第27話 俺の中に宿るもの

 マルカートも、自分の手に何が起こったのかわからずに手を見つめ、そして顔と交互に繰り返し見て、興味深く俺のことを観察していた。


 それをすぐ、怖かったか?と思ってしまう。

 俺の悪い癖なのだろうか。

 そのうち、その感情も消えるだろうが、どうも不安だ。


 シャンルがまた興味ありげにこちらに近づいてきた。いつもよりやけに目が輝いている。


「三重魔法か。確か、勇者レベルだろ?」

「そうだ。しかも『右手を振り下ろせばドラゴンを一刀両断した』と言われる勇者くらいのレベルだよ。」

「あのおとぎ話の勇者とおんなじ?ニグが?」

「そうみたい、僕も信じられないよ……」


 二人が俺の方を向いて、不思議そうに見てきた。

 俺はそれに「何?」と返答するように首を傾げたが、返事はなかった。


 勇者といえば、よくファンタジーで聞く定番だと、誰にでも優しく、絶対的信頼を置ける唯一無二の存在。世の中で勇者を信頼しない人はほぼいないような、まさに聖人で最強な人が、魔王を倒すために魔術師と賢者と剣士との仲間4人で旅に出る。

 というものを想像するが、果たしてあっているのだろうか?

 不安に思って「勇者って何?」といっそのこと聞いてしまおうとしたが、流石に常識がなさすぎると思いやめた。


 マルカートとシャンルは、俺が勇者になれるか、


「でも勇者って人間しかなれないんだろ?」

「そうらしいけど、過去に一回だけ獣人が勇者になったことがある。そのときは混血だったからなれたけど、純粋なモンスターは聞いたことない。ニグが勇者ならなあ……」

「その時の人の反応はどうだったんだ?」

「魔族が勇者になった!って批判されまくってたらしくて、魔女狩りならぬ魔族狩りで人間にやられた、っていう話」

「酷いな、その昔の人達は」

「まあ300年も前のことだし、仕方ないとは思うけどね。」


 マルカートとシャンルは以降も勇者の歴史を考えながら、たまに俺を見つめてはまた話し始めた。

 なんだか歴史の話を聞いているようで、俺は話に全くついていくことができなく、無理に話に乗ろうとすると頭痛がした。

 すっげえ優秀だったんだろうな……。と二人のことを心のなかでほめた。

 


 だが話を聞いている限り、俺は勇者になれそうか、なれなさそうかを討論しているのだけはわかった。

 俺も勇者になればチヤホヤされるのかな、などありえもしない想像をしたが、その勇者は、「勇者」と言えど、「人間の勇者」だ。


 俺みたいなドラゴンがなれるわけがないのだろう。


 勇者の話をしばらく討論して少しだけヒートアップしていると、カイが頭を押さえながら起きた。


「……あ、あれ……俺はいつの間に?」

「カイ!無事か?」

「ああ、頭痛が少しするくらいだが……ヒィィっ!」


 シャンルが声をかけると、意識を覚醒させるために頭を振った。

 

 そして俺のことを見るや否や、布団の中から逃げ出して、バックが置いてあるところに行き、怯えながらも守っているように見えた。


「カイ?どうしたんだ?」

「……。」

「もしかして……こいつが怖いのか?」

「!!!!」


 鼻で笑いながらマルカートは言う。

 だがカイは、うんうんうんと大きくうなづいたあと、なに笑ってるんだ?といわんばかりににらみつけ、マルカートはその強い視線にひよっていた。

 

「怖い……んなの決まってるだろ!だってソイツ……ソイツ、邪神の魔力持ってるんだぞ!?俺には見える!」


 俺のことを震えながら指差した。


 邪神の魔力とは何だかわからないが、確か邪神の魔力に似たようなものを俺は持っていることはすでにわかっている。

 

 エデンを倒したときのあの黒い影だ。

 そいつがカイには見えたのだろう。

 

「邪神って……ニグ、ホント?」

「……。」


 マルカートは俺の方を向いて、真剣な面持ちで聞いてきた。


 静かになにも言わず、一回だけ頷いた。


「は……ちょ〜〜〜〜っと考えさせてくれ?」


 邪神、と聞いただけで3人からは冷や汗が垂れてきていた。


「ほ、本当なのか?!」


 俺はさっきと同じく、何も言えないまま静かに頷いた。

 するとシャンルが一瞬左下に目をそらした。だが冷静を装ってくれていた。


 俺は後ろに1歩ずつ離れた。

 カイのことを怖がらせないため、邪神だと言われ忌み嫌われることを避けるため、逃げる準備をしていたのだ。


 するとカイが口を開いた。


「あ、ああ、ちょっと!待ってくれ!ニグ!」

「あっ、はい……」


 俺が逃げようと彼らに尻尾を向けた瞬間のことで、振り向くとカイは手をこちらに伸ばしていた。


「俺達から離れる前に教えてくれ……お前は、ええっと、邪神に呪われたんだよな?」

「ああ、確かに……邪神に呪われた。だから魔力に邪神のものが含まれてるかもしれない。だけど……いつかはわからないけど、邪神がただ呪って来ただけで、俺はこの通りドラゴンとして育てられ、生きただけだ。」

