第八話
「真白」
「なに?」
無垢な表情で首を傾げて、こちらを見つめてくる真白から目を逸らし、自分が言おうとした言葉を呑み込む。
――好きだよ。
このたった四文字を言ってしまったら、真白は出て行ってしまうかもしれない。
そんな根拠のない不安が過り、誤魔化すように真白の左手を握り、指を絡めた。
細くて、今にも折れてしまいそうな指は庇護欲を掻き立てられる。
この子を守るには、自分が強くならなければ。
晨は自分の奥底に隠れていた弱くて脆い心の芯を手探りで掴み、ピンと引っ張る。
これまで見ないようにしてきた頼りない男らしさを、今こそ手にしたい。
「今日は一緒にご飯を作ろうか」
「ええ? 急だね。うん、いいよ。晨、料理できるの?」
真白は晨の脈絡ない提案に笑い、繋いでいる手をトントンと膝の上で弾ませる。
楽しそうな様子が少し子どもっぽくて、真白の年齢を思い出した。
「全然できない。だから、教えてよ」
本当は刃物が怖い。
できれば見たくないし、触りたくない。
目の前が紘一の血で真っ赤になっていく気がする。
だけど、真白と一緒なら大丈夫な気がした。
真白がいてくれるから、初めて自分と向き合えたと思うと、真白を支えたいと思っていたことが傲慢な気がしてくる。
真白に支えられているのは、晨の方なのかもしれない。
「じゃあ、何にしようかな……簡単なものがいいよね。まずは、買い物に行って――」
真白の声が明るく、楽しそうに転がり出す。
ああ、これが幸せというものか。
キッチンに二人で並んだところを想像すると、晨の唇がほんのり弧を描く。
しかし、そんな温かなでささやかな幸せは、簡単に崩れ去るものだと思い知らされるのは、すぐのことだった。
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