恋愛ドラマごっこで告白したい!

「バンドウ。恋愛ドラマごっこをしよう」


 ワカナは手を大げさに広げて、宝塚のスターみたいな芝居がかった声で言った。言葉の意味が理解できなくてバンドウは固まる。生徒会室に沈黙が流れる。


「ほら、ドラマにハマった時って真似したくなるじゃん」

「なりますか」

「なるの。それであたし今、恋愛ドラマにハマってて。小さい時みたいにごっこ遊びをしたくて――」


 ワカナは首に手を当てて顔を赤らめた。


「だからつまり、二人で告白シーンをしたいってこと!」

「やります。ヒロイン」


 食い気味に手を上げる。どうやらワカナは彼女なりに考えてくれていたらしい。あくまでも遊びの体で『好き』と言おうとしてくれている。


 嬉しさがバレないようにバンドウは顔をすんとさせた。


 二人は落語の『七段目しちだんめ』のようにドラマのシーンを再現するごっこ遊びを始める。最初のシチュエーションは壁ドンだ。


 ワカナは役になりきって壁に手をついた。


「ああ、やっと君を見つけた」


 熱のこもった眼差しで一点を見つめる。


「このきめ細かい肌、綺麗だね」


 淀みなくすらすらとセリフが出てくる。ちゃんと感情も込められている。それもそのはずだ。彼女が告白しているのは壁なのだから。


 二人が再現しているドラマは壁に恋するラブコメ。主人公は貴重な石材が使われている壁が好きで、壁ドンに巻き込まれた女子たちが勘違いしてしまう。これなら好きと言えるはずだった。


「君のことが好――」


 壁に向かって言っても意味があるのだろうか。ワカナは目線をずらして彼女の方を見ると、ばっちり目が合ってしまった。バンドウは声を出さずに『好き』と口を動かした。


「うわっー! やっぱムリだよー!」

「ワカナ。無理に告白する必要はありませんよ」

「あたしはしたいの!」

「そうですか。嬉しいです」


 お互いに初めから上手く行くとは思っていなかった。それからもバックハグをしたり、頭をぽんぽんしたり。壁を壊して告白するのは無理だからやめた。色々試してみたけれど恥ずかしさが勝ってしまう。


 このままでは101回プロポーズしても成功しそうにない。


「では私を嫌いになってみるのはどうでしょう」

「ああ、恋愛ドラマって第一印象は最悪だもんね」


 ワカナは腕を組んでバンドウを睨んだ。

 

「ダメだ。嫌いになれないよ」

「難しいですね。ところで私はあたなのことが嫌いでした」


 いきなり爆弾を投げてきた。


「初めて出会った頃、遊びに誘われるのは鬱陶しかったです」

「ちょっと待って、それ何のドラマのセリフなの?」

「本当の話ですが」

 

 突然の告白にワカナは目を白黒させながら立ち尽くす。バンドウは表情を変えずに首をこくりと傾けた。


「でも気付いたら嬉しいに変わってました。あなたと遊んでいる時が一番楽しいんです。だからこれからも遊びに誘ってください」


「こっちが告白されたよ」


 肩の力が抜ける。ワカナは頭をかきながら笑った。


「あーほんと、ずっちーな」

「それはどこのゆるキャラですか」

「違うよ。ずるいってこと」

「そうですか。好きです」


 あまりにも雑な告白にワカナは吹きだす。ぜんぜんドラマチックじゃない。それが逆に良かった。今なら自分も言えそうな気がする。ワカナは好きと言いかけてやめた。


 やっぱり好きなんて言えない。だって『好き』の二文字じゃ足りないから。あの時よりもっと好きを伝えたい。ワカナは前を向いた。


「クマコ。あたしが一生大切にするから。この先もずっと一緒にいて欲しい。そして一緒に遊んで欲しい」


 バンドウは驚きもせずにふっと笑った。


「ずっちーな」


 ちょうど下校の時間だった。七限目のチャイムが鳴った。

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