第十話

「やだやだ! 早く、消してよ! お願いだから、誰もいないって言って……!」


 真白から聞こえてきた声は、まるで地獄を見ているかのように恐怖と絶望に染まっている。


 先程から、二人の横を何人もの人が歩いていく。


 火事の現場の方角に向けて。


 野次馬だ。


 晨は不謹慎な人々の様子に、思わず舌打ちをした。


「真白……お願いだから、ここから逃げよう。ああ、でも、俺の声、聞こえないかな」


 真白は相変わらずガタガタと震え、大粒の涙を零している。


「お願い、嘘だって言って……私を一人にしないで。お父さん、お母さん……!」


 晨はハッとし、反射的に真白の身体を強く抱き締めた。


 震えを止めてあげたくて、強く強く抱き締める。


 過去に戻っているだろう意識を、自分に向けさせようと、精一杯背中をさすり、頭を撫でる。


 しかし、何もかもが無駄に思えた。


 自分はなんて無力なんだろう。


 悔しい。


 真白が苦しんでいるのに、自分にできることは抱き締め、撫でることしかできない。


 自分の不甲斐なさに、晨は唇を噛み締めた。


 王子様のような男だったら、横抱きにして、颯爽とこの場から真白を逃がしてやれただろう。


 経験豊富な大人の男性だったら、もっと上手く対処してやれるだろう。


「真白、ごめん……本当にごめん。俺なんかが、真白を守ることはできなかった。こんなに辛そうなのに、不器用に抱き締めることしかできないなんて……俺の存在を思い出してもらうこともできない」


 晨はそっと身体を離し、真白の涙を拭う。


 引き攣った真白の頬にキスをして、次から次へと涙が零れ落ちる眦に唇を寄せ、懇願するように何度もキスをした。


「真白。真白。俺がいるよ。君の隣には、俺がいる。真白は一人じゃない。お願いだから、俺に気付いて。俺のところに戻ってきて。真白」


 火元は見えないけれど、バチバチと何かが弾ける音が聞こえ、消防士なのか警察官なのかはわからないが、何かを叫んでいる声も聞こえる。


 戸建ての並んでいるエリアであるから、火元は一軒家だろう。


 幸せな日々を送っていた、大切で、一番安心できる場所。


 それが、一瞬にして消えていく。


 何もかもが奪われていく。


 想い出も、宝物も、もしかしたら、かけがえのない命も。


 そう。きっと真白が過去に体験したこと。


 真白は火事によって、すべてを奪われたのかもしれない。


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