25 ゴブリンとかけまして熊とときます
歩いているとやがて道はなくなり、一面緑の景色が続く。
平原の景色は変わらない。
木は周りになく、遠くでポツンポツンと生い茂る場があるのが見えるだけだ。
山もないため景色の変化がない。変化がないという事は目印になるものがないのと同じだ。
もし迷ってしまったら、かなり大変な事が容易に想像できる。
「これはもはや緑の砂漠だな」
「カスミはよく迷わずに道案内できるな。鼻でも良いのか?」
「チャウチャウみたいに鼻は良くないです。私が咲かせるのは花と会話だけ」
「よく言うわ。あとチャウチャウちゃうわ」
思わずツッコんでしまうフェリー。
ボクもツッコミそうになったが、こんな風に冗談が言えるのであれば、会話に花が咲くという言葉も、あながち間違っていないのではないだろう。
まあ、素で思っている可能性も十分にあるのだが。
「何故迷わないかというと、目的の場所に目印をつけています。足元の黄色い花を見てください。これを頼りにしています」
「ヘンゼルとグレーテルみたいだな」
「それは一体何ですか?」
「ああ、そういう童話があってね。主人公の兄妹が家へ帰る道に目印として白い石を落としていったって話があるんだ」
「記憶しました。次から使います」
なるほどな、こうやって新しい言葉を覚えていたわけか。オウムやロボットのおもちゃに言葉を覚えさせみたいだ。
下手な事を言ったら変な言葉を覚えてしまうかもしれない。
注意しないといけないな。
「フェリー、言葉遣いには気を付けろよ。もしかしたら、お前のバカもカスミに移っちゃうかもしれないから」
「安心してください、シスイさん。バカの言葉くらい判断できる知能はありますので」
「そんなにバカバカいうなよ、そんなに言ったらオレ本当にバカになっちゃうだろ?」
自覚がなかったようだ。
やがて森が見えてきて、目的地に無事到着する。
鬱蒼とした森の木々は広葉樹であり、それほど大きな森でもないにも関わらず薄暗かった。
入口付近は陽の光が広葉樹の葉を通り、緑色の明かりが森を照らして綺麗な様子だが、奥を見れば光はほとんど入っていない。光よりも影が巣食っていた。
湿気もあり、苔が地面に多く生えているのが陰鬱な様子に拍車をかける。
絶対に危険な獣がいるというのが入らなくても分かる。
しかし、そんな事は気にしない様子のカスミとフェリーはずかずかと森の中へ入ってくる。
まあ、鼻の良いフェリーがビビってないってことは、近くに狂暴な生き物はいないってことだ。
じゃあ大丈夫、なのかな。
そう言い聞かせて足を踏み入れる。
地面には枯れ葉が多く落ちていて、背の低い植物が育っていなかった。
陽の光が入らないからだろう。
「ゴブリンはこういう環境に住んでいます。ゴブリンが生き物を模倣するようになったのは太陽の光を探す為だと考えられているらしい、とゴブリン第一研究者が言っていました。私は選ばれたゴブリンだから太陽に困ったことないですけれど」
「さりげなく自分を上げるじゃないか。けれどそれで模倣か。ゴブリンも良く考えて生きてるんだな」
「あ、鹿がいるぞ」
ボクが鹿を確認する前に、フェリーは走り出していた。
多分コイツは何も考えないで生きてきたんだろう。
やがて鹿の首元に噛みつくフェリー。
鹿は野太い悲鳴を上げて倒れるのだが、少し様子がおかしいと感じた。
「おい、来てくれ」とフェリーがこちらを呼ぶので駆け寄ってみると、そこには鹿の死体があった。
……のだが、よく見るとその鹿は植物の蔦で編みこまれて作られた人形のような姿をしていた。
「何これ。首元嚙みちぎったのに、噛んだ跡から蔓がうねうね出てきたんだけど。ちょっとキモイ……」
「もしかしてだが、これがゴブリンか?」
「そうです、これがゴブリンです」
「生き物に化けるってこのレベルでするのかよ、すげーな。あ、歯に蔓引っかかってる。ぺっぺっ」
「基本鹿とかリスとか、あるいは狼や熊になります」
「鹿とかはともかくとして、狼と熊は怖いな」
