第2話:桂花。

天空の城「東照一族とうしょういちぞく」の国王は現在「李王喜 りおうき」俗名を「飛揚ひよう


ある日、飛揚ひよう が家来を数名連れて、地上の森に狩に出かけた。

東照一族が乗る馬は、翼が生えた馬で人を乗せて空を飛べた。

飛楊が跨っている馬は頭に角が斜め前に向かって二本生えていて例えば

ユニコーンのような生き物だった。

名前は「雷攻らいこう」と呼ばれていて頭のいい馬だった。


地上に降りた飛揚は獲物を追いすぎて道に迷って森の奥に入り込んでしまった。


道に迷いつつも深い森を抜けて行くと霧に包まれた場所にでた。                                           

引き返すわけにもいかずそのまましばらく進むと霧が晴れて開けた場所に出た。

そこには美しい湖があってそのほとりに一軒のこじんまりした民家があった。


飛楊は美しい花に覆われた草原を進んで一時の涼を求めてその民家を訪ねた。


「すまん・・・邪魔するぞ」


飛揚は家の中に入ると、ひとりの老婆が出てきて対応した。


「私は飛揚と申す・・・邪魔する・・・しばらく休ませてもらいたいがよいか?」


「どうぞ、このような汚いところでよろしければ、ごゆっくりどうぞ 」

「当家に人が訪ねてくるなぞ珍しい・・・」


そう言うと老婆は奥に引っ込むと、しばらくしてお茶を持って現れた。


「粗茶ですがどうそ・・・」


飛揚はその茶を口にして、美味いと思った、


「このような美味い茶ははじめてだ・・・今まで飲んだことがないな」

「なんと言う茶だ」


龍泪香りゅうれいこう」と申します」

「この茶葉は唯一このあたりでしか取れません」


「そうか・・・ところでこの家は老婆ひとりでお住まいか?」


「いいえ、孫娘がひとりおります」


「そうか、なにゆえこのような森の奥に、しかも誰も来ぬようなところに

住まいを構えておるのだ?」


「とくに意味などございませぬ」

「静かに暮らしたいだけでございます」


「そうか・・・」


飛楊は粗末な部屋の中を一通り物色するとおもむろに立ち上がった。


「世話になったな・・・邪魔し・・・た・・・」


書欣シューシン」・・・ただいま、今帰ったよ」


そう言いながら家に入って来たのは、さっき老婆が言った孫娘か?・・・

飛揚はその娘を見るなり固まってしまった。


「あ・・・お客様?、珍しいね」

「いらっしゃいませ」


娘は軽く会釈した。


その娘の持っている籐籠に野いちごがたくさん入っていた。

飛揚はその娘を見て一瞬で惹かれた。


それはまるでこの世の者とは思えぬ美しさ。

肌の色は透き通るように白く、つぶらな瞳に、桜桃さくらんぼのような唇

結い上げた髪は絹糸のような艶やか。


娘の存在は飛楊の心の中に否応なしに入り込んできた。


「はい、お嬢様、こちらの方が少し休ませてほしいとおっしゃられまして」


「お嬢様?・・・孫娘ではないのか?」


「はい、いろいろ事情がございまして・・・ですが・・・お客様には関わりの

ないこと・・・そうぞお帰りください」


「そうか・・・余計な詮索ということか・・・すまぬ、邪魔したな」

「よい茶を馳走になった・・・美味かったぞ・・・」


そういって飛揚は家を出た。


すると娘が出てきて


「迷わずにお帰りになれますか?」


「おそらく・・・」

「そのほう名はなんと申す?」


桂花けいかと申します」


「そうか、桂花・・よい名だ・・・世話になったな、桂花・・・では」


そう言って飛揚は「雷攻」に跨ると振り返ることなく森の中に消えていった。

だが、娘を見た飛揚・・・実は心穏やかではなかった。

一目、桂花を見た飛楊は半ば放心状態・・・心ここにあらず。


そんなことは初めてのことだった。

宮中にだって女子はたくさんいる。

だが飛揚の心をときめかせるような女は宮中にはひとりもいなかった。


それがこんな人里離れたところに・・・。


飛揚の心は桂花に射止められたまま城に帰ったものの、それ以来、彼女の

ことが忘れられずにいた・・・。


実は飛揚が見初めた娘、桂花けいかは、なんと飛揚の父「泰明たいめい

に呪いをかけて殺した張本人、魏連翔 きれんしょうの実の娘だったのだ。


そうとは知らない飛揚は桂花に舞い上がってしまった。


つづく。

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