第6話 フルールのお願い
もうすぐ春になる頃、私とフルールは十三歳の誕生日を迎えた。
この日ばかりは両親も私のことを思い出したのか、家族そろっての晩餐になった。
忙しい両親とは時間が合わないと言われ、
私は一人で食事をするのが当たり前になっていた。
そんな時ですら、フルールは両親と一緒に食べているらしい。
正直に言ってしまえば、家族四人で食事をしてもうれしくない。
三人が楽しく話しているのをただ黙って聞いているだけだから。
フルールの話題に相づちをうつついでに、私のことを話そうとしたら、
お前は自分のことばかり話そうとすると言われてしまったことがある。
ずっと自分のことだけを話しているフルールには何も言わないのに。
家族でいるほうが一人でいる時よりもずっとつらいと思ってしまうのは、
私の行動がわがままだからなのだろうか。
「それでね、フェリシーの婚約者って思ったよりも素敵だったわ」
「え?」
またフルールがお父様におねだりしているのだと思って聞き流していたら、
なぜか私の婚約者の話になっていて驚いた。
しかも、素敵だった?フルールとは会ったことがないはずなのに?
他のことなら黙っているつもりだったが、
ブルーノに関することであれば口を挟まないわけにもいかない。
「フルール、あなたいつ私の婚約者に会ったの?」
「まだ会ってないわよ?離れに行くのを偶然見かけただけよ?」
「そう……」
「背が高いし金髪だったし、素敵じゃない?
もう少し目が青かったら私とおそろいなのに」
「そうね」
「鍛えられている感じがして、騎士様みたいね!」
「そうね。剣技の訓練を頑張っているそうよ」
「すごい人なのね!ねぇ、フェリシーにはもったいないんじゃない?」
「……」
笑顔のまま無邪気に言われ、さすがにうなずきたくなくて黙る。
それを聞いたお父様が自分の手柄だとばかりに話し出す。
「そうだろう。フェリシーにはもったいない青年だ。
私が見つけて来なかったら、フェリシーの婚約者なんて見つからなかっただろうなぁ」
「あら、あなた。うちは侯爵家なんですもの。
フェリシーが相手であっても婿入りしたいものはいるでしょう?」
「それもそうだな。フェリシー。侯爵家に生まれたことを感謝するんだな!」
「はい」
その侯爵家を継ぐために毎日勉強ばかりしていることは評価されないのに、
侯爵家に生まれたことは感謝しろと言われるのか。
うんざりするけれど、貴族として生まれてきたからには責任がある。
領地にいる者たちを守るためにも、こんなことでへこんでいる場合じゃない。
「私も、勉強しようかなぁ」
「え?」
幻聴でも聞こえたのかと思った。
家庭教師が厳しくて嫌だと、基本的なことすら学ばないうちに逃げたフルールが勉強?
「だって、あと二年したら学園に行くんでしょう?
少しはやっておかないと困るんじゃないの?」
「それはそうかもしれないけど」
「そうよね?だからフェリシーと婚約者が勉強している時に私も行くわ」
「え?」
私とブルーノの勉強会に来る?フルールとブルーノを会わせるの?
嫌な予感がする。というか、フルールに邪魔されるのは絶対に嫌。
「フルール、私たちが勉強しているのは領主になるための勉強よ?
学園で習うようなことはもう終わってしまっているわ」
「終わっているなら、教えてくれてもいいじゃない」
「私たちは忙しいのよ?」
自分たちの勉強ですら大変なのに、フルールに教えるなんて。
そう思って断ったら、ぱぁんと頬を叩かれて椅子から落ちた。
「……っ」
「お前はなんて意地悪なんだ!妹が教えてほしいと言っているだろう!」
「申し訳ありません……」
「部屋に戻って反省しろ!」
「はい……」
お父様に叩かれた頬が熱をもっている。これは腫れるだろう……。
さすがに叩かれたのは初めてで泣きそうになる。
部屋のドアを閉めようとした時、フルールが私を笑顔で見ていた。とてもうれしそうに。
それでも、勉強会の話はうやむやになって終わった。
部屋に戻るとすぐにベンが水と布を持ってきてくれた。
水に浸してから絞った布を押し当てて、痛みを落ち着かせる。
耳の辺りまで叩かれたせいか、少しふらふらする。
こんな時、いつもならすぐに来てくれるミレーが来なかったけれど、
私はそれに気がつくことなく泣きながら眠った。
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