第5話 婚約者
神託の儀式から三か月がすぎ、少しずつ屋敷の中が変わってきたのを感じた。
使用人たちが落ち着かない。どこか上の空で仕事をしているように見える。
「どうかしたの?」
「あ、いえ、何でもありません」
いつも真面目なミレーまでもがおかしな感じがする。
ぼーっとしていることが増えて、声をかけても何でもないと言われる。
もし悩み事があるのであれば相談してほしいのに。
「そろそろ、ブルーノが来る時間だわ。迎えに行ってくれる?」
「あ、はい」
やっぱりおかしいと思いながらも、
ミレーが何も言わないのであれば無理に聞くことはできない。
そのうち話してくれるだろうかと思いながら、教科書の準備をする。
少しして、ドアがノックされた。
返事をすると背の高い令息が部屋に入ってくる。
「やぁ、フェリシー。元気にしていた?」
「ええ、ブルーノ。あなたまた背が伸びたんじゃない?」
「あぁ、そうかも。おかげで身体が痛い時があるよ」
「その身長を少し分けて欲しいくらいだわ」
「はは。無茶を言うね」
婚約者でもあるブルーノはアレバロ伯爵家の三男だ。
アレバロ伯爵領は伯爵家の中では小さな領地で、三男まで家で面倒をみれない。
ブルーノの婿入り先を探さなくてはと思っていたところに、
ちょうどよくお父様が話を持って行ったらしい。
初めてブルーノに会った時、八歳のブルーノは小さくて太っていた。
薄茶色の髪は短く切られ、水色の目は視線が合わずおどおどしていた。
おまけに顔中に吹き出物があって、痛そうな顔を見せないようにうつむいていた。
「うちは伯爵家ですし、ブルーノは見た目もこんなです。
本当にうちの息子でよろしいのですか?」
アレバロ伯爵はそう言ってお父様に確認していたが、
お父様とお母様は笑ってこう言った。
「フェリシーにはちょうどいいでしょう。
うちも爵位以外は何の取り柄もありませんからな」
私とブルーノは、どちらも親から傷つくことを言われ育っていた。
初対面でそのことがわかって、なんとなく仲間意識が芽生えた。
それから月に一回の交流は勉強することにしていた。
見た目が悪くても、できることはあるはずだと。
領主となればたくさんの知識が必要になる。
領主一人で侯爵家の広大な領地を管理できるわけでもない。
二人で手を取り合って侯爵家を継いでいこうと約束し、
九歳になる時に正式に婚約をした。
間にお茶を挟みながら勉強していると、
ふとブルーノが窓の外を見ているのがわかった。
「どうかした?」
「いや、この屋敷に来るようになってもうかなりたつのに、
フェリシーの妹を見たことがないなって」
「あぁ、そういえばそうね」
「いくら妹は嫁に行かせる予定だったとしても、
一度も挨拶しないなんて、いいのかな?」
「そうね……」
ブルーノとフルールが会っていないのはお父様の指示だった。
私が離れに住むことになったのも、それが理由として大きい。
お父様は交流しに来るブルーノをフルールに会わせないようにしろと言った。
「あの伯爵家の三男ごときがフルールに一目ぼれしたらどうするんだ!
フェリシーよりもフルールと結婚したいなんて言い出したら面倒だ。
フルールはいずれ高貴な方に嫁ぐんだからな!」
その伯爵家の三男ごときと私を婚約させたくせに、
お父様はフルールの目の前でそう言った。
ついでにブルーノがちびデブで顔中醜いブツブツだらけだと話したせいで、
フルールは気持ち悪がって絶対に会わせないでと叫んでいた。
……だが、それをブルーノに言えばただの悪口に聞こえてしまうだろう。
今のブルーノは身長も伸びて、剣技の訓練に励んでいるためか鍛えられている。
それに顔中の吹き出物も治って、日焼けした肌にはその痕も残っていない。
薄茶だった髪は金に近くなったし、堂々と目を合わせるようになった。
悪くないどころか、むしろ誠実そうな令息に見えるし、
今のブルーノは整った顔立ちなのではないだろうか。
「そのうち妹にも会わせてくれよな」
「今度挨拶できないか聞いてみるわ。
フルールはいつもお茶会に行っていて忙しいみたいだから」
「あぁ、噂はよく聞くよ。
令嬢たちの中で一番美しいって言われているんだろう」
どうやらフルールとお茶会で会った誰かから話を聞いて興味を持ったようだ。
そんなに美しいなら会ってみたいということだったのだろうか。
「……期待しないで待っていて?フルールは気まぐれだから」
「美人はわがままっていうもんな。わかったよ」
私がいい顔しなかったのに気がついたのか、ブルーノもそれ以上は言わなかった。
ブルーノとフルールを会せたらどうなるのか考えただけで不安だった。
婚約してからこれまで、穏やかだがいい関係を作れていると思う。
それが壊されてしまうのではないかという不安がどうしても消えなかった。
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