B

 友達と帰っているし、ここは見守っておこう。

「友達と帰ってるし、邪魔しちゃ悪いだろ」

「それもそうだね」

 このまま帰ってしまってはきっとどこかでバレると思うので、少し時間を空けるために店にファミレスに入った。

「なに食べる?」

「俺は水だけでいいよ」

「いいよ。私奢るし」

 そう言って暁音は適当に注文した。そこから少しずつもらっていくか。

「さっきさ。花音ちゃんたちなに話してたか聞こえた?」

「いや」

「クリスマスの話、してたよ?」

 クリスマス……。まともなクリスマスを過ごしていない俺たち兄妹だ。話についていけているか心配だった。

「君、パソコンプレゼントするって本当?」

「……え?」

「やっぱり聞き間違い?」

「ちょっと聞いてみるか……」

 花音のことだ。一回俺に聞いてくるような気がするが、最近何かをはぐらかしているようだしそれかもしれない。しっかりと聞いておくべきだろう。

「ほい、ポテト」

 暁音がポテトをこちらに向けている。これはこのまま食べろと言うことか? いや、そんなことない。俺は暁音の手からポテトを受け取って口に運んだ。

「なんだ。つまんないの」

「なら、ほら」

 今度は俺がお返しに暁音の方にポテトを向ける。暁音は少しポテトを見つめた後、俺の指ごと噛んだ。

「痛った!」

「そう言うことするからだよー」

 指はジンジンと痛かった。


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「あ、お兄ちゃんおかえり」

 家に帰ると花音はこたつでみかんを食べていた。宿題は終わっているみたいだし、ご飯までの時間もまだある。俺は花音の反対側に座り確認を始めた。

「なぁ、花音。クリスマスにパソコンを買うって本当か?」

「え?」

 目を逸らしながら返事をする。やっぱり俺の知らないところで何か動いてるな。そう思った俺はさらに詰める。

「今日の帰り道、花音が友達と一緒に帰っているところを見つけてさ。うっかり話を聞いちゃったんだよ」

 なにも言わずに固まっている感じをみるに当たり。

「まだ買ってないよな」

「……うん。今日の夜、頼もうと思って」

「そういうのは俺に相談してから買ってくれ。暁音でもいいから」

「ごめんなさい」

 とりあえずはよかった。今日、思い切って聞かなかったら思わぬ出費が発生するところだった。

「……買ったらだめ?」

「理由によるな」

「……」

「俺に話せないなら、暁音に話してみてくれ。暁音がオッケーを出せば買おう」

 ちょっと顔が曇っているが、俺に話せないのなら仕方がない。正直に言えば、小学六年生でパソコンなんて必要ないと思っているからだめだと言おうとした。でも、時代は変わるから。俺たちの時代だったら早かったことも今の時代なら普通ってことがあるかもしれない。

「暁音が暇なら、今日頼んでみるよ」

「いいよ。お姉ちゃん忙しそうだし」

「そうやってすぐに諦めないの!」

 とりあえず、暁音に連絡してみよう。ダメだったらダメで仕方がない。携帯を取り出して電話をかけるとすぐに出た。オッケーもすぐに出たのでお願いすることにした。

『君、確か今日バイト遅い日でしょ? 花音ちゃん泊まって行ってもいいよ?』

「いいよ。明日学校もあるし」

『タクシーでいけばいいじゃん。大丈夫! 安心して!!』

 なにに安心すればいいのか全くわからないが、まぁお言葉に甘えよう。ここで変な意地を張っていても仕方がない。暁音のお願いで花音に電話を渡す。なにを言われたのか知らないが、目をキラキラさせていたところをみると、本人はノリノリのようだ。学校も学期末だし最悪休んでも問題ないか。

 次の日

「パソコン買ってあげて」

 という電話が入り買うことになった。


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「パソコンを買うだけのはずなのに」

 どうやらパソコンだけでは動かないらしい。モニターとかキーボードとか諸々必要かつインターネットの回線も繋がなくてはいけない。そして、暁音の話によれば、あのアパートではインターネットが引けない――本当かどうかはわからないが――とのことだった。だからって

