24 カカシとゴブリン、それから兄弟
依頼人は「カスミ」と呼ばれる人とセシアちゃんから教えてもらった。
カスミさんと連絡はギルドの受付嬢を通して手紙でやり取りをするのだが、今日すぐに会えるそうだ。
待ち合わせはダアクックを出て少し歩いたところにある使われていない小屋の前だった。
余裕を持って待ち合わせ場所に着く。
しかし来るのが早かったのか、依頼人の姿は見えない。
小屋の中をちらりと見るが、どうやら廃墟のようで、壊れた木の柵や倒れたカカシだったりが見える。元は馬小屋だったのだろうか。
人が来る気配はないし、ゆっくり待っていよう。
そう思って道の端に座り込んだ。
空は晴天、風も気持ち良い。
絶好の散歩日和とも言える。
「……良い天気だな」
「……そうっすねえ」
木々が揺れると楽しそうに葉や枝が笑い、それに乗じて小鳥のさえずる。
平和な日和だ。思わずあくびが出てしまう。
それを見てかフェリーもあくびをして、その場に仰向けになった。
ボクもつい仰向けになりたくなったが、依頼人がこれから来るのを考えて、自分は体は起こしたままで一度背伸びをするくらいに留めておく。
すると「うおっ」とフェリーが声を上げる。
「びっくりした。どうしたんだ、急に声を上げて」
「いや……後ろ」
「えぇ……?」
指をさす方を見ると、先ほどまで倒れていたカカシが何故か立っていた。
「……立ってたっけ?」
「オレの記憶が正しければ倒れてた、と思う」
「だよねえ……」
「なんだか、不気味だよ。おっさん、小屋の中に誰かいないか見てきてくれよ」
「なんだ、怖いのか?」
「幽霊とか昔から無理なんだよ! 頼む、一生のお願いだ」
そう軽々と一生のお願いを使うもんじゃないと思うんだがね。
けれどフェリーに言われなくても、小屋の中を見てみようとは思っていた。
もしかしたら子供がいたずらで隠れてるかもしれない。
小屋を再び覗いて見る、が何もない。
落ちている藁の下や天井も見てみるが、やはり何もない。
カカシが立ったこと以外、これと言って気になることはなかった。
ぞわっ。
鳥肌が立つ。
背中に視線。
振り返ってみるが、あるのはカカシだけ。
立っているカカシを観察してみる。
良く見てみると、ちょっと変わったカカシだった。
典型的な棒をT字に組んで頭を付けたような形状をしている。頭には帽子を付けていて、顔は異世界の文字で顔が書かれていた。ボク等の世界でいうへもへももへじみたいな物だろう。
そこは良い。
ただ気になったのは体の作りだ。
植物の蔓みたいな物でカカシの服が出来ているのだが、主軸となるT字と一体化している。まるで初めからこの形で生まれてきたかのように。
「生きてますかー」
とカカシを叩く。
「生きてます」
「どふぃやああああああああああ‼」
叫んだのはフェリーだった。
唐突に喋り始めるカカシにボクも思わず、数歩後ろに後ずさりをする。
カカシが喋るのは流石にファンタジーすぎるだろう。
「すみません。脅かすつもりはありました」
「あったのかよ。ふざけるな!」
「ま、まあまあ落ち着けよ、フェリー。カカシさんも謝っているんだから」
切れ気味のフェリーをなだめる。きっとこのカカシも謝っているのだから、申し訳ないと思っている……表情が読めん。声も抑揚がないから分からないな。
けれどとりあえず話が進まないから、無理やり話を進めてしまおう。
「それで、カカシさんはここで何をしていたんだい?」
「人を待っていました。待っていたら寝ていました。ぐうぐう」
「カカシも睡眠欲求があるんだな……ってことは君は、もしかしてカスミさん?」
「いえ、私の個体名はカスミです。『カスミさん』ではありません」
「面倒くさいな。分かった、じゃあカスミ。君がゴブリンの討伐の依頼を出したってことで合っているのか?」
「察しました。貴方が冒険者シスイさんで、そして可愛いチャウチャウのフェリーですね」
「おっさん、オレの説明ひどくないか?」
「合ってるだろう?」
「せめてカッコいいのにしてくれよ……」
しかし、これは確かに特殊な依頼人というのも頷ける。
確かに依頼人に会えば人となりは分かる。
でもセシア先生よ、人外のケースだった時の対処はこのクラスではまだ習ってないぞ。
とりあえず、種族が何なのかだけでも聞いてみよう。
