第26話 事件は意外とすぐに終わるもの
「……ん」
次に目を覚ました時は、ふわふわとした布に包まれている感触をまず感じた。
布団のような心地よさに包まれ、実に温もりがちょうどよい。羽毛布団の中にいるようで、心地よさでずっといたくなる。
端を持ってその布団の中にくるまった。
だがいつまでも寝てはいられない。
そんなだらけそうな体を起こすため、俺はそれをゆっくりと剥がし、足を上げてから振りおろした反動で起き上がった。
その布は、マルカートが液体のように溶けた姿であった。彼もその状態で寝ており、顔らしき部分から花提灯がふくらんでいる。羽毛ではないが、本当に布団だったとは。
目をこすり、あくびをして視界がはっきりとしてくる。
「あ……あれ」
「あっ、やっと目が覚めた!」
目の前にある大きな物から水が溢れ出ているのが最初に見えた。
水源はマルカートの大きな一つ目であった。そのシアンの瞳を見て心配をしてくれていたことを感じ、安心させるために不器用に笑った。
「マルカート……なんだよな?」
「うん、マルカートだよ」
涙は止まらず、むしろもっと溢れ出しているように見えた。
わんわんと俺の体にすがりつきながら泣いている。そのおかげか、寝ぼけは完全に治った。
確か俺は、魔力制御をしていることを忘れてしまい、いつの間にかほとんどの魔力を制御しすぎてしまい、その反動の魔力暴走で倒れたはずだ。そして目をつむる前の時、目の前で何かを見た気がする……少し考えると、俺はそのぼんやりとなっていた記憶を思い出した。
カイが倒れる様子に、ルイスがこちらを見て困惑して何をしていいのかわからない様子……。
「あっ!カイとかルイスは大丈夫か?!」
慌てて飛び出そうとすると、マルカートが毛並みを整えながら呼んできた。
「ああ、大丈夫だよあの二人は。カイは気絶してるだけし、ルイスも戦いで少し傷を負って疲れて寝たから、毒消しと回復魔法はかけた。シャンルも疲れて寝てるさ。みんな大丈夫だ。」
それを説明するマルカートは胸を張ってドヤ顔であった。
立ち上がり、二人が寝ているところに案内された。彼らのすやすやと気持ちよさそうな寝顔を見ると俺は心底胸を撫で下ろした。
「よ、よかったぁ……」
「ああ、えっと、ドラゴン君、その……気迫?圧?気配?みたいなのをさっきみたく何とかしてくれない?このままじゃカイがまた苦しんで、シャンルも悪夢を見てる。何もないのは私だけなんだ。」
「あっごめん、ちょっとまって……」
俺は目を瞑り、あぐらをかいて禅のように座る。体の真ん中に意識を集中して、全身の魔力をからだの中に詰め込むように意識し、魔力制御を安定させた。
最後に息を一吹きすると、しっかりと魔力制御が起こった証だ。
……よし、これで大丈夫。さっきよりもスムーズに、体力をあまり使わずに安定するところまで持って行けた。
やはり俺も少しくらいは成長しているのだろうか?今はそんなに実感はないが、たぶん成長は少しずつしているのだろう。
魔力制御が安定し、目を開くとなぜか横にいたマルカートが胸を張っていた。
「ふふん!魔法を鍛えておいてよかったです!」
どうやら俺の強い魔力に一人だけ耐えたことがとても嬉しいようだ。
ちょうどシャンルも起きてきたようで、俺におはようの変わりに手で軽く「よっ」と挨拶をしてきた。俺はそれに返すように「おはよう」といい、同じように手で軽く挨拶をした。
「カイとルイスは、剣と魔法を両立してるから、魔法は剣術に関連するものしか鍛えてないんだ。だけどマルカートは剣は捨てて魔法をひたすら鍛えているんだし、マルカートだけ無事なのは当たり前だ」
「当たり前ってなんだよ!ひどいじゃないか!」
「本当のことだろ?筋肉バカならぬ魔力バカなんだから実際」
「魔力バカってなんだよ!そんなの初めて聞いたよ!あと馬鹿じゃない!」
「ははは!へぇ、そうなのか!」
「ああもうドラゴン君まで!むーっ!」
二人はボケとツッコミでコンビでも組んでいるのかというほど会話の息があっていて、コントのようで笑わずにはいられなくなってしまった。
シャンルも釣られて笑ってしまって会話がままならないところもあり、マルカートは突っ込むのも疲れてただ口を尖らせていた。
