決戦前夜

青樹空良

決戦前夜

 とうとう明日は魔王との決戦だ。

 思い起こせば長い道のりだった。

 元々ただの高校生だった僕が、こんなところまで来てしまった。

 どうしてこんなことになっているかというと、話は簡単でよくある異世界転生をしてしまっただけだ。


『魔王を倒せば元の世界に帰れます。もちろん、元の姿のままで』


 転生前にありがちな謎の部屋にいた神様っぽい声にそう言われた。

 続けて声は言った。


『もしも、その時になって帰りたくないと思うのであれば、転生後の世界で暮らす道も選ぶことが出来ます』


 そして、有無を言わさずこの世界に飛ばされたわけだ。

 僕の意思なんか関係なく。

 引きこもりとか引きニートとか、ブラック企業の社員とか、そういう人間ならきっと喜んで転生を受け入れていたんだろう。

 人生やり直したいという願望があるだろうから。

 しかも、魔王を倒すなんて中二病が喜びそうじゃないか。

 ちょっと前の僕だったら喜んでいたかもしれない。

 だけど、今の僕は違う。

 一生懸命勉強して第一志望の大学に受かっていたんだ!

 就職にも有利で、そこそこ遊べそうなところ。

 暗黒の時代を乗り越えて、馬鹿みたいに勉強して!

 ようやく掴んだ合格通知!

 これから夢のキャンパスライフ!

 それがもうすぐ始まるところだったんだ。

 それなのに、それなのに、大学入学を目前にして異世界転生してしまうなんて。

 人よりもレベルが上がりやすいとか、少しだけ戦闘能力に優れているとか。

 それくらいの優遇はあった。

 というか、それくらい無いと許せない。

 こんな世界に放り出しておいて。

 いくら戦闘能力に優れているといっても、本物のモンスターを目の前にしたら怖いに決まっている。

 体が上手く動かなくなるに決まっている。

 諦めようと思ったこともあった。

 むしろ、諦めしかなかった。

 この世界に来た最初の頃は。

 ただの高校生が多少のチートがあるだけで魔王を倒せるわけがない。

 そう思っていた。

 帰りたい。

 帰りたかった。

 上手くいっていたあの世界へ。

 だけど、


「明日は魔王との戦いですね」


 同じ焚き火を囲んで、彼女が言う。

 僕は彼女と出会ってしまった。


「長い道のりでしたね。でも、辛くはありませんでした」


 そう言って、彼女は微笑む。

 最上級の微笑みを僕にくれる。

 そう、彼女は僕にとっての女神。

 というのはものの例えで普通の女の子なんだけど。

 いやいや、僕にとっては普通の女の子なんかじゃない特別な女の子なんだけど。

 彼女、シンシアと出会わなければ、僕はここにいなかっただろう。

 シンシアと出会ったのは、この世界に来てしばらく経った頃。

 強めのモンスターに襲われていたところを助けてくれたんだ。

 もうダメかと思っていた。

 HPが減っているのが自分でもわかった。

 あ、死ぬな、と覚悟していた。

 僕の人生はこれまでだと。

 転生なんかさせた神様を呪った。

 元の世界にいれば、もっと平穏で幸せな人生が送れていたのに、とか。

 どうせ転生させるくらいならもっと馬鹿みたいに強くしてくれればよかったのに、とか。

 そこに現れたのがシンシアだった。

 死にかけていた僕を助けてくれた。

 そのとき、僕は思ったんだ。

 女神様が現れたのだ、と。

 ヒーラーだった彼女は、僕と一緒に旅をすることになった。

 話して知った。

 彼女も魔王を倒すために旅をしていることを。

 僕らの目的は同じだった。

 僕たちは様々な冒険をした。

 彼女がいたから乗り越えられた。

 彼女がいてくれたら、なんでも出来る気がした。

 そして、僕は思うようになっていた。

 この世界が好きだと。

 違う。

 この世界が好きなんじゃない。

 彼女が。

 シンシアのことが好きなんだ。

 彼女がいるから、この世界が輝いて見えるんだ。

 だから、僕はここにいたい。

 魔王を倒しても、僕はこの世界に留まるつもりだ。

 勝手に異世界転生なんてさせられたときにはこんな気持ちになるなんて思いもしなかった。

 明日魔王を倒したら、彼女に言うんだ。

 ずっと一緒にいてください、と。

 僕はこの世界で生きていきたい。

 愛する人と二人で。


「おい、大丈夫か? なにぼんやりしてんだよ。明日が決戦だからって緊張でもしてんのか?」


 たき火をはさんで向かいから声を掛けてきたのは、シンシアと同じく一緒に旅をしてきた男、バルバロだ。

 すっと立ち上がって僕の方に近付いてくる。

 そして、


「なんとかなるって!」

「げふっ!」


 ものすごい力で僕の背中をどんと叩く。

 これで悪気がないんだから怖い。


「俺たちなら魔王だって倒せるだろ。なんせ最強のパーティだからな!」


 そう言って、バルバロは豪快に笑う。

 筋骨隆々という言葉が彼にはふさわしい。

 一応、僕の方が勇者という名義にはなっているが、バルバロの方が明らかに勇者にふさわしい。典型的な戦士、といったタイプだ。

 なんというか、僕とは絶対的にソリが合わないタイプ。

 それでも、一緒に旅をしてきて今では大切な仲間になっている。

 体育会系のノリは未だに苦手だけど。


「な、シンシアだってそう思うだろ?」

「ええ」


 バルバロの言葉に、シンシアがふんわりと微笑みながら頷く。

 ああ、やっぱり女神。


「私たちならきっと」


 どこか決意に満ちたシンシアの眼差し。

 明日は本当に決戦なんだと思い知らされるような。

 そう、明日、決戦が終わったら……。


「魔王を倒したら俺と結婚してくれ!」

「は?」

「はい!」


 念の為、言っておこう。

 このプロポーズは僕が言ったものじゃない。

 あと、今、はい! って言った?