「引っ越しかよ」

「まぁ、しょうがないね」

「なにもクリスマスイヴにすることないんじゃないか?」

「やるにはできるだけ早い方がいいでしょ」

 テキパキをパソコンをセッティングしていく暁音。

「家賃どうするんだこれ」

「私持ち」

「それは困った」

「花音ちゃんとそういう約束しちゃったからね。君を巻き込んで申し訳ないけどさ」

 一体どういう約束をしたんだ……。花音に聞いても言わないだろうしなぁ。ここは引くしかない。

「パソコン諸々込みで費用いくらなんだ?」

「えぇー? 聞いちゃう??」

「聞かないと払えないだろ??」

「いくらぐらいだと思う?」

 某百万円クイズ番組並みに溜める。ここまで溜めるならさぞかし高額になって……。

「十万円です」

「……え?」

「パソコンとモニター、キーボード、マウスとか色々経費で落としちゃいました。てへ!」

 大人気配信者、春眠暁音恐るべし。ってことはかかったのは机とか椅子とかそこら辺だけってことか。

「なんか申し訳ないな」

「こっちこそ、配信の関係で私のお下がりになっちゃったのはごめんだけど。パソコンのスペックって配信画面に映ることあるからさ。申請したのと違ったりすると事務所に怒られるからさ」

 新品の机に新品の椅子。部屋も前住んでいたところよりはるかに綺麗だ。

「引越し祝い、何かいる?」

「もう十分過ぎるほどもらってるよ」

 これ以上もらったらバチが当たりそうだ。


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 家に帰り、荷物を整理する。引越し業者に頼まなかったこともあって、前まで使っていた家具はほとんど捨てることになった。ボロボロで壊れているのは流石にと思って分別したら、ほとんど残らなかった。もう少し残ると思っていたのだが、ほぼ買い替えである。

「いやぁ、出費やばいなぁ」

 花音が欲しがっていたパソコン諸々はまさかの十万円で済んだから最終手段に踏み切らなくてよくなったけど、それでも

「きついなぁ」

 通帳を見ながら独り言。花音は向こうの家に行っているから正真正銘の独り言である。もう一個の通帳を使わなくていいようにやりくりしよう。うん、これまでもそうやってきたんだ。できるできる。

「よし」

 俺は立ち上がって整理を再開する。一番やりたくなかった大物に取り掛かろう。タンスである。俺が生まれた時に買ったらしいタンス。二十数年の時を経てボロボロにはなっていたけれど、こいつだけはまだ使えそうだった。よっぽどいいタンスなんだろう。ここまで持つタンスなんてそうそうない。タンスの中に入っていた衣類を全部取り出して、玄関まで動かそうとした。

「うわ、重いな」

 少しだけ動いたけれど、これは一人でやらない方がいいやつだ。俺が怪我をするか、タンスが壊れるか二択だ。店長と一緒に運ぼう。

ガタッ

「?」

 タンスの後ろで何かが落ちた音がした。なにか隠した覚えはない。タンスの裏を覗くと真ん中の方に何かある。封筒だろうか。届きそうで届かない。もう少しタンスを動かせれば届くんだが……。タンスが倒れそう。バタンなんてなったら足が潰れるかもしれない。某猫と鼠のアニメみたいにペラペラになる可能性もある。が、 気になる。あの封筒の中身。

 結局、棒でゆっくり引き寄せて手元に持ってくることにした。やっと手に届くところまで持ってきて、封筒がよく見えるようになった。埃だらけの封筒。よっぽど前からここに隠されていたことがわかる。埃をはらうとそこには

「これ、父さんの」

 封筒の表に書かれていたのは父親の文字だった。名前ペンで書かれた【封】の文字。封筒はしっかりと糊付けしてあり、〆のマークが書かれている。確実に見てはいけないのはわかる。けど、俺にはこれを見る権利がある。

 恐る恐る、中身を傷つけないように封を開ける。数枚の紙が重なっており、取り出して中身を見た時、

「……っっっ!!」

 衝撃で何もかも吐き出そうになった。


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「お姉ちゃん」

「……これでよかったの?」

「うん。ありがとう」

 千森暁音の部屋。そこに花音もいた。暁音は花音から目を逸らし、少し顔をしかめていた。

「取引にしては、条件キツ過ぎない? 私がやったわけじゃないし」

「でも、責任はそっちにあるよ?」

 真剣な表情で言い争う二人。

「これをお兄ちゃんに見せたら、きっとお姉ちゃん家族と絶縁になる。私たちは本当に二人きりで生活していくことになる……。でも、そうなったら消滅するのは私たち。お姉ちゃんはそれを望むの?」

「……だからってこんな!」

「このくらいしなきゃ割に合わないの!」

 少女の絶叫が部屋に響く。

「お兄ちゃんを苦しめたのはあなたたち! 私のお兄ちゃんは一生苦しんで生きていかなきゃいけないの!」

「……」

 千森暁音はまた目を逸らす。

「もう、お兄ちゃんは自分のために生きることができないんだよ? 一生誰かのために尽くして死ぬしかないんだよ……?」

 膝から崩れて泣き始める花音。千森暁音は抱きしめようとしたが、ためらった。それをする権利は自分にないからだ。

「これからもよろしくね。【お姉ちゃん】」


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


「もう、話は終わったか?」

「お兄ちゃん!!」

 あの封筒を開けて一通り自分の中で折り合いをつけたあと、暁音の家まで走った。たまたま玄関の鍵が開いていたから入ったら、暁音と花音が言い争っていたのだ。内容はきっとこの封筒のことだろう。

