3
後日、帆風と血縁があるという女性と駅前のカフェで待ち合わせた。恵さんというらしい。年は私とそう変わらない。
恵さんは整然とファイリングされたパンフレットやブロマイドを取り出した。そのひとつひとつを眺めては、互いに映画の感想を語る。私が興奮して洪水のように喋ってしまっても、嬉しそうに耳を傾けてくれた。
一区切りついたところで、私は少し冷めてしまった紅茶をひと口飲む。目の前の彼女もカップを持ち、しかし口をつけずにぽつりぽつりと言葉をこぼした。
「帆風……、
顔を上げた彼女が、私をまっすぐに見つめ微笑む。
「だから、こうして、今でも好きになってくれる人がいて嬉しいの」
恵さんの言う「好き」は、きっとファンとしての「好き」だ。私が心に秘めているような恋心ではない。彼女の純粋な視線に罪悪感がこみ上げる。この感情は、間違っているのかもしれない。
「もっと見る? 芸妓のころの写真とか、家族のアルバムも持ってきたの」
それでも、恋しい人を知りたいという気持ちは抑えられなかった。恵さんに誘われるがまま、写真に目を通す。
芸妓の帆風は、日本髪を結いあげ白磁のような首筋を惜しげもなく晒している。扇を手に舞う姿はまるで天女のようで、三味線を弾き唄う様子を見れば伸びやかな声が聞こえてくるようだ。
家族と共に写る薫子さんは、柔らかな笑みを浮かべていた。どの映画で見た笑顔とも違う、剥きだしの幸せに緩む頬だ。鳥居の前で愛おしそうに赤子を抱き、真綿のような愛情を向け微笑んでいる。隣に立つ背の高い男性は、眉を下げ困ったように笑う。
理解はしていたはずだ。私と薫子さんは違う時代を生きて、彼女には彼女の人生があって、当然、彼女にも想い人や家庭があって。その縁や愛が結ばれ、恵さんまで繋がっているのだろう。私の恋は最初から横恋慕。所詮は叶わぬ恋だ。
恵さんが、ぺらりとアルバムのページをめくる。
「この情けない顔してるのが私のおじいちゃん。薫子おばあちゃんの弟なの。赤ちゃんは私のお父さんで、薫子おばあちゃんの隣で笑ってるのが私のおばあちゃん」
私の喉から「え?」という上ずった驚きの声が漏れる。それを咳込むことで誤魔化し、恵さんに話の続きを促した。彼女は少し不思議そうな顔をしたが視線をアルバムに戻し、口を開く。
「この場所知ってる? 映画館と同じ通りにある白弁天。おばあちゃん、『私は芸事に身を捧げた。言わば弁天様に嫁入りしたも同然』が口癖でね、よくお詣りしてたんだ。お父さんが赤ちゃんのときも、芸が身を助けますようにって願掛けしたんだって」
私は恐々と尋ねた。
「つかぬことを伺いますが、恵さんは薫子さんのお孫さんでは……?」
「違う違う。薫子おばあちゃんの、弟の孫。薫子おばあちゃんは結婚しなかったの。本当に弁天様のところへ嫁入りしちゃった」
私の恋敵が、まさか神様だったなんて。
横恋慕で、叶わぬ恋であることに変わりはない。けれどもこれは、逆に開き直れそうな気がしてくる。叶わぬ恋路を歩もうが、心にどんな気持ちを秘めようが自由。むしろ、芸事に臨む真摯さに惚れ直してしまった私は、自分でも止められそうにない。私が恋した万華鏡のような光を放つ瞳は、全てを豊かに彩る演技は、彼女が人生を掛けた証だったのだ。私はそれに、どうしようもなく魅せられてしまった。
私は今日も映画館に通い続ける。
スクリーンに映る彼女は、芸事の神に魂を捧げた稀代の女優。一途な彼女のことだから、私の恋心が叶う日は来ないだろう。それでも、私はずっと、彼女に片思いし続ける。
余薫に恋して 十余一 @0hm1t0y01
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