07 無策な策 (上)
立ち込める砂塵と頭に募る砂。
潰されたかのように思えたあの状況だが、なぜかボクは生きていた。砂埃が凄すぎてまともに息はできないけれど。
目を開けると、深い切れ目の中にボクとフェリーはいた。
「おっさん、生きてるか?」
「一応なんか、生きてる。よく生きてたな、アレで」
「咄嗟にウィンドショットを地面に撃って、出来た穴に避難したんだ。でも結構ギリギリだったぜ。もう少し浅かったら潰されてた」
落ちてきた岩は約一五センチ上のところで止まっていた。
もしもこの穴が浅かったら、と想像するだけでぞっとする。
「しかし、どうする?ボク達閉じ込められちゃってるんだけど」
「知ってるか、おっさん。犬って穴掘りが得意なんだぜ」
堀った土を顔面に浴びながらも、なんとか外に出ることができた。
また亀が襲ってくるのではないかと警戒したが、すでに亀はどこかに消えていた。
ボクはホッと胸を撫でおろす。
あんな死ぬ思いはもうこりごりだ。
できれば二度としたくない。
「さてさて、何とか凌いだけれど。これからどうするか。反省会でもするか?」
「反省会? 一体全体何を反省する事があるんだ?オレは今まさにおっさんの命を救ったんだぜ?」
「いや、それはそうなんだけど、その前がちょっとアレだっただろう?なんだ、あのウィンドショットって魔法は。全然当たってなかったじゃないか」
「いやあ、それはなんだ。返す言葉もございません。いやでも難しいんだぜ?風魔法っていうのは」
「言い訳を聞こうじゃないか」
「風魔法って周囲の風をまとめて放つ魔法なんだが、撃った時に気流をいじりながらうまく調整する高等テクニックを要求してくるんだ。だから当てるにはできるだけ近くなくちゃいけない。射程が短いのさ」
「ちなみに聞くけど、他にはどんな魔法があるんだ?」
「冷たい風を出す魔法、あったかい風を出す魔法、冷めた料理か出来立ての料理か分かる魔法。あとは匂いを手繰り寄せる魔法……」
「待て待て、攻撃できる魔法が全然出てこないぞ」
実用的ではありそうだけど、現状において実践的ではない魔法ばかり上がっている。
というか冷めた料理とあったかい料理を見分ける魔法って限定的すぎないか?
別に魔法じゃなくても分かるんじゃないのか、それ。
あと最後の魔法に関しては多分お前が犬だから嗅覚が鋭いってだけで魔法ではないと思う。
「攻撃する魔法はさっきのウィンドショットのほかにいくつかあるけど、あのデカい亀に効きそうなのはあんまりないな。まあ、あるにはあるけどウィンドショットよりも近づかないと意味ないしなあ」
「フェンリルって強いと思ってたけど期待しすぎたか……」
「おいおい、舐めてもらっちゃ困るぜ。元のサイズに戻ったら魔法だってもっと強くなるし!むしろこのサイズで丁度良いハンデみたいなもんだし!というか、おっさんに関してはただ逃げてるだけだったじゃないか」
「いやあ、痛い所をついてくるね。だがただの一般人の、それも中年男性のボクが出来る事なんてあったか?」
「ここは任せて先に行け、とか言って亀を引き付ける……とか?」
「それだと、ボクが先に逝っちゃうよ……」
普通に考えてほしいのだが、異世界に来たばっかであんな亀相手にできる訳がない。
こちとら、ただの一般人だぞ。
ちょっと物を引き寄せられるくらいの能力しか持ってない、ただのおっさんだ。
しかも触らないと永遠に付いてくるという、なんとも面倒な条件付きの使いづらい能力だ。
グオオオオオオオオオオォォォォォ
少し離れたところで聞き覚えのある咆哮が聞こえる。
まだ亀は近くにいるらしい。
「早くこの場から離れた方が良いな。フェリー、町はどっちの方角なんだ?……フェリー?」
フェリーの方を見ると、耳を立てて、鼻にしわを寄せていた。
間を開けて口からぽろっと言葉をこぼす。
「血の匂いがする……人の血の匂いだ」
「何だって」
「おっさん以外にも人間がいたんだな。匂いからして四人。男三人と女一人。怪我をしたのは男、多分大柄の中年くらいだ」
「十中八九あの亀に襲われてるってことだよな」
「どうするおっさん。今なら亀に襲われずに町に行けるぞ」
「……」
すぐに答えは出せずに、思考が加速した。
いや、もしかしたら遅くなったのかもしれない。
頭にあったのは、理想とそれに対する現実だ。
理想としてはやっぱり助けに行くのが正しい。
誰かを助けるというのは価値のある行いだし、感謝もされる。それでいて、きっと格好がつくのだろう。
けれど同時に思い出す。
先ほど追われた新鮮な焦燥感とボクの中に刻まれた死の瞬間の恐怖と喪失感の残滓。
その記録を、鮮明に思い出す。
あれは中々に堪えるらしい。足がすくむには十分すぎる理由になってくれるのだろうか?