すると笑っている途中、ふとあることを思い出した。
宝石を纏って輝く、ルイスのミスリル剣のことだ。俺の魔力のせいで壊れたり大変なことになっていたりしているのか、つい怖くなってきた。
「……あっ!あの剣は大丈夫なのか?!」
「おっ!気づいたか。ちょっと待ってな……」
慌てながら聞くと、シャンルが待ってましたと言わんばかりにウインクをして、少し奥に置いてあったバックへと向かい、中をまさぐった。
これじゃないこれじゃないと何回か物を取っては捨てた後、何かを発見して、おっ、と嬉しそうにそれをゆっくりと取り出す。
そのバッグの中からは、先程の青い剣とは違う、まるで別物のような炎の如く赤い剣が出てきた。剣の鞘が燃えているような炎のデザインをしていて、シャンルはそれを持つと嬉しそうに跳ねながら持ってきた。
「見てくれよこれ。これお前がさわった後に少ししたら突然こんな形に変化したんだよ!かっこいいだろ?」
「かっこいいな」
「だろ~?それであんたが気絶した後、ルイスがこの剣に触れたら「力がみなぎる」って言ってて、それからこれまでにないくらい無双をしはじめたんだ!一人で三十人分の敵を一掃したんだぜ!逃げ惑ってる敵まで一掃してて、もう最強だったんだぞ!」
「へぇ〜」
興奮して少し早口になっているため、ほぼシャンルの声が右耳から左耳に通り抜けていった。
シャンルが興奮しているので、よほど激しく面白いことが起きてたのだろう。
一向に落ち着きを取り戻さず、まるで光が戦ってるみたいだった!とシャンルはずっと楽しそうに自慢をしていて、見たかったな……と俺はうらやましく思った。
ルイスの噂を話していると、噂を聞いてかルイスが起きあがった。
体を上げるとあくびをして、俺等にすぐ気づいたあと、手を見て顔を覆った。
「あ……あれ?」
「ルイス!起きたか」
「お、おはようシャンルとマルカートに、えーっと……小さいドラゴンさん?」
戸惑って俺のことを見ると、愛想笑いをして申し訳なく後ろ髪を掻いていた。
そういえば、出会ってから全く自己紹介をしていないことに今更気付いた。つい出会ってから色々とありすぎて、すっかり忘れていたようだ。
「俺はニグだ。自己紹介を忘れてたな。」
「えーっと……ニグ……わけのわからないであろうことを聞くが、私は一体何をしてたかわかるか?なんだかめちゃくちゃ頭が痛いし……記憶の一部が消えたみたいだ。」
「かっこよかったぞ、ルイス!」「僕も見てたけど、かっこよかった!」
「えっ……え?」
シャンルとマルカートがルイスに駆け寄り、ハグをする。
だが等の本人は戸惑っているようだった。頭にはてなが浮かんでおり、きょとんとしながら二人に潰されていた。
「きゅ、急に何?私剣を持ってからはっきりと記憶がないんだけど……」
「え?」「ん?」「え?」
二人はゆっくりと体を離して、今度は目を見合った。
ルイスと俺らは、そのルイスの言葉を頭で処理するのに数秒ほど時間がかかってしまっていた。
カイの寝息と焚き火の弾ける音だけが響いた。
「……まじ?」
「う、うん……もしかしたら、剣にでも取り憑かれたのかな?たぶん?……そういうのあるって聞いたことあるし、それかニグの魔力に私の体がついていけなくて、気絶するほどの魔力が流れ込んできたとか?わかんないけど……」
その話を聞いて、もしかしてと思い恐る恐る聞いた。
「……俺のせい?」
魔力による影響なのが本当ならば、俺が剣に触って剣の魔力を変えてしまったことがこのトラブルの原因となる。
だが、それを聞いてもルイスは表情を変えることなく、笑顔のままでいてくれた。
他の二人は、首を傾げていた。頭の中で今起きていることがしょりできていないのだろう。
「違うよ。ニグはミスリルの特徴を知らなかっただけでしょ?ニグの魔力のことも考えられなかった私の責任もあるし、だから悪くないよ」
「いやぁ申し訳無い……せめて回復魔法を、あっ……」
そう言って手を差し伸べるも、また俺の魔力が何か影響するのでは……と考えてしまって目の前で手が止まった。
顔も下に向いて、自分の足と、力ない手と、ゴツゴツとした地面が前に見える。
