今夜、星空に詠う
夜坂るな
今夜、星空に詠う
星が瞬いていた。月明かりのない静かな夜に。
どこからか1つ、星が流れていった。
☆。.:*・゜
「一昨日配った進路希望調査の提出は、来週の月曜日です。もう高校2年生の12月ですから進路はある程度決まっているでしょう。休日に書きあげてくるように。」
そう言うと担任は足早に教室を去っていった。それと同時に、教室は賑やかな話し声で溢れる。放課後だ。私は帰り支度をしようとリュックサックを漁る。ふと、ファイルに挟んであった進路希望調査の紙が目に入った。
…来週提出か。まだ何も書いてないや。正直、将来何やりたいか分からないし”未定”にして提出しよう。
私は現実から目を背けるようにリュックサックのチャックを閉め帰路についた。
翌朝。ピコン、というスマホの通知音で目が覚めた。スマホを取ろうと布団から伸ばした腕に冷えた冬の空気が刺さる。
液晶画面には『新着メッセージがあります』という無機質な通知。私はそのメッセージを開いた。送り主は幼馴染の
『久しぶり〜今日さ、ふたご座流星群の極大なんだって!一緒に観に行かない?』
メッセージを読み、目をぱちくりさせる。驚いた。久々に幼馴染から連絡がきたと思えば、流星群の観察の誘いだった。私は冬の朝の寒さを忘れ布団から飛び起きた。
『久しぶり!今日、極大なんだ!私も観に行きたい!』
『ほんと!じゃあ一緒に行こう!夜の9時頃集合で良い?』
それから、集合場所や時間、持っていく物などがスムーズに決まり、私は一旦スマホを閉じる。幼馴染と久々の再開。流星群の観察。楽しみでいっぱいになる気持ちを抑え、私は朝の支度に取り掛かった。
夜9時過ぎ。私は菜月と住宅街から少し離れた公園で合流した。ここなら明かりが少なく、流れ星も見つけやすそうだ。
「ここらへんにレジャーシートを敷いて寝っ転がって観よう。」
菜月は楽しみで仕方ないのかさっさと準備をしていく。レジャーシートに防寒具や毛布を広げ、そこに私達も寝っ転がる。途端に冬の冷え冷えとした空気が体に染み渡ってきた。辺りは夜の静けさが広がっている。普段は聞こえない、遠くを走る電車の音も聞こえてきた。そんななかでもどこか暖かい。菜月が隣にいるからだろうか。
「流れ星見えるかな…」
「極大だし、天気も良いし、新月だからきっと見えるよ」
隣にいる菜月はそう答えてくれた。私の不安を取り除くように。けれどこれは今に始まったことではない。
高校で別々になる前、小学校、中学校で一緒だった時もそうだった。何かと心配性で落ち込みやすい私にいつも声をかけて励ましてくれるのは菜月だった。私は菜月がそばにいてくれるのが嬉しかったし、当たり前のことだと思っていた。だから菜月が少し離れた高校に行く、と聞いた時の寂しさは今でも覚えている。
そういえば菜月が今の高校を選んだ理由は「やりたいことが学べるから」だったはず。それに比べて私はどうだろう。将来が定まっていないから「とりあえず大学に行ける進学校」という点で選んでいる。薄っぺらな理由だ。
「あれ、冬の大三角かなぁ」
私がつまらない考え事をしている間に菜月は天体観測をしていたらしい。視界には黒く広がる空とその中で負けじと光を放つ星たちが輝いている。ずっと観ていると吸い込まれそうな夜空だった。
あれから数十分後。やっと暗闇の中で目が慣れてきたが、流れ星はまだ1つも見つけられていない。
「なかなか見えないね」
私は芯まで冷えきった手を擦り合わせながら呟いた。
「極大だから見えるはずなんだけどなぁ」
確かに今日は新月で月明かりもなくて雲もない。昼間で言うところの雲1つない晴天。凍えるような寒さを除けば、絶好の天気だ。
「…寒いしそろそろ帰る?」
菜月と一緒にいられるのはとても嬉しいが、正直この寒さにこれ以上耐えられる気がしなかった。そんな私に菜月は
「いや、もう少し待とう。実は流れているけど私達が見つけら
れていないだけかも。ほら、空って広いからさ!きっと人間
の視界に収まるものじゃないよ。」
菜月ははっきりと、でもどこか祈るような声だった。
__私達が見つけられていないだけ…
その言葉を胸中で反復する。チャンスはあっても自らの目で見なきゃ意味がない。そう思ったらもう少し観察を続けられそうだった。
「そういえば伝えてなかったよね、私の進路。」
暗闇に目を凝らして流れ星を探していると、菜月が思い出したようにふと口を開いた。
「えっもう決まったの?」