 誰が? シンシアが?

 ええと、どういうことでしょう?

 僕を間にはさんでシンシアとバルバロが見つめ合っている?


「え、ええと?」


 なに言ってんの?


「お前の為に絶対に魔王を倒してみせるぜ!」

「私も、がんばります」


 あ、あのー。

 置いて行かれてるんですけど?

 目の前で二人が手を取り合う。

 あ、目の前が暗い。


「おい! 大丈夫か!」

「ヒールが効きません! ど、どうすれば」


 うん、ただ目の前が暗くなって立ちくらみってやつかな。

 ヒールとか、効くわけないよね。

 精神的なもんだし。

 で、だ。

 しばらくして正気を取り戻した僕に二人はご丁寧に説明してくれた。


「俺たちには魔王を倒す使命があるだろ。だから、恋だ愛だなんて言ってる暇はないと思ってな。けど、気持ちなんて止められるものでもないだろ」


 がっはっはっと笑うバルバロの横でシンシアが赤くなって俯いている。


「お前に黙ってたのは悪かったと思ってるぞ。けどな、大事な使命の最中だろ? 変に気を回してもらうのも悪いと思ってな!」


 ああ、その気の回し方が間違ってる。

 あと声がデカい。

 無駄に頭に響く。

 それならそうと最初から言って欲しかった。

 だってさ、だってさ!

 間違ってるだろ!

 メインヒロインが筋肉ムキムキの脳筋の方とくっつくとかさ!

 枠が明らかに違うだろ!

 異世界転生した勇者の方とくっつくのが普通だろ!

 ホント、何言ってんの、この人たち。


「てなわけで、明日、頑張ろうな!」

「ア、ハイ」




 ◇ ◇ ◇




 眠れなかった。

 二人はもう眠ってしまった。

 くっついてるとかじゃなくて、別々に眠っているのが唯一の救いだ。

 その辺は自重してくれて本当に助かる。

 僕が眠れないのは、魔王を倒すことへの不安じゃない。

 魔王を倒してしまったら……、魔王を倒してしまったら!!


 あ゛――――――――――!

 

 頭がどうしても拒否する。

 この戦いが終わったら二人が、け、け、け、結婚……!

 僕がするはずだったあんなことやこんなことを……!

 ダメだ、ダメだ、ダメだ。

 このまま逃げようか。

 魔王を倒さなきゃいいんだ。

 逃げ出して、この世界で細々と余生でも送ろうか。

 そうしたら、二人は結婚しないはず。

 そのはず。

 ああ、バルバロのプロポーズが明日だったら。

 明日、魔王を倒した後だったら。

 こんなにもやもやと悩まずに済んだのに。

 そうしたら、明日どうやって告白しようか悩んでたかもしれないけど。

 今となっては、そんなのどうでもいい。

 こんな世界、めちゃくちゃになればいい。

 魔王とか知ったことか!

 前言撤回、この世界は輝いてなんかない。

 別に好きでもなんでもない。

 二人が幸せになる世界で、生きていられる自信がない。

 見ていられる自信がない。

 シンシアの寝息が聞こえる。

 しかも、すぐ近くに。

 それと、バルバロのイビキも。

 あー、うるさい!!

 こんな脳筋のどこがいいんだか!

 僕はがばっと起き上がる。

 そして……。

 シンシアへと近寄る。

 無防備な寝顔。

 このまま、さらってしまおうか。

 奪ってしまおうか。

 そんなの簡単にできる気がする。

 バルバロは完全に寝てるし。

 一応、魔物が入ってこられない結界は作ってあるけど僕のことなんか全然警戒もしていないらしい。

 信頼されてるってことなのか。

 それとも、僕には何も出来ないとでも思っているのか。

 それはそれで腹が立つ。

 シンシアへとそっと手を伸ばす。

 その時、シンシアの唇が小さく動いた。


「……バルバロ」


 そう、はっきり聞こえた。

 眠っているのに、なんだか幸せそうに彼女は言った。

 僕の手が、力を失って落ちる。

 そうだ。

 シンシアはバルバロの前ではよく笑っていたっけ。

 僕は馬鹿なことばかり言うやつだなと、思っていただけだったけど。

 アイツといると彼女はいつも幸せそうだった。

 僕じゃなかったんだ。

 シンシアを幸せに出来るのは。

 だけど、だけど……。

 やっぱり、君のことは好きだから。

 僕は立ち上がって、シンシアへと背を向けた。

 離れた場所で、頭まで毛布を被る。

 おかしい。

 勝手に涙が出る。

 泣くつもりなんて無いのに。

 二人が寝ていてよかった。

 気付かれなくてよかった。

 見られてたまるか、こんな姿。

 魔王なんてさっさと倒して、そして、言ってやるんだ。

 神様に。

 なんでもないことみたいに。


「あ、僕、帰りますんで」


 幸せになってくださいなんて、言えないから。

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決戦前夜 青樹空良 @aoki-akira

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