【一話完結】脳移植したらヤンデレだった件

どーてーの独り言

長い眠りから目が覚めると、女になっていた。

俺は女体を手に入れた。いや、俺が女になったと言ったほうが良いのだろうか。別に性転換をした訳じゃない、多分。というのも女になる前の記憶があやふやで、断片的にしか無い。ので、今何が起きているのかさえ、よくわからない。朝起きたら病院と思われるベットで女になっていた、なんて理解できる筈もないだろう。そんな混乱している時に、看護師と思われる人が叫んだ。


「目覚めました!柊さんが目覚めました!」


看護師が叫ぶと、担当医(?)と、おそらくこの身体の持ち主だった女の家族が俺のベッドを囲んだ。


「ここがどこかわかりますか!?自分が誰かわかりますか!?」


「夏美ちゃん!よかった...よかったねぇ〜...」


「夏美ぃ〜...生きてくれてありがとうなぁ...!!」


「姉ちゃん!あんま心配させんなよぉ〜!!!」


担当医や父と母と弟と思われる人が一斉に俺に向かって話しかける。取り敢えずこの身体の名前が夏美だということが分かったので、


「ここはどこの病院かは分からないけど...私は...夏美?」


まず疑問形で担当医っぽい人の質問に答えると、


「記憶はありますか...!?何をしてきたか覚えてますか!?」


と、担当医はまた質問をしてきた。覚えてるわけ無いだろ! 前の記憶もそれ程覚えてないのに! ここは素直に、


「思い...出せない...」


と返してやった。


「そんな...夏美の記憶が...」


父と思われる男は、泣きながら狼狽えていた。そんな父と思われる男を無視して俺は担当医に質問を投げかける。


「私に...何があったんですか?」


担当医は重そうな口を開いて冷静に何があったかを教えてくれた。どうやらこの女、事故で半脳死状態だったらしい。そこに娘を生かしたい父が、脳移植を持ちかけたそうな。そしてその脳の提供者が俺、らしい。俺も直前の事故で、それも頭以外はグシャグシャになってるレベルでエグい事故で死んでたんだと。そして俺は臓器提供意思表示カード、いわゆるドナーカードに、脳の移植のOKを出していたらしい。ドナーカードに脳の提供なんて選択肢あったか? 思い出せねぇ。それから脳を移植させられた夏美は、1ヶ月の間植物状態で結局脳死状態扱いされてた中で今日目覚めた。というのが大まかな今までの状況だ。


「いいのよ。また家族皆で思い出を作っていけばいいじゃない。そうしてる内に、何か思い出すこともあるでしょう」


「そうだね...!うん!お姉ちゃんが好きだった所とか、いっぱい回ろう!」


「...だな!」


そんな、状況整理をしている俺を置いて、家族が泣きながらこれからの話をしている。肝心の俺を置いて話を進めるなよ。というより、俺が夏美前提で話を進めないでくれ頼むから。脳移植なんだろ? いや、俺もこの女のフリをして話しちゃったのも悪かったけど、自我が俺である可能性を捨てるなよ。...ともかくだ。俺は事故で死んでいたはずが、この女の身体で、第二の人生を送る事になった訳だ。コレは実質転生と言えるだろう。これからは脳移植というよりも、身体移植と言ったほうが良いんじゃないか?


...あれから一ヶ月程入院した後、俺は退院した。印象に残った事と言えば、思ったよりこの女が金持ちだってことだ。この女というよりも父親の方か。財力と権力をもったマジモンの医学の名家らしい。この病院も柊家の病院と聞いて驚いた。それともう一つ印象に残ったのは、この女のスマホを開く事が出来た事だ。ベッドの上に居るだけの時間、暇だったのでスマホに手を伸ばした時、パスワードが浮かんできた。この身体の習慣みたいなのは、身体が記憶しているって事なんだろう。他にも、やけに髪をイジったり、鏡を見て見た目をチェックしたり、喜びを感じたときに両手を頬に当てる、ぶりっ子みたいなポーズなど、この女の癖が身体に残っていた。細胞に染み付いた記憶みたいなのがあるんだろうか、と感心したのを覚えている。


