第九話
朔の日の今日は月がなく、普段は隠れている弱い光の星たちも控えめな顔を出していた。穏やかな夜だ。
晨と真白は買い忘れていたシャンプーの詰め替えを買いに、ドラッグストアを目指して歩いている。
手を繋いで、のんびりと。
二人を包む優しく静謐な夜風を頬に感じ、晨はふと空に目を向けた。
会話のない時間も心地いいと思うようになったのはいつ頃からだろう。
楽しく話をしている時、揶揄ってくる真白を
かけがえのない時間を共に過ごしている。
出逢いは奇妙だったけれど、あれは偶然ではなく必然だったのではと思うほど、二人でいることが当たり前になった。
――愛おしいな。
晨が心の中で呟いた時だった。
「あれ?」
真白の声が聞こえ、隣に視線を遣る。
真白の視線は晨を通り越して空に向けられていた。
その視線をたどると、闇夜に似つかわしくない赤が、空を侵食していた。
「なんだろう」
晨の言葉に重なるように、何かが爆発する音が周囲に響いた。
隣から小さな叫び声が聞こえ、晨は慌てて真白に視線を戻した。
両耳を塞ぎ、暗くてもわかるくらい、ガタガタと全身が震えている。
「真白! 大丈夫⁉」
真白には晨の言葉が届かないのか、しゃがみ込んで、何度も何度も首を振って、何かを呟いている。
晨も隣にしゃがみ、真白の顔を覗き込んだ。
暗さのせいで、顔色まではわからない。
だけど、涙をいっぱい溜め込んだ大きな目は、恐怖で揺れているのはわかった。
「立てる? ここから離れた方がいい」
晨は真白の腕を掴み、引っ張り上げようとした。
しかし、真白の身体は硬直したように固く、晨の力ではビクともしない。
そうしているうちに、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
今更ながら、これが火事だと思い至る。
黒煙が上がり、空を赤く染めるくらいの炎がすべてを焼き尽くしている音が響いているのに、晨は真白の様子が気になって、そんな単純なことに気付けなかったのだ。
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