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 翌週も、翌々週も、私は時間を見つけては映画館に通いつめた。

 ある映画の彼女は、ミステリアスな女性を演じていた。岬にある荒廃した洋館で、古びたオルガンを弾き歌い、偶然その場所を訪れた少年をとりこにする。オルガンは壊れているのか、時にきしみ、音が抜ける。しかしそれが神秘性を際立たせていた。洋館の外に連れ立ち、奈落の底を思わせる海を見下ろす。潮風に吹かれ、濡羽色の長髪と純白のワンピースがはためく。乾いた夏の陽射しと透明な海風の中で、彼女が放つ色香だけが鮮やかな色彩を放っていた。

 ある映画の彼女は、凛とした女教師を演じていた。女学校に赴任した彼女は生徒たちと共に楽しみに満ちた学校生活を送り、時には困難も乗り越えてゆく。最大の苦難は、大地震だった。半壊した寄宿舎から逃げ遅れた生徒を救いだし、不安に震える彼女たちを励まし続ける。余震が続くなかでできる限りの救援を行い、混乱に乗じた不届き者には毅然とした態度で立ち向かう。指導者たる彼女の姿は、強く凛々しく、皆を導く優しい灯火として輝いていた。

 帆風は、どんな役柄を演じても素晴らしい。知れば知るほど好きになる。彼女の新たな面を見るたびに、恋い慕う気持ちがよりいっそう強くなっていった。


「何か、お探しの映画でもあるのかな」

 通い続け数週間が経ったころ、老齢の男性に声を掛けられた。普段はロビーの売店に座っている老爺だ。

 そして彼が言うには、「若い人が来るのは珍しいし、食い入るようにポスターや上映スケジュールを見ているから」だそうだ。「海沿いのシネコンと差別化を図ろうと色々試していてね。古い映画が好きなら探してみるよ」とも続けた。

 しかし、その気遣いは私の左耳から入ってすぐに右へ抜け出る。このとき私は、意中の人への気持ちを見透かされたような気がして、どうしようもない恥ずかしさに襲われていた。壁に貼られたポスターに視線を向けたり、落ち着きなく逸らしたりしながら、言葉を絞りだす。

「いえ、探しているわけでは……。ただ、主演の女優さんの演技が素晴らしくて、それで」

 後に続く言葉は「好きになってこいをしてしまって」か、それとも「彼女が出演している映画をもっと見たくて」か。言う私にとって意味に大差はないけれど、聞いた人にどう受けとられるのだろうと考えて口が止まる。

 言葉が途絶えてしまった私の心配をよそに、男性はポスターを眺めて懐かしむように目を細めた。

帆風ほかぜかい」

 私のことを帆風のファンだと思った男性は、あるいは彼自身の大切な思い出を蘇らせるために、語り始めた。

「この街には昔、たくさんの芸妓げいぎがいて賑わっていたんだ。帆風もその一人でね。唄も三味線も舞踊も、そして演技も素晴らしい人だった」

 数十年前の記憶から呼び起こされた帆風はまた、私の知らない一面を魅せてくれた。

 その美貌と歌舞の才で人気を得ていた帆風は、酒宴の席で映画監督にスカウトされたという。好奇心に富む彼女は二つ返事で承諾し、女優としての才能まで開花させた。彼女は故郷を愛し、地元を舞台にした作品に多く出演した。そのため、話してくれた男性も幼いころ、撮影現場を見学したことがあるそうだ。ストイックな彼女は一切の妥協を許さず、撮影に臨むときはまるで神でも降りてきたかのように、威容な雰囲気を漂わせていたと。見番けんばん(料理屋や芸妓屋が集まる事務所)の近くで見かけた朗らかで華やかな様子とあまりに違うから大層驚いたと、はにかみながら教えてくれた。

 そして、当時は父が経営していたこの映画館で、帆風の出演する作品が上映されるときは欠かさず見ていたという言葉で思い出話を終える。

「嬉しいよ。時代を越えて帆風にファンができるだなんて。上映してよかった」

「私も。貴重なお話が聞けて嬉しいです。ありがとうございました」

 仕事に打ち込む帆風の堂々とした横顔、真摯な瞳を想い、胸を震わせる。もしも私が同じ時代に産まれていたら、絶対に撮影を見学していただろう。そしてスクリーン越しではない本物の彼女に、さらに心を寄せるのだ。

 そうして浮足立ちながら映画館を後にしようとする私に、男性はひとつの提案をした。

「もし良ければだけど、僕の友人のお孫さんに会ってみないかい。帆風とも血縁があって、当時の写真を色々と持っているんだ。映画の感想を伝えたらきっと、あの子も喜ぶと思う」

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