姫に振られたら竜と仲良くなりました

星見守灯也

姫に振られたら竜と仲良くなりました

 とある王国、王がひとつの布告を出した。

「竜を倒したものに姫を嫁がせる」

 最近、鉱山に竜が出たもので、鉱夫は怖がって逃げ採掘が進まない。資源がなければ交易もストップだ。

 そういうわけで、王は竜討伐の募集をかけた。

 報酬はフォンテーネ姫との結婚!

 この布告に国中がざわめいた。姫は若く美しく優しいかただったから。




「マジで?」

 エルツは布告を聞き、しばらく頭が働かなかった。

 公示人にこづかれてようやく後ろの人の邪魔になっていたことに気づいた。

 鉱夫のエルツは今年で23、いい年の男である。もちろん独り身。

「姫さまと結婚……」

 それは山にこもって仕事をしてきたエルツにとって夢のような話だった。

「そうかあ……」

 エルツも鉱夫として竜をなんとかしたいと思ってはいた。

 実際、鉱山で同僚が竜と出くわして逃げてきたのも見ている。

 竜は恐ろしい声で吠え、その声が坑道に響き、肝が冷えたと言っていた。

 なんとかしないと仕事がなくなるという危機感がある。

 エルツは体も丈夫で力も強い方だ。もしかしたら、なんて考えたりもする。

「姫さまかあ……」

 あのおきれいなフォンテーネ姫と俺が結婚。

 王には後継の王子がいるから、うちに連れてきたっていいだろう。

 鉱山から帰ってきたら「おかえりなさい」って言ってくれて……。

「いくか、竜退治」




 城に集まってきた腕自慢の男たち(と数人の女性)は、まず木剣で力比べをさせられた。

 こんなもの、ハンマーに比べればたいしたことはない。

 エルツは挑んできたやつらの腕をひょいひょいとひねり、放り投げた。

「次は誰だ!」

 やってきたのはエルツより5つばかり下の男だった。

「どうも、おれ、ヴァイツです。よろしくお願いします」

「あ、これはどうもご丁寧に。俺はエルツです」

 むむ。いいやつだな、こいつ。顔も悪くない。

 姫もこんなイケメンと結婚した方が……いや、だめだ。

 俺だって姫さんと結婚したいんだい! 手加減はなしだ。

「いきます!」

「お、やるなあ……」

 手加減はなしだと言ったが、この若者なかなかやる。攻撃にちゃんと腰が入ってる。

 先ほどまで相手していたような、そこらの暴れ者とは雲泥の差があった。

「強い!」

 ヴァイツが歯を食いしばる。エルツも脇を締めて殴りにいく。

「いくぞ!」

 渾身の振り下ろしを避けられ、逆に膝裏に蹴りがきた。

 エルツはたまらず体制を崩す。そこに追撃がくる。

 くそ……姫さまへの想いはこんなもんじゃねえ……!

 とっさに立ち直って払いをさばいた。だめだ、それ以上続かねえ。

「くっ……!」

「そこまで。ヴァイツ、エルツ、選抜突破だ。こちらへ」

 そこでの説明によると、どうやら上位8人が選ばれて討伐に行くらしい。

 よし、竜を倒して姫さまと結婚するぞ。



 王から命じられて討伐に行くという形式を取った後のこと。

「……帰り道がわからない!」

 トイレに行ったら、城の中で迷ってしまった。坑道だと迷わないのになんでだろうなあ。

「ん?」

 すると人の目から隠されたような、中庭らしき場所に出た。見覚えのある影。

 あれは……ヴァイツじゃないか? あいつも迷ったのか。声をかけようとした時、会話が聞こえてきた。

「こんなことしなくても、おれは竜を倒してきます」

「私は……あなたに無事でいて欲しいのです。受け取ってください、竜殺しの剣を」

 この声は……フォンテーネ姫じゃないか!

