第6話 幸せの定義は誰がする?(最終話)


 あれから5年の月日が流れた。

 その間の大きな変化は、北欧のある国に移住したことだろう。


 あの別離の後、私は国内外の色々な土地を旅した。

 幸い私の仕事は地理的場所に縛られることがあまりない。ネットと電話とパソコンさえあれば仕事を続けることができた。


 今まで行ったことのない場所を訪ね現地の人々と過ごして新しい文化に触れることは刺激的で楽しかった。戸惑うことやトラブルに見舞われることもあったが、幸いにも命の危険にさらされるような事態には巻き込まれなかった。


 北欧のある街を訪れた際、「ここに住みたい!」と直感的に思ってしまった私はその国への移住を決意。

 移住するための諸々の手続きは思ったよりも複雑で時間と手間がかかるものだったが、面倒な手続きに追われても移住したいという思いは消えなかった。


 クライアントとは相談を重ね、移住後も仕事の依頼を受けられるような体制を懸命に整えた。

 移住してから数年経った今でも毎日が楽しく、自分が自分らしくいられる今の暮らしを気に入っている。

 言葉や文化の違いで戸惑うことや不便がないわけではない。差別を受けたこともある。でも、外国人だから文化や習慣に疎いのは仕方がないと大目に見てくれることもある。


 日本は素晴らしい国だが多数派に迎合しない者には風当たりが強い。

 一方で、個人主義が根強い欧米では「阿吽の呼吸」や「言葉にしなくても察してもらえる」は通用せず、己の主張ははっきりと言葉にして伝えなければならない。

 どちらが良いではなく、どちらが合うかだと思う。今住んでいる北欧の街は私が本当の私でいることを受け入れてくれる。私の性格と相性抜群なのだ。


    ****


 今私は移住後初めて日本に一時帰国している。

 連日クライアントとの打ち合わせで埋め尽くされていたスケジュールも週末になってやっと隙間ができた。


「やっぱり懐かしいなぁ」


 改札を出て駅前広場を見渡すと、自然と笑みが浮かぶ。

 移住する前に住んでいた街。相変わらず週末は人で賑わっている。


 人の波に流されて駅前のアーケードへと進むと、懐かしい店たちが出迎えてくれる。

 あの喫茶店のコーヒーは相変わらず美味しいだろうか、あの雑貨屋の主人は今日もニコニコしながらレジの奥に座っているのだろうか。


 そんな思いを巡らせながらアーケードを進んでいくと、遠くに見慣れた人影を見つけた。

 その人影は別々の道を歩むと決めて別れたカレだった。


 隣には可愛らしい女性。そしてカレの腕の中ではカレによく似た小さな女の子がウトウトと眠っている。


 カレは望んでいたものを手に入れたのだ。


 隣を歩く女性と腕の中の女の子に幸せそうに微笑むカレ。


「よかった」


 私は小さく呟いた。

 カレは私に気づくことなくすれ違い、遠ざかってゆく。

 あの別れはちゃんと実を結んでいた。あの痛みは無駄ではなかった。


 カレは願っていた幸せにたどり着いた。

 私はありのままの自分でいられる場所を見つけた。


 今私たち二人が幸せに笑っていられるのはあの時に別々の道を選んだから。


 私の生き方は大多数の人からは「間違いだらけ」と言われるのだろう。

 結婚を選ばない、子供を産むことを選ばない、それは誰かの言葉を借りれば「生産性がない」と非難される選択。それでも、選んだ私が正解だと思えばそれが正解。


 自分の幸せは自分で決めていい。


 私は結婚不適合者。そしてほんの少し社会不適合者。

 社会に合わせるのではなく、私に合う社会を探して飛び出した無鉄砲者。


 かつての私と同じように他人の価値観に飲み込まれ自分を見失いそうになって苦しんでいる人が一人でも多く自分の幸せな居場所を見つけられることを私は願わずにはいられない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おしどり夫婦から結婚不適合者が生まれました 蒼井アリス @kaoruholly

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画