そんなこんなで退院後、夏美は一人暮らしをしていたらしいが暫くは実家で過ごすことになった。家族は俺に優しかった。いろんな所へ行った。行きつけの店、近くのテーマパーク、まだ栄えている商店街その他etc...行ったことの無い所だらけだったが、懐かしく感じた。デジャブ、というよりも身体に残った記憶なのだろう...本当にそうなのか? 理由は分からないにしても、常軌を逸してる気がする。だっておかしいだろ。俺はその時、商店街で弟が走って転んで泣いていた事を思い出したんだぞ? 俺の脳が、この女の記憶を思い出したんだ。その時はそれを気にしないようにした。


その疑念は仕舞おうにも仕舞え無かった。夏美が通っていた大学に行った。その時には最寄り駅がどこで、その駅から大学へ行くルートも、終いには友達の名前まで思い出す始末。俺は少し怖くなった。味の趣向も変わっていた。好きだったトマトが嫌いになっていたり、嫌いだったチョコミントも難なく食べられるようになっていた。


頭痛が増えた。脳が身体に慣れて来ている影響だろうか、時たまに夏美の記憶が蘇る。そして、生前の俺の記憶も蘇る。記憶が蘇る時に頭痛が起きる。...思い出せば俺の両親は死んでいた。それどころか俺の親戚すらもいない。それを思い出した。俺は恐怖した。両親が死んだ事にではない。両親が死んだのを思い出して達成感(?)のような物を感じた事に、だ。俺が殺したのか? どうして両親が死んだのかすらも、俺は思い出せない。思い出してもまた頭痛を伴うのだろう。


数日後、病院へ行った。診断としては一番落ち着く場所で安静にしておくのが良いとのことだ。俺は夏美の母に連れられ、夏美が一人暮らしをしていたアパートのへ連れられた。暫くはここで休む事にしよう。部屋もやはり既視感を覚える。そんな時にもまた頭痛がした。その痛みと共に思い出したのは、大学帰りと思われる俺の姿だった。いや、おかしいだろ。何で第三者視点の俺の姿を思い出したんだ? 答えは夏美の個室と思われる部屋を開けて分かった。


夏美とかいう女は俺のストーカーなんだ。狭い部屋に既視感のない俺の写真が、壁を埋め尽くしていた。


「あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"ぁ"あ"...!!!!」


それを見た直後、大きな頭痛が俺を襲った。全部思い出した。俺の両親を殺したのは...夏美だ。脳移植の承諾の際に親族のサインが必要だからだ。仮に俺の脳移植を承諾したとて、俺の親が脳移植後の夏美に会いに来ると面倒くさいからだ。そして夏美は俺を脅して偽造のドナーカードの脳移植の欄に印を押させ、事故に見せかけ俺の脳以外を破壊、脳だけを保管し、夏美は自らの脳の一部を損傷させ、脳死を引き起こす。身元保証人が居ない俺は脳を夏美に移植することが出来る。こんなガバガバな作戦も、医学の名家、柊家の金と医学が可能にさせる。つまり一家ぐるみで俺の脳移植に協力したのだ。娘の歪んだ恋情に、だ。全てを思い出した時、俺は思ってもいない事を口走った。


「これでやっと...ずぅっと一緒だね♡」


脳移植をしたのは、娘が俺と一つになりたいからという願望からだ。こんなやつ、生かしちゃいけない。今すぐベランダから飛び降りなければ。そう思ってももう遅かった。思うように身体が動かない。俺はその時悟った。夏美の身体の主導権は夏美にある。夏美が何を考えているのか分かる。でも、分かるだけだ。何も出来ない。俺の意識が、夏美の中にあるだけだ。俺は夏美が死ぬまで、俺の意識だけが夏美の中で存在する。絶望とはまさにこの事を言うのだろう。俺が夏美が何を考えているのか分かるように、夏美も俺が何を感じているのか分かるのだ。俺が深い深い絶望に沈んでいくのを感じ、夏美は両手を頬に当てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【一話完結】脳移植したらヤンデレだった件 どーてーの独り言 @do-te-0208

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