第7話 お茶の誘い

「フルールとお茶?」


「ええ、そうです。フルール様がお待ちです」


次の日の午後、ミレーから伝えられたのは、

フルールが私とお茶したいということだった。

もうすでに用意は済んでいると言われ、仕方なく行くことにする。

勉強中だったが、断って後でまたお父様に叱られるのも嫌だ。


本邸に行くのに、ミレーが案内しようとしているのに気がついて驚く。

ミレーはフルールに嫌われていたはずだけど、大丈夫なんだろうか。


「ミレー、フルールに会うのが嫌なら、ついてこなくてもいいのよ?」


「いえ……大丈夫です」


「そう」


顔色もあまりよくないし無理しなくてもいいのに、ミレーの態度は頑なに見える。

フルールから何か言われたのだろうか。


ミレーについて行くと、薔薇が綺麗に見える中庭にお茶の席が用意してあった。

もうすでにフルールは座っていて、お茶を楽しんでいる。

私が来たのを見ると笑顔で座ってと言った。


「どうしたの?フルール。急にお茶しようなんて」


「え?たまにはフェリシーもお茶したほうがいいと思って。

 お茶会が苦手なのは知っているけれど、そういう態度は良くないわ」


「苦手というわけじゃないけど」


私がお茶会に出席しないのは、お父様とお母様に止められているから。

お茶会で交流するのは、社交界に出る前に顔見知りを作っておくためだ。

そうして社交界に出た後は嫁ぎ先を探すことになる。


もうすでに婚約者がいる私は無理に社交する必要はなく、

結婚が決まってからあいさつ回りしても遅くはない。

双子ということもあり、二人分のドレスや手土産を用意するのも大変だし、

私が行かなくてもいいと言われるのも理解はできる。


「みなさん、フェリシーがお茶会に出てこないのは、

 すねているからだって思っているわよ?」


「すねている?私が?」


「だって、フェリシーは美しくないもの。私はこんなに美しいのにね。

 双子だからって比べられるのは嫌なんでしょう?」


「それは……」


そのこと自体は間違っていないけれど、お茶会に行かない理由ではない。

否定しようかと思ったけれど、お父様たちのせいにしたとわかれば、

昨日のように叩かれるのだろうか。


「フルールは美しいわ。それは本当にそう思うわ」


「当たり前のことを言われても誉め言葉にはならないのよ?」


「皆さんフルールがいれば満足するんだし、

 私がいかなくてもいいんじゃない?」


「そんなことは当然よ。

 私はフェリシーのために言っているのに。わからないのねぇ」


私のためと言われても、よくわからない。

どうしてお茶会に行かないことをフルールに咎められるんだろう。


「あぁ、そうそう。そこの侍女、私にちょうだい?」


「え?」


そこの侍女?さされた指の先にはミレーが立っていた。

フルールがミレーをちょうだい?顔の傷痕が醜いからと遠ざけていたのに?


「どうしてミレーを?」


「ふふん。私なら、あの醜い痕を治せるからよ」


「治せる?」


「そう!女神の加護を使えば全部治せるのよ!」


「まさか怪我の痕も綺麗にできるっていうの?」


「そうよ。そこの侍女、フェリシーじゃなく、

 私に忠誠を誓うのなら治してあげてもいいのよ?」


ミレーが私ではなく、フルールに仕える?しかも忠誠を誓って?

今までずっと私のそばにいてくれたのに?

ミレーを見ると、青ざめて震えている。私の方は見てくれない。


「申し訳ありません……フェリシー様。

 私は……この傷痕がなければといつも願っていました」


「………そう」


「フルール様にお仕えしたく存じます」


きっぱりとそう言ったミレーに怒りはない。

あの傷のせいでどれだけ苦しんでいたかよく知っている。

もし治るのだとしたら、フルールに忠誠を誓うくらい簡単にするだろう。


「ふふ。良いわよ。さぁ、こっちに来て」


「はい!」


フルールのそばまで行って跪いたミレーに、フルールの細くて白い手がかざされる。

白い光のようなものに包まれたと思ったら、

ミレーの頬にあった傷が綺麗になくなっていた。


「あぁ、……本当になくなって……ありがとうございます!」


ひれ伏してお礼を言っているミレーと、それを面白がっているフルール。

女神の加護にこんな力があったなんて。

これではますますフルールは評価されていく。


私も素晴らしいと褒めたたえられるだけの器があれば良かったのかもしれない。

もっと性格が良かったら、手放しで喜んであげられたのかもしれない。


だけど、ちっぽけな私はもっと小さくなってしまったように感じて、そっと席から離れた。

離れに戻る途中、心配そうなベンに会ったから、ついでのようにお願いする。


「ミレーはフルール付きになったわ。新しい侍女を配置してちょうだい。

 固定しなくていいわ。手の空いたものを交代でよこしてくれる?」


「……かしこまりました」


今は侍女は必要ないと言って、一人で部屋に戻った。

ぽつりぽつりと雨が降り始めた。それを話す相手はもういない。

薄暗くなっていく部屋の灯りをつけてくれる人もいない。

寝台の上にうずくまるようにして、窓の外をながめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る