第4話 屋敷では

「あぁ、屋敷についたね。いいかい?覚えておくんだよ?」


「わかりました。送っていただき、ありがとうございます」


ヨハン公爵の真剣な目に、しっかりとうなずいてお礼を言う。

大丈夫だと思うけれど、申し出は受け取っておいた方が良さそうだ。


屋敷の中に入ると、執事のベンが慌てて出てきた。


「フェリシーお嬢様!?今の馬車はどなたですか!」


「ヨハン公爵が送ってくださったの。お父様たちは先に帰ってしまって」


「なんですって!……使いの者が来て、旦那様たちは食事をしてから帰ると……。

 お嬢様も一緒だとばかり思っていたのですが」


気の毒そうな顔をするベンに、

悪いのはベンじゃないのにと無理に笑顔をつくる。


「そう。お父様たちはいないのね。

 じゃあ、食事は私の部屋に運んでくれる?

 疲れたから部屋でゆっくりしたいの」


「かしこまりました」


いないのであれば、顔を合わせることも無い。

それに、今日の夕食を共にすれば、

ずっとフルールを褒めたたえる言葉を聞かされ続けたはずだ。

それなら誰もいない部屋で一人で食事をしたほうがずっとましに思える。


私室にはいって、今日の分の日記を書いてしまおう。

書くことがたくさんあった気がしたけれど、書く気がしなくて日記を閉じる。

お父様達には豊穣の加護を授かったことは内緒にしよう。

言ってもフルールに比べてたいしたことないと見下されるような気がする。


「フェリシー様、お食事の用意ができました」


「ありがとう。そこに置いておいて」


ノックして部屋に入ってきたのは侍女のミレーだった。

もとは伯爵家の二女らしいが、顔に大きなあざがある。


この国では教会にいけば治癒のスキルを授かった聖女が多くいて、

平民でも手当てを受けることができる。

そのため怪我で亡くなるようなことはめったにない。


ただし、傷跡までは治らない。

ミレーが顔に傷を負ったのは馬車での事故だったらしい。

治癒を受けて傷はふさがったが、大きな痕が残ってしまった。


当時、婚約者がいたそうだが解消になり、こうして侍女として働いている。

ラポワリー侯爵家にミレーが勤め始めたのは二年前だが、

フルールがミレーを嫌がり遠ざけた結果、

今では私の専属侍女のような扱いになっている。


美しいものが好きなフルールはミレーのあざを醜いと罵り、

顔を見るたびに泣かせていた。

見かねた私がフルールから庇ったことで、

私の侍女として働きたいとミレーが申し出たらしい。


そんな感じで、私の近くにいるのはフルールが嫌った者たちばかり。

フルールの周りにいるのは、美しい者か、フルールを褒めたたえる者。

厳しいことを言うものも遠ざけられるので、執事のベンもあまり近寄らない。


必然的に私とフルールの部屋は離され、

私は本邸ではなく離れに部屋を持っている。


今までもあまりフルールに関わってこなかったけれど、

加護を授かったことでますます離れていく気がする。

これまでもお父様とお母様はフルールのわがままは全部聞いていた。

私が同じことを言えば、あなたは姉のくせに、

家を継ぐ立場なのに自覚が足りないと叱られるのに。


食事は美味しかったけれど、明日からの生活が憂鬱だ。

学園に通うのは十五歳から。あと三年もある。

フルールが嫁ぐとしたら学園を卒業する十八歳。

あと六年も同じ屋敷で生活しなくてはいけないと考えたら気が重くなる。

だからといって、ヨハン公爵の養女になるつもりもない。


豊穣の加護か。

農村地が多いラポワリー侯爵家なら、それなりに価値があるかもしれない。

今まで国中が豊作だからといって、今後も続くとは限らない。

不作になってしまった時に加護が役にたつかもしれない。


そう自分に言い聞かせて、教科書を開いた。

明日も朝から家庭教師が来る。休んでいる時間はなかった。



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