「竜の牙で鍛えた剣だと言います。あなたの助けになってくれるはずです」

 対するヴァイツは、なにかを、たぶん剣を受け取ったようだ。

「私はあなたと結婚したいのです。どうか、どうか……!」

 エルツはそっとその場を離れた。とぼとぼと待ち合わせ場所へと向かう。

 なんだよ……こんなの出来レースじゃないか……。




 出発地の城門で再びヴァイツと会った。気まずいのはエルツだけだ。

 ヴァイツの腰にはさっきまでなかった剣がある。つい、ちらちら見てしまう。

「どうしました、エルツさん」

 これじゃあ、俺ばかりが不審人物じゃないか。あわてて手を振ってごまかす。

「ん、ええと……その、どうしたんです? その剣? 先ほどは持ってなかったような」

「ええと……大事な、お守りみたいなものです」

 言いにくそうにヴァイツは答えた。

「……竜に効くかはわかりませんが」

 そうかあ……。お守りかあ。

 この言い方からして、姫からもらった剣を使うのは不本意なのだろうと思う。

 がたごとと荷馬車が揺れる。鉱山までの長い道のり、居心地悪そうにヴァイツが話しかけてきた。

「ええと、エルツさんは強かったですね。なんのお仕事を」

「鉱夫をやっていますが、竜のせいで仕事にならないんです。ヴァイツさんは?」

「ただの農民ですよ。毎日、鍬を振って……」

 まじめな農民なのだろう。自然に鍛えられるほど、体を使ってきたのだから。

「……もし、もしですよ。おれなんかが竜を倒したとして、本当に……」

 言葉に詰まったヴァイツに、エルツは聞いてみる。

「もし、姫さまが嫌なやつと結婚することになったら、どうする?」

「それは……」

 ヴァイツは言い淀んで、昼食の硬いパンを割った。

「あまり考えたくないですね。……どうぞ」




 鉱山のそばで馬車から降り、8人は別れることになった。

 協力して倒せばいいのにとも思うが、姫が重婚するわけにも行くまい。

 当然、エルツも譲る気はなかった。もちろんヴァイツも。

「エルツさんは、どこに竜が出るか知ってるんですか?」

「ん? この前、鳴き声聞こえたのは、南の坑道で……」

 エルツが言うなり、みんなそっちに走っていってしまった。残ったのは二人。

「でも、なんか山全体を見回っている感じがするんだけどなあ……」

「エルツさん、おれはこっちから行きますよ。あなたは?」

「うーん、まあ向こうから行ってみるかな」

 同じところを行ってもしかたない。こればかりは運もある。

「ねえ、エルツさん」

「うん?」

「竜が倒せて、姫が幸せなら、おれじゃなくてもいいって思うんです」

「……そうか。そうだな」

「あ、でも、もちろん、竜に出あったら倒しますよ。ちゃんと」

「ああ。俺もそうするよ」




 エルツにとっては慣れた坑道だが、鉱物を採るためではないというのはおかしな感覚だ。

 竜の気配に耳を澄ませる。鳴き声がしたとかどうとか。

「やあ! 人間さん、どうしたんですか?」

 耳元で叫ぶな、バカ! ……え?