「そ、そうか……てっきり邪神の変装かと思ってついびっくりしちまったな……」


 カイは胸を撫で下ろし、顔色も気分も戻って来たようだった。

 邪神の変装と言われお母さんが思い出され、心臓がドキッとした。だが俺は事実を並べただけだ。


 邪神が俺の体の中にいること以外、全部事実だ。


 他の二人も多少は安心したようで、カイといっしょにホッと胸を撫で下ろした。

 そして緊張がある程度ほぐれたあと、マルカートが聞いてきた。


「呪われたって、ニグは大丈夫なの?」

「ああ、何の異常もない。ただ……いつ邪神そいつの呪いが出てくるのかわからない。言っちゃえばはずだ。だけど、魔力に多少影響するだけで、全くその呪自体は出て来る気配もない。不思議なもんだろ?」


 俺は低い声でそれを言う。


 唸ることはなかったが、神妙なことなのは伝わったようで、全員真剣に話を聞いてくれた。

 シャンルがそれを踏まえて噛み締めてから、さらに掘るように聞いてきた。

 

「じゃあもし、が出てきたらどうするんだ?」

「どうしようもないよ。たぶん力に飲み込まれる。……こんなことを言われて俺のことが怖いかもしれないが、俺自身ももめちゃくちゃ怖い。……君たちは逃げてくれても良い、怖いなら。俺は今までずっと一人だったんだ。一人には……慣れては……いる。」


 とは言ったものの、視界が曇ってはっきりと3人が見えなかった。

 ポタポタと1滴づつ大粒の涙が溢れているようだ。

 恥ずかしくなって顔を赤くしたまま顔を覆って隠すようにしゃがんだ。


 俺は、なんで泣いているのかわからなかった。前世から俺はずっと一人で生活してきた。不幸で死ぬ何日か前だけは彼女を作ったが、それ以外は全部一人でいたため、一人には慣れているはずなんだ。


「……うっ…………ああっ……」


 抑えようとしてもどうしても涙が溢れてくる。

 一人には慣れているはずなのに、どうしてなのだろう。


 みんな困惑して黙ってしまった。落ち着いたら振り返ってここから立ち去ろう。

 そうすれば、迷惑なんて絶対にかけない。



 だが、泣いている間にふわふわな手が俺を撫でた。

 それは褒められているように感じ、同時に慰められているようにも感じた。



 見上げると、マルカートが撫でているようだった。

 その顔は、笑っていて、俺の今までの苦労を敬ってくれているようだ。


「逃げるなんてことはしないさ。」


 すると続けて、目を輝かせながら俺の手を掴んで言ってくれた。


「僕の仕事は研究家さ!なんでも研究してその真実を突き詰めるのが、僕の仕事なんだ!だから一緒になにかできるはず。」


 撫でるのをやめて、手を差し伸べてきた。

 俺はそれを掴み、マルカートに体を任せ立ち上がった。


「あ、ありがとう……」

「そんなてれないでいいよ、出身はおんなじなんだし、仲間ってことで!」

「ああ、モンスターがいっぱい寄ってきたときも、そんな条件あったしな」

「えっ、でもいやあ、俺は全く敵を倒してないし……」

「いいんだよ!ニグはひとりじゃないんだし!ニグのその魔力のお陰で助かったようなもんだし!」

「そ……………。」


 そんなの、俺をメンバーに入れるほどでもない。


 そう言おうとしたが、みんなの視線は俺にまっすぐ向いている。

 有無も言わされず、一人にはさせないよ、とみんなから言われているようだった。


「とりあえずじゃあ、正式加入、ってことでいいか?ふたりとも。」

「もちろん!」「ああ」


 シャンルがそう聞くと、マルカートとカイは縦に首を振った。

 さっきまでの真剣で重々しい顔つきと、恐ろしさで青くなった顔つきとは全く違う、優しい笑顔だ。


 俺は、認められたんだと、ここで初めてわかった。


「ありがとう、シャンル、マルカート、カイ。」


 これで、俺は一人ぼっちじゃなくなった。

 後にコレが一生の後悔につながるとは思いもせずに。












 いや、このときから薄々気づいてたのかもしれない。

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