プレーをあげればキリはなく、コールド負けが続く。
腐ってしまいそうな試合は沢山あったが、大和、正也、隼はどんな負け試合でも常に声を出し、チームを前向きに引っ張った。
チームは1年かけてゆっくり成長していった。
そして、最初の頃はてんやわんやだったシートノックもリズミカルにこなせるようになり、鋭い牽制も的確に処理できる守備のチームになっていった。
翌春。
再び努力の甲斐あって、3人の1年生が入部してきた。
しかも経験者が2人。
チームはますます充実し、大和たちは最後の中体連に挑んだ……が、1回戦で惜敗。
勝てそうだっただけに悔しくて、みんなで泣いた。
*********************
今日は、地元の商店がスポンサーの小さな大会。
猛暑の中、必死に応援する先輩たちに応えるように新七中チームは1勝、そして2勝し、なんと決勝戦に進んだ。
9回表、ゲームカウントは3−2。
1アウト満塁。
守りきれば七中の勝ちという局面だった。
暑い暑い日の、熱い熱い戦い。
大和、正也、隼の3人はスタンドの最前列で汗だくになって声援を送った。
ボールが先行する。
「ピッチャー楽に楽にー!」
「打たせていいよー!」
ピンチの場面だが、グラウンドに元気よく声が響いている。
「あいつら、いい声出てるな」
「頑張れ」
「守りきれ!」
カキンッ
ボールがバットに当たった。
ボテボテのゴロだ。
ショートが素早く動く。
ホームにボールが返ってきた。
アウトひとつ!
キャッチャーは素早くファーストにボールを放った。
いいリズムだ。
ランナーは…………
「アウト!」
勝った! 3人は抱き合った。
「スゲェな、優勝だ」
「あいつら、めちゃくちゃ野球してたよ……」
「上手くなった。本当にいいチームになった」
ベンチから出てきた田代先生が大和達に向かって、ガッツポーズを見せた。
3人は同じポーズを返した。
賞状とトロフィーを受け取る後輩たちを、3人は感慨深く見つめた。
一勝も出来なかった自分たち。
とても楽しい日々であったけれど、結果は残せなかった。
けれど、少し、ほんの少しは、できた事があったかも知れない。
そんな風にも思えたのだ。
感極まって目尻を抑える先輩3人の元へ、9人の後輩達が弾ける笑顔で優勝カップを掲げて駆けて来た。
奇跡のナイン 碧月 葉 @momobeko
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