第十一話

「お願い……私も連れて行って。置いていかないで!」


 晨は再び真白を強く抱き締め、叫んだ。


「置いていかない! 帰ろう、俺たちの家に。真白には、帰る場所があるんだ。俺のところに帰ってきてよ! 俺を、見ろ!」


 晨は叫び、真白の頬を両手で挟んで、強引に自分へ向けた。


 虚ろな目の焦点がゆっくりと合っていくのがわかる。


 震える唇に、晨は優しいキスを落とした。


「真白。大丈夫。俺がいる。俺が、真白を守る。どんなことがあっても、一人にしない。俺にとって、真白は大切な人だから。君のすべてが愛おしくて、好き。もうどうしようもないほど、真白が大好きなんだ。だから、俺がいることを忘れないで」


 晨の手を涙が濡らしていく。


 涙は止まらないようだが、真白の意識はようやく晨に戻ってきた。


 濡れた大きな目が、晨をしっかりと見てくれている。


 唇の震えが止まっている。


「俺に気付いてくれて、ありがとう」

「……晨」

「一緒に帰ろう」

「か、える?」

「そう。二人の家に、帰ろう」


 晨は不器用な微笑みを浮かべる。


 涙を堪えているせいだ。


 真白が辛いのは、自分が辛いよりも、胸が痛む。息苦しくなる。


 自分の心の傷なんて、どうでもよくなる。


 真白には笑顔が似合う。


 晨は気付かれないように、多くの言葉を呑み込んだ。


 これ以上、真白を混乱させたくなかったから。


 想いをすべて言葉にしてしまったら、涙を堪えられなくなる。


 それでは、真白はまた不安定になる気がした。


「二人の家……」

「そうだよ。真白には、帰る家がある。俺が、真白のすべてを受け止める。真白の抱えているもの全部、俺にちょうだい。もう、一人で抱える必要はないんだよ」


 その言葉を聞いた真白の顔がくしゃりと歪み、勢いよく抱き着いてきた。


 晨はしっかり抱き留め、辛さでパンクしているであろう頭に頬ずりをする。


 しゃくり上げる真白の背中を撫で、落ち着くのを待った。


「……帰りたい」


 真白の言葉が、晨の胸を締め付け、呼吸を止めた。


(ありがとう。俺の言葉に耳を傾けてくれて。俺のことを見てくれて)


 言いたい言葉は、やはり口にはできず、「うん」と小さく呟く。


 それから、なんとか立ち上がった真白を支え、二人の家に帰っていった。





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惜しむらくは、淡雪のごとく 安里紬(小鳥遊絢香) @aya-takanashi

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