《声劇台本》白百合シリーズ

和泉 ルイ

××を連れ去った、白百合の夢

表記/サユリ:サ コハネ:コ


サ:体育館に差し込む太陽光がスポットライトみたいに彼女を照らす。何も特別などない、ただの体育館、なのに。バスケットボールが跳ねる音とたまに聴こえるバッシュの摩擦音。

サ:ただそれだけ。それだけなのに、この体育館がまるで特別なステージみたい。

コ「あっ!」

サ:私を見つけて顔を綻ばせて。

コ「いつ来たの?声掛けてくれたら良かったのに」

サ「朝練お疲れさま!今日も調子よさそうだね」

コ「おはよう。こんな時間に来るなんて珍しいね?…もしかして何か企んでる?」

サ「企みだなんて失敬な。でもコハネを誘ってちょっとしたいことがあるのはあたり」

コ「したいこと?あ、あれだ。例の部活関連でしょ?なんだっけ、えー…と、世界…ふしぎ発見!じゃなくて」

サ「違いますぅー。もう、コハネったらいつまで経っても覚えてくれないんだから!」

コ「ごめんって、ほら字面が覚えにくいじゃん?えーと、あれだ。不思議発見部!」

サ「違う」

コ「あ、怪奇探求…研究?部だっけ」

サ:タオルを彼女に渡しながら頬を膨らませれば彼女は私の頬を潰して「かわいい」と小さく呟いた。滴る汗を拭いながらスポドリを飲む彼女は美しくて、眩しくて。

コ「それで?私を何に誘おうとしてるの?」

サ「ふっふっふ。聞いて驚くがいい!今回コハネを誘って行くのは…なななんと!この学校の七不思議を巡る旅!」

コ「七不思議?ってあの、怪談話みたいなやつ?」

サ「そうそれそれ。コハネには学校七不思議への二人旅を贈呈します」

サ:スッと手を差し出すとコハネは嬉しそうに私の手を握った。

コ「じゃあ、案内人さんよろしくー」

サ「任せなさい!七不思議一か所目はこの体育館。ここにはね、運動部の幽霊が…」

コ「いないねえ…一つ目は嘘っと」

サ「ええ…初っ端から嘘とか盛り下がるぅ」

コ「二つ目は?」

サ「二つ目は二年三組に誰も座らない席がある」

コ「私の組じゃん。荷物置きに行きながら行く?」

サ「行く!でもちゃんといい子で待っていられるからゆっくり着替えてきて」

サ:そう言ったのに、駆け足で更衣室へ駆けていく。ポニーテールの長い髪が揺れる。

※場面変更※教室にて


サ「さて、二か所目はここ!コハネのクラス。二年三組にはー誰も座らない席が…」

コ「ない。全員座ってるし、余りなんてないよ。残念、二つ目も嘘でした~」

サ:グラウンドよりの一番後ろの席に荷物を置きながらからからと笑う。

サ「うう…初っ端二つが潰れちゃった。悲しい」

サ:取り出した怪奇研究ノートを開いてバッテン印をつける。

コ「それで?案内人さん、三か所目はどこなのかしら?」

サ「もうっ、コハネの意地悪。次こそは!三か所目は図書室の歴史書コーナーへ!」


※場面変更※図書室にて

サ「えー何々。図書室の歴史書コーナー、上から二段目、左から五冊目の本と下から二段目、右から五冊目の本を二人同時に開くと、ある招待状を手に入れることができる。その招待状はね、五か所目で必要になるんだって」