その力のない手をルイスは握って引き寄せた。だいぶ手の大きさは違うが、軽々と引き寄せられた。そして俺を落ち着かせるように、手の甲の鱗を軽く何回も撫でていた。
「大丈夫、あの剣は魔力を貯める仕組み。 その魔力は自動的に誰にでも適用されるようになるの。うーん……普通は魔力の吸い取る量を剣が制限するんだけど、それがちょーっとトラブルを起こしたんだと思う。だから、ニグ自体は悪くない。悪いのは剣の異常性を考えられなかったし、この洞窟にいる間メンテをしてなかった私が悪いよ。」
「そうなのか、じゃあ一応大丈夫なのか?」
「うん、ちょっと体中筋肉痛で痛いけどね。」
「やばいじゃん!早く回復魔法を!」
俺は彼女の背中に回復魔法を弱めに包むようにかける。注ぎすぎるとまた魔力暴走を起こしてしまうため、ゆっくりと魔力を注ぐように細心の注意を払っていた。緑色の光が俺の手と彼女の間に光る。
彼女は暖かさを感じて心地よさそうに目を瞑り、そのぬくもりを感じていた。
「気持ちいい……こんなに高濃度なのは専門店以来だ……ニグはもう何回もやってるのか?」
「いやあ、コレが初めてだよ。とにかくよかった。」
「うん……おっと、心地よすぎて寝そうになる。」
うとうとする彼女にどんどん回復魔法をかけていくと、そのまま彼女の体調はみるみる回復し、やがて、もういい。とルイスに言われ魔法を止めた。
魔法をやめた途端、ひょいとジャンプするように立ち上がっては足踏みをした。
目の前に走り出しくるくると回るなど、無邪気な子どものようにいろいろ動き回っている。体がうずうずして仕方がないようだ。
「すごいぞ!こんな調子が良いのは久しぶりだ!体が風船みたいだよ!」
ルイスははしゃいで壁を走ったりバク転をしたりと、子供のように縦横無尽に動きまわった。いつまでたっても疲れる様子も無く、ずっと楽しそうだ。
それをマルカートとシャンルは幸せそうにみていた。
「あんなルイス珍しいな。いつもは常に腰が痛い〜っておばあさんみたいになってるくせに。」
「あ?もう一回言ってみろやゴラ」「ごめん。失言だった。失言だったから!鼻つまむのやめて!」
シャンルはルイスの地雷をいとも軽々と踏み抜き、鬼の形相で鼻を千切れそうなほど引っ張られていた。
横で見ていたマルカートは、ルイスの豹変ぶりに驚きながら俺に聞いてきた。
「ニグ、なにしたんだ?一体?」
「回復魔法をかけただけ……なんだけど……何かしたのかな?」
「本当にそうか?ちょっと手貸して」
本当のことを言ったはずなのだが、やはりマルカートは俺の言葉を信じきれないようだ。頭を抱え首を傾げている。
俺はマルカートに言われた通りに、爪に注意しながらマルカートの丸いふわふわな手を掴んだ。
もふっと毛並みを押した瞬間、マルカートはしっかりと手首まで強く握ってきて、少しドキッとした。
「よし、ちょっと回復魔法をかけてみろ」
「う、うん……」
興味ありげにシャンルとルイスが覗き込んできながらも、俺はさっきと同じように、少しずつ魔力を注ぐように細心の注意を払って回復魔法をかけた。
見られてやると緊張するのか、手が震えてしっかりと魔力が出せない。
手と手の間がまた緑色に光りだした。先ほどは見えなかったが、すこしだけ白い光が入っているように見えた。
マルカートは回復魔法で起こる魔力を感じ取っているようだ。
少し経って「いいよ」と言われたので手を離した。
マルカートは一言も発さず、顎を押さえ深く考え込んでは、なにか言おうとするとまた考え込んでぶつぶつと独り言を言い続けていた。
ひょっとして俺の魔法が何か大変なことを引き起こしているのだろうか?、と思いドキドキが止まらなくなり、もう片方の手には手汗が出ていた。
少しすると、やっと何かわかったらしく、俺の手をみた。
そしてまた掴むと、今度はガラリとかわり、キラキラした目でこちらを見てきた。
「すごいぞ!3つの魔法が重なってる!」
「ええっ!?」「3つ?」
シャンルがそれを聞くとわざとらしくとも取れる程大げさに反応した。
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