囚われた白百合の夢

女「また季節が巡ってしまった」

女:彼女を見付けられないまま、また一つ。

男「また季節が巡ってしまった」

男:彼女が白百合の庭園に囚われたまま、また一つ。

女・男「彼女はまだあの庭園に囚われ続けている」

SE:本のページが風で舞い上がる音


※場面変更

男「俺と旅に出掛けないか」

女:ある日の放課後。隣のクラスの彼が唐突に声を掛けてきた。

女「旅?旅行ってこと?」

男「旅行っていうか、なんつーか…放課後の、ちょっとした学校散策?」

女「校内に何か面白いものでもあるの?」

男:彼女は小さく首を傾げる。

男「面白いものっていうか、君と行きたい場所があってさ。ちょっと付き合ってくんない?」

女:彼はそう言って癖のある黒髪の先を小手先で遊びながら眉を下げる。困った顔が、彼女に少し似ている。

女「危なくはない?」

男「危ないことに誘ったりはしないよ」

女「それなら…案内人さん。どこへつれてってくださるの?」

男「…旧校舎一階入り口へ」

男:彼女はほんの少し目を見開いた後、睫毛を伏せて、困ったように笑った。


※場面変更

男「旧校舎入り口にー到着!さて、どうした?そんな暗い顔をして」

女「そんなことないよ、ここ立ち入り禁止じゃなかったっけーと思ってさ」

男:嘘つき。君が暗い顔をしている理由なんてとっくの昔に気付いている。

男「そうなんだよねーだから先生に見付かったらお説教間違いなし!さっさと入っちゃおう」

女:彼はそう茶目っ気たっぷりに笑って私の腕を引く。立ち入り禁止の旧校舎はやっぱり寂しい匂いがした。

男「ここは別の季節が入り混じっているんだって。ほらまるでここだけ冬に取り残されたみたい」

女:彼の声にかつての記憶が重なる。

コハネ「まるで夏に取り残されたみたい」

女「コハネ…」(掠れた囁き)

男:窓の向こうは深々(しんしん)と降り積もる雪景色。彼女は窓の外を眺めながら肩を震わせている。

男「旧校舎一階入り口は冬、二階廊下は夏、三階教室は秋。それぞれの季節に取り残された場所なんだ」

男:深々と降り積もる雪を見ながら彼女は何を考えていたのだろう…。


※場面変更

男「大丈夫?」

女「うん、もう平気。次はどこに行くの?」

男「次はプールへ」


※場面変更

女:春先のプールはなんだか色褪せて見えた。風が吹いて先を行く彼の癖っ毛が散らかる。男「さすがに冷たいんじゃないか?」

女:プールの水面に触れる。指先から波紋が広がって水面に映った自分の顔が歪む。

男「七不思議巡りの中でこの場所を訪れたらプールの中に引き込まれるんだってな」

女「…少し、違うよ」

男「そうなの?」

女「三か所目で手に入れた招待状がなくちゃ、何も起きないの」

女:持ってさえいなければ、彼女はまだきっと此処に。

女「それで、次はどこに行くの?案内人さん?」

男:彼女はまた睫毛を下げて憂いのこもった瞳で俺を見上げる。

男「次は俺のクラスの教室へ」

女「さっき行っとけばよかったのに」

男「まあまあ、これには事情がありましてね。この順番じゃなきゃいけなかったんだ」

女:許してくれよ、と彼は私の肩を軽く叩く。

女「順番って?何か…あるの?」

男「そういえば君は部活あれだったよな。ええと、不思議発見部…じゃなくて」

コ「ほら字面が覚えにくいじゃん?あれだ、不思議発見部!」

女:また、記憶が重なる。

男「あ、怪奇研究部だ!そうだそうだ」

女「実はもう部員じゃないんだよね」

男「そうなの?でもその割にはいつも研究ノート持ち歩いてるよな」

女:その言葉に思わず胸の内ポケットを触る。

もう開くこともないのに、お守りのように持ち歩くようになってしまった手帳。どうして彼は知っているのだろう?