 振り返ると、そこには赤い竜がいた。暗闇でもピカピカ光る鱗だ。

「竜……いや、ええと……竜さん」

「エッセンといいます、どうも。で、どうしたんです、そんな怖い顔して」



「あー、人間さんは私にびっくりしたんですか。それでエルツたちが倒しにきたんですね」

「そうそう。それで姫さんが褒賞になってて」

「ふーん、ほうびに使われるなんてかわいそうですねえ。自分で相手さえ選べないなんて」

「……そうかもなあ。姫さまはさあ、ほんとにきれいで優しい人だからなあ」

「ほうほう。それで?」

 坑道にしゃがんで坑木によりかかるエルツ。竜はふんふんと聞いている。

 おまえ、討伐されそうになってるのに気楽なやつだな。

「視察に来た時、汚れた俺の手をとって『すごい仕事ですね』って言ってくれたんだ……」

「優しい姫さんなんでしょう? たぶん、誰にでも言ったと思いますよ」

「そうだろうけどさ! いや、でも、姫さまが好きなのは俺じゃねえもんなあ……」

「へえ?」

 興味津々とばかりに首を突っ込んでくる。なんだか間抜けな竜だなあ。

「姫さまは竜討伐に来た男のひとりが好きなんだろうなあって。……竜殺しの剣を渡してたんだ」

「ふむ? 竜殺し?」

「竜の牙で鍛えたとかいう……ほんとかな」

「それ、私の牙かもしれませんね」

「なんて?」

「いや、昔、抜けた歯を人にあげたことがあるんです。そうかあ、竜殺しかあ、どんな伝わりかたしたんだろ」

「あれ、竜殺しじゃ無いの?」

「まあ、殺せることには違いないですけど、急所刺されれば普通の剣でも死にますって」

 そういうものなのか。

「しかし、ずるいとは思わないんですか。ひとりだけひいきとは」

「姫さまだって好きな人と結婚したいだろうしな。身分が違うから、王……親父さんには言い出せなかったんだろうさ」

「あー、そういうあれですか」

「姫さんの療養先の田舎で会ったそうだし、実際、あいついいやつだからなあ……」

「そうなんですか?」

 エルツはここに来る道中を思い出した。強いけれど丁寧で優しい男だと思った。

「城からここまで来る時、いろいろしゃべったんだけどさあ……あいつ、パン、俺たちの方に多く分けてくれるんだよな」

「そりゃ、いいやつですね」

「だろ? んで、剣は……あんまり使うつもりないんだと思う。自分の力で結婚したいんだ」

 姫が好きになるのも納得だとエルツはため息をつく。

「エルツは私を倒さず、ここでぐだってていいんですか?」

「まあ、エッセンは危険というわけでもないし……でも、なんで人を驚かせるようなこと」

「私だって気を使って吠えてるんですよ、ときどき。人間にあわないように。クマ鈴みたいな感じです」

「逆に怖すぎるだろ!?」

 そうかー、竜はあの声を聞いて人が逃げてくれれば良かったんだな。怖すぎて怪我人出たけど。

「……エッセンはどうする? 逃げるか?」

「エルツは困らないんですか?」

「ん?」

「姫さんと結婚したくないんですか?」




「竜だ!」

「竜がでたぞ!」

 竜が近づいていくと、ようやく気づいたようで騒ぎ出した。

 どうやら坑道が繋がっているところで、他のやつと合流していたらしい。

 他のやつらが逃げ出す中、ひとりで立ち向かう男がいた。

「姫さんが惚れるのもわかりますねえ」

「だろー?」

 ヴァイツは竜に剣を向けているが、攻撃はしない。様子を伺っている。

 そりゃそうだ。俺がエッセンの手に乗っているからな。人質みたいなもんだ。

 ここでもろとも切るようでは姫はおまえに渡せない(エルツにそんな資格はないが)。

「あのー、この人、そこで助けたんですけど」

「竜がしゃべ……いや、人間を、助けた?」

「落盤が起こりそうだったので。ここらの山は私の庭のようなもんです、はい」

「……おれはおまえを倒しにきたわけだが」

「人間だって鉱物資源が必要でしょう? わたしは鉱物が好物でして……あ、ここ笑うところです」

 ヴァイツは笑わない。そのかわり、きょとんとした表情になる。

「鉱物を食べて魔力を取り入れて、濃縮して、その……うんこするんです。人間が掘ってる鉱石はわたしのうんこなんですね!」

「うんこ……」

「たまに人間にぶち会ってしまうこともあって、みんな驚いて逃げるんで……」

「お、おう……そうか」

 毒気を抜かれたようにヴァイツは剣をおろした。

 手の上からエルツが声をかける。

「そういうわけなんで、倒すのはどうかと思うんだ」

「うん。そうだな」

 いや、納得早いな。

「だって、人を襲ったわけじゃないんだろう?」

「そうですね」

「王には危険性はないと報告します。お騒がせしてすみません」

 ヴァイツは礼儀正しく頭を下げて見せた。やっぱ良いやつだった。

「で、でも、姫さんとケッコンできなくなるんじゃないんですか?」

「倒して欲しいのか欲しくないのかどっちだよ、エッセン」

「倒して欲しくはないですね」

「なら、いいです。姫さまは……うん、それは……」

「あきらめんなよ!」

「うおっ!?」

 エルツが思わず叫ぶ。

「姫さんのこと好きなんだろう!? 諦めてんなよ!」

「う、うん……いや、でも、エルツさんも」

「バカやろう! 『自分がしあわせにする』くらい言え! 俺だって姫さまにしあわせになってほしいんだよおおおおお、うおんおんおん……」




「ほう、竜は特に害がないと……被害は多くが竜におびえて逃げた時のものか」

 ヴァイツが代表して報告すると、王はふむと頷いた。

「とはいえ、竜のそばでは人も落ち着かないでしょう。竜も同じことです。鉱山と竜の間に仲介者を置くのがいいと思います」

「なるほど」

「それで、竜とも話したことがあり、鉱山にも顔がきく、ちょうど良い人材に心当たりがあるのですが」

 こうして……竜は山を歩くのに、首に大きな鈴をつけることになった。竜の鈴が鳴れば人は採掘を止め、休憩に入る。

 エルツは竜との折衝役として山に暮らす。優しい気質の竜ではあるが、人とばったり出会わないように。

 そして、姫はというと。

「この剣、お返しします。竜を倒したわけではないので婚姻の話はなしになりました」

 さっとフォンテーネ姫の顔が曇った。それを引き止めるように言葉を続ける。

「それで……竜とは関係なく……失礼ながら、俺と……その……」

 ヴァイツは絞り出すように言う。

「おつきあい、してください」

 返事は当然OKだった。




「チックショー、振られたぜ!」

「コクッてもいないクセにぃー!」

 鉱山近くのエルツの家、竜が入れるように大きく改築したばかりだ。

「二人とも、おしあわせにな!」

「飲みましょ飲みましょ、人間さんの酒は美味しいので」

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