コ「開くページはどこでもいいの?」

サ「ううん、栞が挟んであるページなんだって」

サ:誰もいない図書室はなんだか少し息苦しい。換気のために開けられた窓から風がぴゅうっと吹き込んでカーテンが大きく膨らむ。先を行く彼女と私の間を隔ててしまう。

コ「…?ねえ、そこにいる?」

サ:白いカーテン越しに彼女が振り返る。

コ「みーつけた。どうかした?お腹すいた、とか?」

サ:白いカーテン越しに私をギュッと抱き締めて。

コ「いい匂いするね、最近シャンプー変えた?」

サ「変えてないよ、ずっとコハネと同じやつ」

コ「そっか。飽きるまで同じ匂いでいてね」

サ「コハネこそ、飽きないでね」

サ:私にも、香りにも。

コ「さて、ここが歴史書コーナーだね。ここの本を同時に取って開くんだっけ?」

サ「そう!私は下から二段目の方取るから、コハネは上から二段目の左から五冊目をお願いね」

コ「一、二、三、四、五…これね。いつでもいいよ」

サ「せーのっ…わあ!」

サ:せーのの合図で同時に本を取って開けば、開いたページからひらりひらりと青い蝶が。横目で彼女を見るとそちらも同じように出てきた蝶をうっとりと眺めている。

サ「綺麗…」

コ「あ、見てみて。招待状ってこれかな」

サ「蝶のスタンプが押してあるね!きっとこれだよ。ふふふ、やっと本物に出会えたね!七不思議三か所目は本物!」

サ:怪奇研究ノートに大きな丸を付ける。

サ「よーし、この調子でどんどん行くぞー」

コ「お次はどこに行くんです?案内人さん」

サ「お次は旧校舎三階の廊下!」

サ:彼女は傾いてきた陽射しの中楽しそうに笑っていた。


※場面変更※旧校舎三階廊下にて

コ「旧校舎って初めて来たね」

サ:私たちが入学した頃にはもう取り壊しが決まっていたこの校舎。今ではもう誰も寄り付かず、どこか寂しい匂いがした。

コ「なんだか寂しいね」

サ:彼女は廊下を軽やかなステップで進んでいく。廊下に影が落ちる。

コ「見て、なんだか夏日みたい」

サ:彼女の声に顔を上げて細い指が指す先を見る。そこは。

サ「まるで夏に取り残されたみたい」

サ:窓の向こうは雲一つない青空。真夏の強い日差しが私たち二人を見つめている。

コ「差し込んだ陽射しが反射して…廊下が海の中みたい」

サ:澄んだ青に閉じ込められて、私たちは顔を見合わせて笑う。こんな不思議体験、もうこれっきりだね。なんて言って。

コ「次はどこ?なんだかわくわくしてきちゃった」

サ:いつも冷静な彼女が目を輝かせて。

サ「次はプール。行こう!」

サ:真夏の廊下を駆け足で走り抜けて、はしゃぎながら手を握って。こんなにも楽しいひと時ならずっと続けばいいと思っていた。思っていたんだ。


※場面変更※プールにて

サ「この時期にプールって寒くない?」

コ「さっきの廊下が暑かったからちょうどいいね。勿論水に入らなければ、だけど」

サ:裸足で歩くプールサイド。二人だけのプールサイド。

サ「ねえ、コハネは……いる?」

コ「なんて?」

サ「す、きなひと」

サ:プールの水面を触る。静かに波紋が広がっていく。トンっと背中に伝わる熱。大好きな人のぬくもり。

コ「いるよ。すきなひと」

サ:耳元に熱が篭る。熱い吐息がこそばゆい。

サ「それって!」

サ:誰と口を開きかけたとき、同時にドボンと鈍い音がした。SE:水に落ちる音

コ「…!」

サ:私の名を呼んでいる。大好きな彼女が叫んでる。


※場面変更※

コ「ねえ起きて!目を、目を開けて!」

サ「コハネ…?」

コ「もう、ばか。ばかばかばか!急にプールに落ちちゃうんだもん。ビックリするじゃない。よかった無事で」

サ:起き上がる私をぎゅうっと力いっぱい抱き締める彼女。

サ「ごめんね、何かに引っ張られたみたいなの」

コ「怪我はない?」

サ:いつも冷静な彼女が少し慌てている。

サ「ふふ」

コ「もう、こっちの気も知らないで!」

サ「ごめんって。そんなことより、ここどこ?」

コ「多分、庭園だと思うんだけど…」

サ:プールに落ちたのに濡れていない制服。見慣れない景色。これはきっと。

サ「きっとここが六つ目の場所だよ!開かずの扉の先」

コ「招待状がないと入れないっていう?あ、そういえば招待状は?」

サ:招待状を入れていた筈のスカートのポケットには代わりに小さな鍵。

サ「蝶のマークが入った鍵?」

コ「まだ続きそうだね、この不思議旅は」

サ「とりあえず、道があるみたいだし行ってみようよ」

サ:訝しげな顔をした彼女の背を押して白百合に溢れた庭園を行く。

コ「ところで七不思議最後の謎って何なの?」

サ「それがね、この七不思議を全て巡ると一緒に巡っていた内の片方が必ずいなくなるんだって」

コ「何それ、神隠しにでも遭うってこと?」

サ「わかんない、でもそういう噂なんだよ」

サ:ふぅん、と納得いってなさそうな声を聞きながら辿り着いた先は。

サ「お茶会の会場みたいだね」

コ「ホント。まるで私たち二人が来るのを分かってたみたい…」

サ:小さなテーブルとイス、そして二人分のティーセット。

サ「私丁度喉乾いてたんだよね」

コ「ちょっと、誰が用意したかも分からないものに手を付けるんじゃありません!」

サ「だって~こんなに美味しそうだよ?」

コ「だからこそ、妖しいじゃないのお馬鹿さんめ」

サ:彼女が私の額をツンとつついた。美味しそうなのに。

コ「ここ、出るよ」

サ「えっ、このスコーンたちは?!」

コ「ほら、おいで」

サ:彼女は私の手を無理やり取って駆けだした。いつもなら温かい手がなんだか急に冷たく感じて落とした視線の先に驚いた。庭園に咲き乱れるほど咲いている白百合の花びらが踏み出すたび揺れるスカートに吸い寄せられて。まるで魔法みたいに装いが変わっていく。こんなの、まるで。

コ「着いたよ。ねえ、鍵ちゃんと持ってる?」

サ:いつもと同じ彼女の優しい声がする。

コ「どうしたの、俯いて。ほら顔見せて」

サ:彼女の白い手が私の頬に添えられる。

サ「さっきね、コハネのスカートに百合の花びらが集まっていくのが見えてね、なんか魔法みたいだな、って」

サ:顔をあげたくない衝動を抑えつけながらゆっくりと顔を上げれば。

コ「ねえ見て。どう?私ね、一度でいいから着てみたかったんだ、君の隣で」

サ:白百合の甘い香りの中微笑む彼女は今迄で最も美しかった。

コ「ねえ、鍵はちゃんと持ってる?」

サ「持ってるよ、ほら」

コ「この扉に差し込めばちゃんと帰れるから」

サ「じゃあ、さっさと帰ろう?」

サ:彼女のやっぱり冷たい手を握る。けど、彼女はその手を引いて。

コ「…困らせて、いい?」※エコー希望

サ:唇が重なった。触れた熱が体全体を支配して。頬を冷たい雫が転げ落ちていく。

サ「コ、ハネ?」

サ:唇から熱が引いて、そっと瞼を開ければそこは開かずの扉の前。急いで振り返れば甘い白百合の香りに乗って大好きな彼女の優しい声がした。

コ「さようなら、私の初恋サリ

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