「君は随分と独特な身なりというか、見た目というか……君はカカシの妖精かなんかなのかい?」
「カカシの妖精……私の知らない言葉です。一体どういった意味なのですか?」
「え、いや……どういう意味と言われてもなあ」
「カカシの姿をしているわけ分からない奴を指す言葉だよ」
少々不機嫌なフェリーがそう答えると、真に受けるように「なるほど」と返すカスミ。
「しかし、それでは私は該当しません。私の素性は明白ですから」
「じゃあなんなんだよ、アンタは?」
「私はゴブリンです」
「え」
「え」
「だから、私はゴブリンです」
「「……え?」」
衝撃の事実に声がハモりました。
気持ち良い風が大地を、草原を、歩くボク等を、そして目の前を跳ねるカカシを撫でる。
ボク達は依頼にあるゴブリンの討伐の為、ゴブリンのカカシに道を案内されている。
文字に起こすと、一層訳の分からない状況に拍車が掛かるな、おい。
「ゴブリンとは生き物を模倣する植物だと私の飼い主が言っていました。私は喋るカカシを模倣したのだと。だから私はカカシで喋りますし、ジャンプもします。私を見てセシアは褒めてくれました」
「いやカカシは喋らないし、ジャンプもしないよ」
なんだろう、この色々言いたいことが多すぎて何から言えば良いのか分からないこの感じ。
喋る狼がいるんだから百歩譲って喋る魚とか虫ならまだ呑み込めたけれど、カカシが喋るとは。
しかもジャンプしながら道案内してくれるなんて。
この勢いで行くと下手したら喋る炎なんかも出てくるかもしれない。
先ほどの衝撃で苛立ちが吹っ飛んだ様子のフェリーはカカシの周りをくるくる回って観察する。
「こちらを見てどうしたんですか、チャウチャウ。歩きづらいですよ」
「おおっとすまない……ってチャウチャウちゃうわ。いやね、ゴブリンって緑色の子供位のサイズの亜人だと思ってたからさ」
「そうですか。そのイメージは最初に発見された個体が人間の子供を模倣したからだと思います。それに加えて人も襲ったとも聞きます。きっと他の動物の狂暴性を模倣したのでしょう。イメージはそこからだと」
「なるほどね」
まあ、ボク等の場合はゲームやアニメから来る知識なんだけどね。
「じゃあ、カカシを模倣したカスミは普段畑に立って過ごしているのかい?」
「はい。私はここ何十年もこの畑を取り仕切るカカシです」
「な、何十年⁉」
「はい。私はここで何十年も一人、畑で立っています」
何十年も一人でか。
一人、かあ。
カカシが感情を持っているかは分からないけれど、普通なら孤独に耐えられないかもしれない。
なんだかそう考えると、表情は異世界版へもへももへじで全く読み取れないけれど、なんだか寂しそうに見えてきた。
「つらくなかったのか?」
「つらいという感情は、私はまだ分かりません。けれど孤独ではありませんでした。兄弟がいましたから」
「兄弟⁉ 他にも動くカカシがいるっていうのか?」
「いえ、兄弟みたいな存在です」
兄弟みたいな、ということはカスミに友人のように接してくれた人間がいたという事だろう。
そうか、現にボク達とこんなに話せるんだ。
カスミに興味を持って仲良くしてくれる人もいるのかもしれない。
「あそこで麦の収穫をしている男なんかがそうです」
カスミは体をずらして指を指すように棒を向ける。
その先には優しそうな顔立ちをしたおじいさんがいた。
人の良さというのは声や仕草、立ち振舞いから滲み出るものだ。
だから分かる。きっとあのおじいさんも優しさ溢れる素晴らしい人物なのだろう。
おじいさんはこちらに気付いたようで、こちらに近寄ってくる。
なんだ、このカカシも良い出会いをしたんだな。
「お疲れ様です、姉御‼」
「今年の収穫はどうです」
「はいッ‼ 今年は去年よりも豊作で姉御に渡せるみかじめも多く包めると思います」
「みかじめ料はいつもの量で結構です。それより貴方の家族への足しにしなさい」
「! ありがとうございます!!」
男は深くお辞儀をすると、元の畑へと戻っていった。
「彼は私の弟になって今年でもう五〇年になります。もしこの地で畑を作ろうとしているなら、私に一声かけてください。弟として迎え入れます」
「弟っていうか、それ舎弟だよッ‼」
兄弟は兄弟でもブラザーの方でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます