14 夢、あるいは記録 その一
その夜、夢を見た。
多分、会社で働いた頃の、ここに来る前の夢だ。
「先輩、質問があります」
「なんだ。資料の作り方か?この前僕が手取り足取り教えただろ?忘れちゃった部分でもあった?」
「いえ、そんなつまらないことを聞きに来たわけじゃないです。ただの雑談です」
「……つまらないって言うなよ。まあ気持ちは分かるけどね。で、質問って何?」
「先輩はもしデスゲームで恋人の命か、自分の命を選ばなきゃいけなくなった時、どっちを選びます?」
「何それ、何かの海外ドラマの設定か何か?」
「なんで分かったんです?」
「いや、なんとなく」
昔そういうデスゲームを主催するおやじが出てくる映画があったんだよな。まあ、僕は見たことないけど。怖くてね。
「で、どうなんです?」
「え、何が?」
「恋人か、自分かどっち選びます?」
「そうだな……恋人って言うのが一番かっこいいんだろうけど、多分僕は自分優先しちゃうんだろうな」
「うわあ、先輩ってうわあ」
「口では何とでも言えるけどさ、実際にそういう場面になったらそんな他人のことを考えてられる余裕なんて自分は持ち合わせていないと思うんだ、じゃダメ?」
「なーんか、現実的ですね。つまらないと言いますか。でもこれで恋人って選んでくさいセリフを吐かれても反応に困って苦笑いしてましたから、どっちもどっちですね」
「それって……僕どっち答えてても嫌な思いするじゃないか」
「言われてみれば確かにそうですね」
後輩ちゃんはコーヒーを注いだカップを僕の目の前にあるテーブルに置く。
「でも、先輩は優しいので意外と助けたりしちゃうんじゃないですか?私が危なかった時とか」
「……ないよ。そんなことは」
「いえいえ、謙遜しなくて良いんですよ。先輩は良い人ですから」
後輩はニヤリと笑って言った。
「私の知る先輩なら、ね……」
その顔は影が濃くて、よく見えなかった。
これは記憶だ。
最近の記憶だ。
最近の記憶だった、はずだ。
けれど、なぜかとても懐かしい。
まるで古い絵画を見ているかのように埃が積もり、かび臭く、懐かしい。
その景色にいる彼女の声は音符のように正確に、姿は石膏彫刻のように精密に、仕草はパターン化されたプログラムのように、鮮明に思い出せるのに、どうしてこうも無機質に、欠落して映るのだろうか。
ふと、目が覚めた。
横で珍しく静かに寝ているフェリー。みっともない姿だ。よくもまあ、それほど油断して寝れるものだ。
なんとなく、夜風に当たりたくなって窓を開ける。
窓を開けると、人気のない街が広がる。人は一人としていない。風は一吹きもしない。生気を失ったような、深い、深い眠りに落ちた街。
死に絶えた音の中から願うように音を捜す。
街を眺めながら、誰か人が通らないかと、淡く待つ。
そうして皆死んでしまったことを悟ると、夢で見た景色に夢想する。
彼女の声を。
彼女の姿を。
彼女の仕草を。
ただ空間に響く音のように反響させる。反響した音は次第に濁り、やがて元の音が分からなくなっていく。溶けていく。失っていく。そして、いなくなっていく。
喪失感が胸を打つ。
自分自身に失うものなど初めから、何もなかったというのに。
はたしてこれは、誰が落とした喪失感なのだろうか。
はたしてこれは、誰が聴いた願いだったのだろうか。
はたしてこれは、誰が記録した夢なのだろうか。
凍るような月が美しく、無機質に、仮初の光で照らしてくれる。
まるで劇場のスポットライト。自分だけを照らしていて、心が躍るようにカラカラと木霊する。
今なら、声が響くような気がした。
「なあ、後輩ちゃん。僕は……君をなんて呼んでいたのかな?」
月が陰る。
声は誰の耳にも届かない。
届くことに期待していない。
初めから、心に光なんて差し込んでなどいなかったのだらか。
より深く沈む夜の帳。
ボクはそれを眺めながら、ギルドカードを遊ぶように手の中で回した。
・ ・ ・・・・・・ ・・
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