「今の、全部、聞いてた……?」

「いいや、聞こえなかった。でも、話していたのはこのことだろ?」

 俺が封筒の中身を見せると、暁音と花音は目を逸らした。どうやらこれのことだったようだ。

「まさか、お前たち二人の【血が繋がってる】なんてな」

「……本当にごめん」

「暁音が謝ることじゃないだろ。これはお前の【父親】の問題だ」

 封筒の中身には花音の出生届が入っていた。母親の枠は当然俺たちの母親の名前だった。が、父親の枠に書かれていた名前は暁音の父親、店長の名前だったのだ。




 父親がギャンブルに溺れた理由は、幼馴染の父親に母親が寝取られたから。母親が父親のことを止めなかったのは、寝取られたことに引け目を感じていたから。二人で心中したのは、二人の愛を確かめ合ったから。




 結局、被害を被ったのは子供達だった。俺も、暁音も、花音も、誰も、この事実を知って幸せになる人なんていない。封印しておけば良かった。見なければ良かった。けれど、真実を知って、ほっとしている自分もいる。

「どうして、あの日、俺たちの親が心中したのか」

 決して、馬鹿だったからじゃない。屑だったからじゃない。

《俺は彼女を殴れなかった。俺は彼女を蹴れなかった。俺は彼女を嫌いになれなかった。俺は彼女を愛していた》

花音の出生届と一緒に入っていた、父の胸の内を綴った手紙。十数年間、誰にも読まれることのなかった手紙。

《寝取られた彼女から愛を確認する方法は、これ以外残されていなかった》

 屑になろうとしてなりきれなかった父親。寝取られた子供だと知っていて、一回も手を出さず我が子のように育てた父親。そんな父親のことを屑だと思い込んでいた自分に腹が立つ。

「お兄ちゃん、これ」

 花音が持ってきたのは封筒。そこには母親の字で【封】と書かれていた。ならば、当然この中に入っているのは。

「お母さんも、悪いって思ってた。強引にそういうことをされたのに、私のことを産んでくれた。堕ろすことだってできたのに」

 母親の字で書かれたその手紙。互いに伝えることのなかったその想い。俺たちはこんなにも愛されて育ったんだ。


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 真実を知ってから一年、今年もクリスマスがやってきた。父親が密かに溜め込んでいたお金。封筒と一緒に入っていた通帳には、これまでギャンブルに使ったはずだったお金が入金されていた。今はそれを使って俺の負担にならないくらいの仕事をしている。

 俺たちはあの事実をなかったことにした。揉み消した。当事者二人は亡くなっているし、俺たちが問い詰めたところで何にもならないから。

 花音は近々、配信を始めるそうだ。少しでもお兄ちゃんの手助けがしたかったから、パソコンをねだったらしい。兄思いのいい妹だ。

「なぁ、暁音」

「ん?」

 こたつでみかんを食べている暁音に声をかける。一年前の今日、暁音と花音に一個嘘をついた。言い争いを【聞いていなかった】と。

『もう、お兄ちゃんは自分のために生きることができないんだよ? 一生誰かのために尽くして死ぬしかないんだよ……?』

 花音が言ったあの言葉が引っかかって仕方がなかった。確かに俺は今までずっと花音のために行動してきた。自分の幸せのための行動。

「俺と結婚してくれないか?」

「……え?」

 口に運ぼうとしたみかんを落とし、固まっている暁音。

「一年間、ずっと考えてみたんだ。自分のための行動って何かって。自分が幸せになるにはどうしたらいいかって。それが、これだった。俺はお前とずっと一緒にいたい。だから、結婚してほしい」

「……」

 彼女は目を閉じて深呼吸をしている。しばらくするとグスグスと泣き始めた。そんなに嫌だったのだろうか。

「なんで泣いてるんだよ」

「……君が自分のために行動していることが嬉しくて! もちろん!! こちらこそよろしくお願いします!」

 満面の笑みを浮かべ俺に抱きつく暁音。果たして俺は父親のような立派な大人になれるだろうか。いつか胸を張ってありがとうと伝えられるように、精一杯生きていこうと思う。




END−2 クリスマスから贈られる両親からのプレゼント

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クリスマスからおくられる 桜花 御心都 @o-kamikoto

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