番外 古き神様・新しきカミサマ 下

「さて落ち着いたところでメシュネトラーシュさんや、君金星にジョブチェンジしない?枠空いてるんだー」

 メシュネトラーシュが損耗ぶんの補給を受け、身繕いなどしたところで、シャキヤールが説明もなく突然そんな風に話を切りだしたのだが。


「えっシェイラの御下がりとかヤダぁ」

 それこそ台詞の最後を食う勢いでの拒否回答。


「即答?!どこまで嫌われてんのあいつ」

 基本部下は放置で隠棲していたこともあって、あまり人間関係(人ではないけれども)を把握していないシャキヤールが固まる。


「ああ、彼女、女性にはほんとに嫌われてましたからね、尻軽で」

 冷たい口調で答えるセルファムフィーズ。


 あっこれファズも絶対嫌ってる奴だ、と察して、言おうとした台詞を引っ込めるケスレル。


「いやもうほんとに死んでてもうちの姉がすみません……」

 そこにまたも唐突に言葉と共に人の姿。今度は太陽神以外の一同には見覚えのある、黒髪と黒い猫耳猫尻尾。


「おおう猫耳娘。どうやってここに」

 猫獣人カミカの姿で現れたシェルハスメケットに、創世神が疑問をぶつける。


「ここに分体直接生成しましたー。地上に繋げる訳にいかないからって月と繋げるよう指示したの主神様ですよ?」

 小首を傾げて指摘する猫耳少女は、相変わらず本来の姿よりもこちらを好んでいる様子。


 彼女は元々金星を司っていたはずの、メルファスシェイラの妹で、冥界を主に、極東とそこに住まう猫たちの面倒を見ることを副に、時にはその主副の割合を逆転させながら管理している古神のひとりであり、姉の消滅と共に、金星の最低限の管理も現在は請け負っている、割合地味に忙しい身である。


「あっシェルハちゃんだーひさしぶりー」

 メシュネトラーシュが嬉しそうな声。まあ昔からの同僚で一番見た目の年齢の近い少女が現れたのだから、無理もないが。


「あらシュネー、あんたまだ生きてたの?二千年くらいこっち来てないからどこかで干からびてるのかと」

 妙に辛辣な事を言い出す猫耳娘。彗星の少女との温度差が酷い。


「ひどぉい、ひとりでがんばって宇宙のすみっこでたたかってましたのにー。シェイラみたいなこと言っちゃいやですぅ」

 当然のように膨れっ面になるメシュネトラーシュ。


「あ、そんなことになってたのね。知らなかったのよ、ごめんごめん。金星管理請け負ったせいか、リソースふんだくったせいか、どうも最近姉くさい毒がたまに出ちゃって……だめねえ気を引き締めないと」

 と、軽く謝る猫耳少女に、膨れっ面を収める彗星の少女。どうやら、元々の仲は割合いい方らしい。



「たまたまとはいえ、これで今活動できる神格が全員揃ったわけですが、金星、どうします?」

 仕切り直すようにセルファムフィーズが一同を見回す。


「リソースの余り全部突っ込んでもイチから新規管理者は無理だから……」

 流石に創世神も真面目な顔だが、ない袖は振れません、と両手を上げて見せる。


「時間的猶予ってどのくらいあるのぉ?」

 まったりした調子で、メシュネトラーシュが訊ね、首を傾げる。


「当面は私が最低限の制御だけしますので、そうですね、五百年くらいはなんとか?それ以上だと冥界は大丈夫ですけど極東の管理に影響が出そうです」

 真面目な顔でだいたいの計算結果を述べるシェルハスメケット。

 元々冥界の輪廻システムは優秀なつくりで手が掛からないうえ、新しい月の機能のおかげで、メンテナンスにも手間が掛からなくなったとのことだが、逆に極東がリソース濃度の関係で管理が面倒な事になる予兆が出はじめているのが現状だそうだ。


「金星、金星かあ、太陽と双子って伝承もあるよねえ、あれはどこの世界だったか」

 シーリーンは太陽神の仮の姿を見つめつつ、言葉遊びのように、己が知識庫から情報を引き出し、まあどこの世界のでも、今は別にいいんだけど、と呟く。

 彼女の知識庫の中身は、この世界の喪月以前、シャキヤールが好みの物語を他所世界から引き集めてきた書籍のものやら、彼女が異世界で拾ってきた、これも数多の異世界から集められてきた知識や書物のものであり、実は、知識全体でも、神話や物語という枠でも、所蔵量はこのメンバーの中でダントツに多い。