「ちなみにこれ、どうすれば楽にしてやれるんだ? ちょっとかわいそうだ」
「胴体の真ん中あたりに球根みたいのがありますので、それを抜きます。引っこ抜く」
フェリーは長い爪を活かして、蔓をぶちぶちと切っていくと、心臓がある辺りにそれらしきものが見えて、それをブチブチと引っこ抜く。
だが蔓はまだうねうねと動き続けていた。
「まだ、動いてるんですけど……」
「すぐ動かなくなる。球根は栄養を貯める場所だから。ぼさっとするな、チャウチャウ。今度は耳を取れ。耳は若葉で食べれる場所」
「へいへい……ああ、ゴブリンの葉焼きのサイズがバラバラだったのってこういう事だったのか」
鹿のゴブリンから取れたのは十五センチ定規くらいのサイズの耳だった。
この耳、というか若葉はゴブリンが模倣する生き物と太陽の浴びる量によって耳のサイズが変わってくるらしい。
一番大きいサイズの耳が取れるのは熊や狼といった肉食を模倣したゴブリンとのこと。水の他に生き血も栄養にするから葉が大きく育つらしい。
なんとも恐ろしい生態なこと。
「これを、後何匹取れば良いんだ」
「ギルドには五匹以上と提出しました。けれど、可能であればこの袋がいっぱいになるまで耳が欲しいです」
カスミは肩にかけていた袋を降ろす。
サイズ的にはスーパーで貰える大きいビニール袋くらいのサイズだ。
「耳どのくらいでいっぱいになるんだ、これ」
「十匹くらい倒せば良いと思います。さっき取った球根を持っていけばギルドの方が追加報酬の手当を書いてくれるはずです。ゴブリンは外来種なんで」
「そうなんだ、じゃあ倒して損はないって事だな」
「もちろん」
「じゃあ任せたぞ、フェリー」
「おう!……っておっさんは何もしないのかよ」
「もちろんするさ。ちゃんと戦える為の秘密道具は持ってきてるんだ」
「秘密道具って?」
「てれれれってれーん、魔毛の手袋」
「ああ、あのばあさんに帰り際持たされた奴か。マモウ……ってなんだ。どんな字を書くんだ」
「話を聞いた限りでは、魔法の魔に髪の毛とかの毛で合ってると思う」
魔毛の手袋。
魔術を使うときの基礎として自分の魔術で怪我をしないように防御魔術を体に張るのだが、それが出来ないボクにチヨさんが渡してくれた秘密道具。
扱い的には秘密道具というより介護用品みたいなものなのだけど。
けれど、これがあればボクもまともに魔術が使える。
「カスミ、近くにゴブリンがいるとか分かったりしないか?」
「可能。大まかな位置ですけど。正面から十匹まっすく進んで来ます」
「え」
「お、おっさん‼」
フェリーが叫んでいるのを見てそちらを向くと、そこには子供ほどのサイズの人型の生物が何匹かいた。
「すげえ、オレ達が知ってるゴブリンそのまんまだ」
「いや……ちょっと待て。ボク達が知ってるゴブリンってあんな感じだったっけ」
確かに子供ほどの亜人のような見た目をしているけれど、しかしよく見ると所々他の生物の特徴を持っていた。
手や顔の特徴は人間に近かったが羊のように楕円形の瞳だったり、角が生えていたり、足は蹄がついていたり、狼のようであったり多種多様だ。
「近くにいた人間を模倣したゴブリンの劣種ですね。人間を模倣したゴブリンを他のゴブリンが模倣して、またそれを他のゴブリンが模倣していっての繰り返し。その間に色んな生き物の要素も混ざってしまったんでしょう。私から言わせてみれば劣化した模倣です」
「それでこのゴブリン達は強いのかい?」
「全然。顔面がハチの巣みたいに腫れるくらい殴られる程度です」
「結構痛そうなんだけれど」
そう言われたら戦うしかないな、さすがに顔を腫らしたくはないからな。
それにこの手袋の実用性も知っておきたい。
「いっちょ、やりますか」
手袋をはめて、戦闘態勢になる。
手始めにまずは引き寄せる能力を使う。
左手を前に出し、ゴブリンの中心にあろう球根を引き寄せるイメージをして叫ぶ。
「マジックハンド!」
え、命名がダサいって?
ダサいとは思う。
だが、これにはちゃんと意味がある。
というのもチヨさんの曰く新しい魔術を発明した時などは、まず名称を考えるらしい。
名称を決めることによってイメージしやすくなり、結果発動の速度などが向上する、とかなんとか。
というわけで名前を付けてもらおうとチヨさんに頼んだのだが……。
「うーむ、そうだな。引き寄せる能力かあ……マジックハンドっていうのはどうだ」
「安直過ぎませんか? せめてもうちょっと捻った感じの名前ないんですか?」
「捻ったか……引き寄せたものは触れた時に解除される。逃げられない……そうだな」
随分と真剣な様子で考えてくれているようだ。
これはかなり期待が出来そうだ。
「じゃあお前の能力名は『タクスリターンハンド』っていうのはどうだ」
「結構かっこいい響きだ。一体何から取った名前なんですか?」
「ああ、確定申告から文字ったんだ」
「……」
「逃げたいけれど逃げられないという特性がそのままだが、割と捻りも入っていて悪くないんじゃないか? 私が元居た街が確定申告という奴を毎回出すように要求してくるクソみたいな街だったんだが……全く嫌なことを思い出す名だよ。まあ、弟子の能力名なのであれば、こちらも師として我慢しようじゃないか。というわけで、今日からその能力はタクスリターンハンドで決定だ」
「マジックハンドでお願いします」
振り返ってみても直訳で「確定申告の手」より「魔法の手」の方がマシだと思える。
そんな背景のある能力を使用することによって、ゴブリンはボクの手に引き寄せられる。
引き寄せられている間に右手で火球を生み出す。
魔力を手に集め、小さな太陽を作るイメージっと。
次第に手が熱を帯びてくる。
そうして火の玉が段々出来ていくと、その魔力に呼応して手袋の中で微弱ながら風がボクの手を包み込む。この風が防御魔術の代わりを担ってくれるのだ。
十分な大きさの火球が出来る頃には、手が届く所まで引き寄せられているゴブリン。
そいつ目掛けて火球を手で押し当てると、ゴブリンの体はパキパキと音を立てて燃えていく。
やがて球根が見てきて、それを引き抜くと人間のような悲鳴を上げながら、ゴブリンはその場に倒れた。
模倣するとは聞いていたが、悲鳴まで人間そのものとは、な。
「……植物の癖になんか生々しいな」
「多分元の模倣先が死んだときの声を模倣したんだと思います。立派な模倣だ。同じゴブリンとして鼻が高い」
「何それこわあい。そんなのも真似できるのか、ゴブリン」
そこまでやるのか……と思わ少しずドン引きしてしまうが、同じゴブリンだからかカスミが少し誇らしげだ。
「そうです、もっと尊敬しやがれです。……にしても何故火球を飛ばさないんですか? 引き寄せるのはリスクがあるはずですが」
何故、ゴブリンを引き寄せる必要があるのか。
そのまま火球を飛ばしてしまえば良いじゃないか。
もちろんその通りだ。
ただそれには一つ問題があった。
「ボク、火の飛ばし方習ってないだよね」
「致命的」
「当たれば一緒だから良いじゃないか」
「耳集まれば問題なしですが」
ゴブリンの耳を剥ぎ取ってカスミに渡す。
核はゴブリンの太もも辺りにあった。
核は毎回同じ場所というわけではないのか。
少し先でフェリーがバッタバッタとゴブリンを倒している。
ボクはフェリーが取りこぼしたゴブリンを引き寄せて燃やす。
そうしたローテーションで順調に耳と球根を集めた。
しかしこのゴブリン、あまりにも弱い。
というのもこちらに襲ってくることはなく、ただまっすぐ走っていくだけ。
拍子抜けも良い所だ。
そもそもゴブリンが模倣するというのは、日光が入ってこない環境で太陽光を浴びるために移動すると言っていたな。
攻撃性というのは彼等にとって自衛程度でさほど必要のない行動だろう。
ただ、何か引っかかる。
それはこのゴブリン達はどこか逃げているようにも見えたからだ。
そんなことを考えている間に、フェリーが最後のゴブリンに噛みついていた。
「ふうー、これで最後だ。どうだ、袋は満杯になったか?」
「じょーでき。こりゃ稼げる」
「……なあ、カスミ。ゴブリンは群れで動いたりするのか?」
「ないですね。日光が入る所に集まっていることはありますけど、でも群れで生活するという習慣はないはずです。どうしてですか?」
「いや、なんかこのゴブリン達がこうも一斉に走ってきたのに疑問を持ってね。まるで何かから逃げているみたいな……」
「逃げる?」
そう話していると、ゴブリン達が来たところから、ガサゴソと音がする。
ボク等がそちらに目をやると、茂みが大きく揺れていた。
その茂みの中から、大きな影が重々しい体を揺らして歩いてくる。
茂みから出てきたのは、ゴブリンを咥えた巨大な熊だった。
いや、違う。
熊を模倣したゴブリンだった。
グオオオオオオオオ———‼
反射的に回れ右をし、カスミを抱えるとフェリーと共に走り出していた。
「無理無理無理無理。あれは絶対に無理。というかフェリー、お前は何で逃げてるんだよ。森の主なんだから戦ってくれよ‼」
「オレだって無理だよ! 熊って怖いんだよ? 昔北海道住んでた時、家に入ってくるヒグマの話を聞いた時は恐ろしくて夜眠れなかったんだから」
「人間の時の話だろう? 今は違うじゃないか」
「トラウマっていうもんは何年経っても刻まれているもんなんだぜ」
なんでちょっとカッコつけ言ってんだよ。
そんなことを言っている間に熊型ゴブリンはどんどん迫ってきている。
やはり熊を模倣しただけのことはあり、足は速い。このままでは確実に追いつかれてしまう。
ならばここは覚悟を決めて戦うしかない。
「やるしかないぞ。腹括れ、フェリー」
「……ちっきしょー‼」
互いに踵を返し、熊と対面する。
全く植物には見えないぜ。
容赦なくボク等へ突進してくる熊(ゴブリン)をカスミを抱えるボク、フェリーは左右に分かれてそれを避ける。
突進を避けられた熊は一瞬どちらを狙うか考えているのかフリーズし、足が遅いボクの方へと向かってくる。
それに気づいたフェリーは熊の後を追いかける。
追いかけた
「ウィンドショット!」
フェリーは熊の頭にウィンドショットを放つと、熊の頭が真っ二つになった
そして熊型ゴブリンは膝をついてその場に倒れて沈黙する……なんてことはなく、関係なしに走り続ける。
「全然効いてない‼」
「植物だからな頭撃っても意味ないじゃないか⁉」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
やがて頭が再生して、元に戻る熊。
悲鳴を上げるフェリーを邪魔だと思った熊は、近くの木に体を体当たりさせてフェリーを叩き落とそうとする。木々に体を強打する毎に「ぎゃ」と悲鳴を上げるフェリーだが、爪を立てて何とか落ちないようにしがみついている。
さて、どうするか。
多分狙うとするなら核なのだろうけれど、それがどこにあるのか分からない。
なら、燃やして核の場所を炙り出すしかない。
右手で火の玉を作る。
どうこれを当てるかだな、問題は。
理解力が高いで評判のボクはどうしたもんか。
止まって当てようとすれば、タックルされて怪我じゃ済まないだろう。
けれどこいつはゴブリンだ。
さっきの動きを見るに、本物の熊と違って一挙手一投足で動きが一瞬止まる。そして頭を真っ二つにしても動きは止まらなかった。
そこから考えるに、こいつは脳みそがあったりして考えていたり、予測したりして動いている訳じゃなく、目で見てその場その場で判断している推測できる。
なら、これが隙になる。
作戦はこうだ。
走る途中で急激に方向転換し、ゴブリンの動きを止める。
ゴブリンの動きがフリーズしている所に火の玉をぶつけて、球根をあぶり出して引っこ抜く。
これしかない。
ボクは強く踏み出し、急に右へ曲がった。
つるん———
「あん」
滑った。
すっこけた。
小学生でも中々しないほどきれいにすっこけた。
令和で昭和みたいな尻もちをつく人間は、多分ボクくらいだ。
地面に触れると足元には苔がびっしり生えており、それに足を取られたのだろう。
って考察している場合じゃない。
後ろを見ると、熊が立ち上がって今にも踏み倒そうとしているのが見えた。
回避行動を取ろうとするけれど、滑って地面に打った足がじんじんと痛んで直ぐには動けない。熊の足が迫ってくるのを見ていることしかできない。
熊の足の裏って結構人間の足裏に似てるんだなあ。
そう思っていると視界いっぱいに毛むくじゃらで溢れる。
その毛むくじゃらが、咄嗟にフェリーがボクの前に立って熊の体を受け止めようとしてくれようとしていた事に、後から気付いた。
すると抱えていたカカシがため息を吐く。
「全く、見てられないにもほどがありますね」
そう言うと、ボクの手から飛び出したかと思えば、カスミは熊の正面に立ち塞がる。
「戦闘形態、へーんしん」
一体何をするつもりなんだ、と思っていると体の形をバキバキと木の枝が折れるみたいな音を立てて、姿をどんどん変化していく。
やがてそこには髪の長い少女のような容貌をしたカスミが立っていた。
カスミは倒れ込もうとする熊を片手で止めると、もう片方の腕が淡く光を帯びる。
「フレーム・ピュラー」
唱えた瞬間、炎の柱が熊ゴブリンを包み込む。
それを察知したフェリーが風の膜のようなものを展開させるが、される前……その一瞬、皮膚が焦げるような物凄い温度の熱波を肌で感じた。
炎がやがて収まっていくと、黒焦げになった熊のゴブリンが立っていた。
「ざっとこんなもんです。怪我ないですか?」
「……なんて頼りがいのあるカカシだ」
「ああ……危うくオレも弟にされる所だったぜ」
一家に一台防犯用で欲しいと思いました。
虚構のシスイ 〜異世界に不法投棄されたおじさんが世界に名前を刻みます~ yagi @yagi38
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