きいろ×せいこ -二席目-

「ん」の数だけキスをして

「『ん』の数だけさ」

「うん」

「キスして欲しいの」


 きいちゃんは今日もまた面白いことを言いだした。ここは落語研究部。何にもないけど何でもできる四畳半の畳部屋にはふたり。せいこちゃんはおさげ髪を揺らした。


「つまり『田楽喰でんがくぐい』ってこと?」

「それそれ」


 ――田楽喰いとは。言葉に「ん」が付いている数だけ田楽が貰えるという遊びがあった。例えば「れんこん」だと二本貰える。そうしてたくさんの「ん」を「運」を付けようという、縁起のいい落語。


「つまり『ん』の数だけ相手からキスしてもらえるってわけ」


「ええね。じゃあ一つルールを付け足そうよ。『ん』が付くのは、好きな気持ちを伝える言葉じゃないとダメっていうのはどう?」


「面白そうやん。ええよ。じゃあまずはウチからね」


 きいちゃんは畳にきっちり座り直すと、ココア色の髪をふわっと揺らして、せいこちゃんを真剣な眼差しで見つめた。

 

「好き。愛してる。ウチが絶対幸せにするから。ずっと隣で笑っていて欲しい。アイラブユー。月が綺麗ですね……はい、キスして」


「いや、一つも『ん』入ってへんけど」

「えっ!?」


 反芻はんすうしながら指折り数えて、ようやく自分のアホさに気付いた。


「じゃあ次はこっちの番ね」

「かかってこい!」


 せいこちゃんもスカートを手で整えて座り直す。まんまるな目を大きく見開いて小首を傾げると、彼女の顔を覗き込んだ。

 

「あんな、私きいちゃんのことめっちゃ好きやねん」

「うっ♡」


 きいちゃんは胸を押さえて畳にばたんと転がった。


「はい、これで三回ね」

「なんかずるくない?」

「別に。『ん』の多い関西弁を利用したまでよ」

「なるほど」


 むくりと起き上がってちゅちゅちゅっと三回キスをする。三回目はちょっと長めだった。きいちゃんはセーターを腕まくりすると気合を入れる。


「よーし。ウチだってキスしてもらうんやから」

「ちゃんと私にもキスさせてよ」

「まかせて。ようは関西弁でやればええんよね」


 腕組みをしてしばらく考えてから大きく頷いた。


「ウチな、ほんまにせいこちゃんのこと好きやねん。まだ終わらへんよ」


 手をパーにして待ったをかける。笑顔で太ももを指さした。


「れんこんみたいな足も好きやねん」

「そんな太くないし」

「にんじんみたいな顔も好きやねん」

「どんな顔なんよ」


 きいちゃんは元気いっぱいに笑うと、せいこちゃんの顔を覗き込んだ。


「いちいちツッコんでくれるのも、ウチに付き合ってくれるのも、そんなんもなんもかんも好き! はい、キスして!」


 せいこちゃんは口をぽかんと開けたまま「ほーっ」と関心したように声を上げる。自分の膝をぽんと叩いた。


「これは負けたわ。えっと」

「十五回です!」


 きいちゃんはにこにこ笑って手を上げた。それから唇をにゅっと差しだす。せいこちゃんは正座のまま体を近づけると、ゆっくりとキスをした。


「あー♡せいこちゃんの味がするわ♡」

「もう調子ええんやから。で美味しいの?」

「もちろん!」

「私も」


 一回、二回、三回と甘い音がする。部室にはいっぱいの「ん♡」で溢れ返る。「ん」に合わせてリズムよく何度もキスをしていると、面白くなってきて見つめ合ったまま一緒に吹きだした。


「じゃあ次で最後ね」

「ええよ」

 

 どんな作戦でくるのだろう。きいちゃんが身構えていると、せいこちゃんは彼女の手を優しく握って、たった一言だけささやいた。


「大好き」

「え? 嬉しいけど『ん』付いてへんよ?」

「分かってる。ところで私のこと好き?」

「うん」


 ちゅ。

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ふたりの落語びより らっこ @rakko29

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