「……彼、ですか?リソース的に全然足りないでしょう?」

 言わんとするところを早々に察したセルファムフィーズが眉を寄せる。


「まあそうなんだけれど。ちょっとあたし自身の事例を改めて振り返ったんだけど、今のあたしって実は魂的にはニコイチなのよね……他所から違う子の魂貰ってきちゃったから。

 リソース変換されたぶんの魔力だけじゃ、流石に寿命無限大は無理なはずだったんだけど、素のリソースが倍増しだったのが決定打だったんだなって。

 そっちに居る間に馴染みきって完全に同一化しちゃってるから今はまず、そうは見えないでしょうけど。あたし本人も忘れてたくらいだし」

 どうやら、先日極東を訪れた時に何やら計算していた結果がそれである様子。


「……ああ、もうひと方、いますね、彼に遠いようで、ごく近い人が。ですがそれは倫理に反するでしょう?」

 セルファムフィーズは渋い顔。当然だろう、彼女が示唆していることは、この世界では許されない可能性が高い。それを、主神の前で言うのか、と。


「そうよ、だから当然、今は絶対できるわけないんだけどね。あたしの場合だって、外患というか不可抗力というか、ろくでもない馬鹿がやらかした事の尻ぬぐいさせられたって話だったんだし。

 取り合えずこの件は一旦なしよ。どっちみちどう計算したって時間が足りていないもの。彼だと、最低でも、二百年コースな気がするし。

 無論、そんなことしないでいい方策を考えることが優先よ」

 シーリーンはそう言って自分が振りかけた話を切り上げた。



「じゃあシュネーはどうしたらいいのかしらぁ?」

 金星は絶対嫌ですけどぉ、と、間延びした調子で付け加えるメシュネトラーシュ。


「属性に合ってるなら転職受け付けるわよ。彗星とか世界の生成初期以外では必須な存在ではないし」

 諦めたのか、妥協案を提示するシャキヤール。なお、遊ばせておくという選択肢など最初からない。何せ、この世界は、それこそ他所からスカウトでもしてこようかとか創世神が言い出しかけるレベルの、重大なカミサマ手不足なのだから。

 なおスカウト大作戦は、そんな事許してくれる世界持ちの知り合いがいない、という創世神本人のしょんぼりした告白で、検討開始する前に廃案となっている。

 そりゃあまあ、他所の世界にリソース強奪しに来る輩とかがゴロゴロしているらしいし、そう簡単にはいかないわよねえ、とは当時のシーリーンの素直な感想である。


「あ、じゃあ水とか氷とか雪とか、そんなのがいいでーす」

 余り考えることもなく、そう答える現彗星の少女。


「おう、あいてるあいてる、って彗星なのにそんな属性持ってるの?」

 首を傾げる主神。少女を見つめて、あれほんとだ氷結構強いのね、という呟き。


「彗星ってあらかた氷なんですよぉ」

 見られたこと自体が嬉しいらしく、上機嫌でそう答えて、更に、

「それに、シュネーって雪の意味もあるんですよお」

 と、にっこり笑うメシュネトラーシュ。以前からもし主星に戻れるならそこらへんがいいなと思っていたという。


 それならまあ特に反対する理由もないな、と、一同全員賛成して、改めて創世神により、淡水と氷雪の担当、と定められたメシュネトラーシュの姿が、光を帯びて一瞬輝き、また戻る。変更はこれで終わり、であるそうだが。


「成程、確かに殆ど姿も変わらないのですね」

 感心する口調のセルファムフィーズ。

 普通は権能に大きな変更が加わると、姿もある程度変わるらしいのだが、メシュネトラーシュは少しばかり背が伸びたのと、瞳の色がやや明るい色に変わったくらいで、それ以外の外見には大きな変化は見られない。


「そうですよぉ、彗星の尾のようだ、と言われた髪が、氷河のようだ、と言われるようにはなるかもしれませんけどぉ」

 主成分はおんなじですからねえ、と少女は笑う。どうやら口調と性格も特に変化はないようだ。


 なお、冥界神にして、今は金星の計算まで一時的に受け持っているシェルハスメケットも、今日の分体は判りやすいようにカミカの姿を使っているそうだが、現在の本体は、姉を封印していた当時の分体にやや近付いた姿であるそうな。

 まあシェルハの場合、気合で隔離した領域に引きこもりながら、自分は猫神!と言い続けて、とうとう猫耳尻尾を獲得した根性の持ち主なので、全て額面通りに受け取れるかというと、いささか怪しいのだが。

 姉が獅子なら妹は猫でもおかしくないよね?とシーリーンが首を傾げていたが、もとの彼女の本性は黒猫ではなく黒豹で、獣耳は確かに最初から出せたはずだけど、創世当初は丸っこい感じの耳だったはずなのよ?とばらす主神様。


「まああの頃は獣の相を出すと嫌がる輩がいたから、出した事自体がほぼないですけどねえ」

 苦笑するシェルハスメケット。なお、当時も獣の相を持つものは太陽、金星、冥界神の三人くらいだったそうだ。

 これは元々創世神にそういった相が薄かったのと、彼女自身が特にもふもふしたものを愛でる趣味など持っていないから、だと本人の分体は他人事のように説明する。


「ああ、やっと姫ちゃんの負担をあらかた減らせるわねえ……」

 メシュネトラーシュの状態を改めて確認し、異常も異変もなく権能が動いているのをチェックしたシャキヤールが安堵の溜息。

 長い間、自分の回復の可能性すら捨て去って世界を支えてきた神龍の娘には、感謝してもしても、したりないのだ。

 創世神としての本体を起こしたときに、大地全般や海に関しては自分の支配下に置きなおしたのだが、それでもなお一度リソースが枯渇しかかっていた世界の調整には手こずっていて、全部引き受け直すところには至っていなかったので、内心思うところもあったようだ。


「別に、そこまで気にしなくても良いのに。増やす貢献微塵もしてないし」

 言われた方はぶっきらぼうにそんな返事をするが、本来の権能と違う事までして世界を護っていたという自覚があるのだか、ないのだか。

 いや、隣で龍の巫女がこの人ほんと自覚ないな?と顔に出しているので、どうやら無自覚、であるらしい。


「無茶言わないの。リソース漸減で抑えただけで上出来なんだからね」

 窘めるようにシャキヤールが言うが、龍の姫は素知らぬ顔だ。


「ところで、空きがある部分ってそのままで大丈夫なのかな?」

 ケスレルが首を傾げる。水系以外のだと火とか風とかそんなの?という呟き。


「ん?ああ、世界の創世時ならともかく、この世界には魔法がないから、実は管理者がいなくなってても致命的なエラーはもう出たりはしないのよ。

 無論正規の管理者がいたほうが世界自体の安定性が増すし、今はリソースが枯れかけていた時の異変があったりで、あたしがやらないといけない調整がちょっと厄介なことになっているから、シュネーに仕事を振ったけど。あとは当分はあたしと姫ちゃんで回しながら様子見していく予定よ。

 金星に関してはほったらかすと太陽に向かって落ちる可能性がある、から問題だったわけだけど、主星の外側の惑星は放置でも現状問題ないから、そっちも特に必須じゃない感じね」

 立て板に水の様相ですらすらと説明するシャキヤール。


「そっか。魔法がないってそういうところにも影響するというか、むしろ影響しないというか」

 兄の隣で一緒に説明に聞き耳を立てていたシーリーンも、無言で頷く兄共々納得した顔になった。



 じゃあ話も纏まったし帰るか、と帰りそうになったシュラクトネルーゲを引き留めて、取り合えず全員集合記念で宴会しましょうよ、などと言い出すシャキヤールは、すっかりいつもの賑やかなおちゃらけお姉さんに戻っている。


「……こんなのが創世神って詐欺だよね」

 ぼそりと呟く龍の姫。付き合いはまあまあ長いのに、随分長い間その事実を隠されていたのが、やや気に喰わない、のだそうだ。


 メシュネトラーシュは、当面は月に住むそうで、新しく部屋を貰っていた。

 落ち着いたら一度極東に遊びに行くそうだ。

 ほんわかした性格だが、ある意味では歴戦の勇士。彼女もいろんな面を持っている古神だ。

 

 地上の民は知らぬまま、月がまた、少しにぎやかになる。

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まぼろしのひつじ 番外編 うしさん@似非南国 @turburance

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