「受けたい学校が決まっただけね。私さ、英語が好きだから英語を活かせる仕事に就きたいと思ってて、それで英語学科がある大学を受験しようって決めたんだ。」
「おぉ…」
「あとは留学とかしてみたいなーとか。大学の先はどうなるか分かんないけどさ、将来は旅行会社で働きたいとか思ってたり…」
菜月の表情は暗くてよく見えないけれどきっと夜空にある星の数くらいの希望を見ている。隣にいるのに離れていく。そんな気がした。菜月は進む道を見つけているが私は道標すら見当たらないからだろうか。寂しさと焦りとで心が騒がしい。私が決まらなくても菜月は進んでいく。私の人生で誰も待ってはくれない。今は流れ星よりも将来を探さなければいけない焦燥感で精一杯だった。
次第にその焦燥感は劣等感へと変わっていく。決して同じ人生を歩んだ訳じゃないけれど、年齢は同じ。同じだけ生きてきたはず。それなのになんで私は…。そう思いながら夜空をぼーっと見つめる。夜空の装飾だと思っていた星屑が今はただ眩しい。
「あっ」
「えっ?」
その時。突然、菜月が声を上げた。
「流れ星、今見えた…!一瞬で消えちゃったけど」
「見えなかった…」
「真上じゃなくてちょっと視界の端の方で流れてたからね。でも今見えたってことはちゃんと流れ星流れるってことだよ!」
菜月は興奮気味に言った。心做しか声量も少し大きくなっている。嬉しそうな菜月とは裏腹に、私はまたジリジリと焦りだしていた。流れ星を見つけだしたくて星空を睨む。けれどいくら見ても動かない星が瞬くだけだった。そしてまたあの焦燥感。菜月の方が流れ星を見つけるのも1歩早かった。どんどん菜月だけが先に進んでしまうのが寂しかった。…いやただ寂しいだけでは片付けられない。きっと少し悔しいのだろう。
「見つけられない…」
それは焦りにかけられたが、結局肩を落としてしまった私からポロッとこぼれた言葉だった。
「そんなに焦っちゃいけないよ。夜空の1点を見つめているだけじゃ視界の外で流れた星に気づかない。空はもっと広いんだから、もっと広く見よう。肩の力抜いてさ。」
凛とした言葉が暗闇の中で響く。私の中で共鳴する。心にスッと光が差されたようだった。さっきまで焦燥感で騒がしかった心が嘘のように静まり返っている。
寝静まった夜の静けさ。1度目を瞑り、そして目を開く。広すぎる夜空に散りばめられた無数の星が飛び込んできた。
青白く輝く星。小さいながらにも自ら光る星。広い夜空にそれぞれの輝きを放つ星。
菜月の言葉のおかげで1つの流れ星を探すのに必死で私の視界が狭くなっていたことに気がつけた。きっとこれは流れ星だけじゃない。私の進路も一緒なのかもしれない。周りと比べて焦って視野が狭くなる。そうしていくつもある道を見失い将来も見えなくなっていた。私は目の前を探すだけで精一杯になってしまっていた。道はたくさんあるのに。
「空ってびっくりするぐらい広いんだね。」
「それさっき私言ったじゃん、視界に収まるものじゃないって。」
菜月は笑いながらそう答えた。もう1度夜空に目を向けると1つ1つ違う輝きの星達が目に入る。
きっといつか。そのうち。この広い星空のどこかで星が流れる。その時を待っていよう。私はそう思えた。なんだか心がふっと軽くなったみたいだ。
ーーそして
その時は一瞬だった。夜空に一筋の青白い光が走った。
「あっ」
数秒もない一瞬の流れ星。私が呟いた時にはもう静かな星空だった。
「流れ星見えた…!」
それからふつふつと嬉しさが込み上げてくる。
「今見えたね、流れ星!」
「うん!ほんとに一瞬だけど」
隣から嬉しそうな声が聞こえてきた。
「何かお願いごとした?」
「あーお願いごと忘れてた…」
「というかあの速さじゃお願いごとしてる暇ないよね」
少し困ったように笑う菜月。でも私はお願いごとより明るい何かが心を照らしている。道標のような、何か少し頑張れそうな希望の光。ほんの一瞬のあの光の筋は鮮明に残っている。
「菜月と一緒に流れ星見れてよかった。」
「私も。きっとこれからは進路とかでお互い忙しくてしばらく会えないかもしれないから、よかった。」
「確かに。進路はバラバラになっちゃうね、けど永遠のお別れじゃないんだからさ、また一緒に観よう!」
「うん、絶対!」
暗闇の中で顔を合わせて笑い合う。明かりが灯ったように。そんな私達の上をまた1つ、星が流れていった。
今夜、星空に詠う 夜坂るな @yoyoyo09
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