※場面変更

男「さて、着きましたよお嬢さん。この二年三組には誰も座らない席があるらしい…」

女「…」

男「だがしかし、そんな席はないんだな。少なくとも俺は知らない。でも皆は空席扱いしている。どこだと思う?」

女「ここ…」

女:グラウンド寄りの一番後ろの席。でも、ここは。

男「大正解、でもそこはちゃんと”持ち主”がいただろう?」

女:その声にハッと顔を上げる。

男「もう一度、彼女に会いたくはないか」

SE:風が吹き込む音


※場面変更

女「ここ、は…?」

女:彼女と二人訪れた図書室。あの時はまっすぐ歴史書コーナーを訪れて。窓の外は秋の色に染まっていたのに、今はもう。

男「学校七不思議にはもう一つ、ほとんどの人が知らない不思議が隠されているんだ」

SE:室内を歩く靴の音

女:換気のために開けられた窓から薄紅の花びらが迷い込んできた。甘い…春の香り。

男「七不思議の内特別な場所を特別な順番で巡ったときにだけ、開く道があるんだ」

男:あの、特別な白百合の庭園と同じ様に。

女「どうして」

女:どうして、それを私に?

男「俺は、君が好きだ」

SE:足音を止める・無音又は小さなBGMのみ

男「彼女のついでだと知っていても、挨拶をされる度、微笑みを向けられる度、君が俺の中に焼き付いて離れてくれない。でも、君は」

男:君が好きなのは。

女:私が好きなのは。

男:君は彼女が消えても、彼女を想っている。行き場のなくした想いを抱えながら生きている。言えなかった想いを手放すこともできず。苦しいまま。

男「そんな君を手助けしたい」

男:君を、救いたいんだ。好きだから。

女「私、私は…」(涙交じり)

男「行こう、彼女に会いに」

男:たとえこの恋が終わるとしても、君が明日笑えるのなら。


※場面変更

女:案内されたのは図書室の一番奥。歴史書コーナーのさらに奥の一角。彼は本棚のロックを外して隠されていた扉を開けた。

男「さあ、入って」

女:扉の奥は白い階段。壁には白百合の絵。仄かに香る百合の香り。

SE:階段を上る音、だんだん速く

女「コハネ!…あれ」

男「ここは、白の図書館。どこにも行き場のない記憶や植物状態の人間の大切な記憶の一時保管場所。彼女の記憶も、此処に」

男:円柱の壁に埋め込まれた無数の本棚から【コハネ】と書かれた背表紙を手に取る。

男「一緒に開けよう、せーのっ!」

女「嗚呼っ…」(泣き崩れる)

女:開いた本のページから一輪の白百合が花開く。花弁から青い蝶がひらりと飛び出て、白の図書館を飛んでいく。

女「コハネッ…コハネ!」

女:宙に浮かぶ彼女の幻影に思わず手を伸ばして空振り、よろける。

コ「本当、ドジなんだから。私がいなくなったらどうするの?」

コ「おはよう。今日もサリは元気だねえ」

コ「…いるよ。すきなひと」

コ「ねえ、見て…一度でいいから、夢で構わないから着てみたかったんだ。サリの隣で」

女:白百合の庭園で美しく微笑む私の大好きなひと。

女「やだ、やだやだやだ。逝かないで、私を置いていかないで。コハネぇ…一人にしないで」

コ「だいすきだよ、私のサリ。幸せになって」

女「いや、逝かないで!いやだよ、置いていかないでコハネ!!」

SE:本が地面に落ちる音

女「“だった”なんて、言えないよ…私はまだ、今でもずっとコハネのことを!コハネが一番大好きなんだもん…」

男:あの庭園に、永久に囚われている彼女を想い続ける彼女。その間に俺が入る隙間だなんてものがないことなんて解っていた。解っていたのに。

男「…おかしいな、なんで」

男:瞬きする度に頬を涙が伝っていく。

女「コハネ…私、私、コハネのことが好きなの、誰よりも…コハネさえ居てくれれば。それだけで」

女:それだけで、幸せだったの…

男:大粒の涙を零しながら悲痛な声で叫ぶ彼女を後ろからそっと抱き締めた。

女「愛してる…この世の誰よりも」

男:胸元にギュッと本を抱き締めて精いっぱいの笑顔でした彼女の最期の告白は、宙を舞う蝶と共に静かに消えていった。

(数秒の間)

男:叶うなら彼女の白百合の夢に終わりを。

女「さようなら、私の、初恋コハネ

男「さようなら、俺の初恋」

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《声劇台本》白百合シリーズ 和泉 ルイ @rui0401

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