だから、
「に……げる、ない!助けに行く」
……きっとこう答える。
だってこれでも後輩ちゃんを身を持って助けてしまう、アレはそんな格好の良い人間なのだから。
だからこうやって、震える足を叩いて見栄を張るのだ。
「すげー恰好付いてないけど、オレは好きだぜ。そういうセリフ。そういうのをオレは待ってた」
「フェリー、体は正直だな。足震えてるし、尻尾だだ下がりだぞ」
「言うなよ‼ オレの心は割れ物なんだぞ。でもここで見逃したら、後味が悪いだろ。きっと後悔すると思う」
そんなことで助けに行こうと言っているのか、この犬は。
高校生の前で恰好つけるために、助けると強がって言ったボクが不純に見えてくる。
「でも、無策で行くのは無謀だ。だから作戦を考えるぞ」
「でも悠長に考える時間なんてないぞ。事態は一刻の猶予もない」
「だから走りながら考えるんだ」
ボク達は無策に策を考えて、森の中に駆けていった。
◆ ◆ ◆
大きな衝突音。
俺ことダインはタイタンタートルの突進を大盾で防いだのだが、あまりの衝撃に耐えられず後方に吹き飛ばされる。
「畜生、いてえな」
負傷した左腕を押さえる。後方に大盾が転がった。
普段ならこれしきの事で音を上げたりしないが、さっき右腕に岩が刺さってしまったことが結構効いている。
「状況確認‼」
「剣士のリアック、ダウンしてます」
「怪我したのか?」
「無傷ですけど、岩が頭に当たって気絶してます」
「頑丈で結構。けどこのままじゃマズいな。俺がこの場でこいつを足止めするから、その間にお前らは引け」
「でもそれだと団長が無事じゃ済まない」
魔導士のセシアは駆け寄り、回復魔法で少しでも傷を癒そうとするが、それを制止する。瞬間的な回復は望めないことは分かっていたからだ。
「大丈夫。俺の体は頑丈だ。ちょっとやそっとじゃ死にはしなさ。今優先されるのはお前らを無事に返すことだ。相棒頼んだぞ」
「しかしお前、普段の装備じゃないだろ……」
「まあ、ただのピクニック感覚の依頼だったからな。軽い装備しか持って来なかった。だが、これくらいの事何度でもあっただろう?」
相棒のバウアーは厳しい顔をする。
彼は冷静に現状を整理していた。
ダインがいくら頑丈だと言えど、相手はこの森の主であるタイタンタートルだ。
このまま置いていけば死んでしまう可能性もあるだろう。
けれどこのまま残って、立ち向かったとしても、自身やセシアが居てどうにかできる相手ではない。
「死ぬんじゃないぞ……」
「当然」
「必ずまたお会いしましょう」
「へにゃ~……」
相棒の戦士は二人を抱えて走る。
バウアーは振り向かない。
それはバウアー自身がダインという男を信じているからだ。
バウアーは思う。あいつはここで死ぬような軟な奴じゃない。
そのことを俺は知っている。これまで色んな修羅場を潜り抜けてきた仲だ。
今は兎に角こいつ等を安全な場所に避難させて、救援を呼んだ後に急いで助けに行くのが最善の手だ。この場の俺の役割はそれをしっかり遂行することだ。
頼むから、俺が来るまで踏ん張ってくれよ……。
「あいつらは行ったか……」
俺は自分の木製の盾を拾い上げる。
ちゃんとした装備だったらこうはならなかっただろうが、今はそんなことを悔やんでも意味がない。
大盾を構えて亀に向かってガンを飛ばす。
「さあ亀野郎。どっちが硬てえか、勝負しようじゃないか」
その言葉を合図にするように、タイタンタートルは巨体を大きく揺らして突撃してくる。
山のような怪物だ。轢かれたら、ただでは済まないだろう。
けれどこちらにもこのパーティーの頭目としての意地がある。
ただでやられるつもりなど毛頭ない。足掻きに足掻いてこの亀にトラウマを植え付けてやる。
亀との距離は残り僅か数メートル。
この後に来る衝撃に体に力を込める。
しかしその瞬間、何かが亀の顔に直撃する。
よく見ると、それは食べかけの果実だった。
亀と俺は果実が飛んできた方を見ると、一人の男が立っていた。
「ぺっぺ、やっぱこの木の実酸っぱいな。加熱したら甘くなるのか?ああ、いやそんな事よりも、やい亀さんよ。さっきは岩のプレゼントありがとな。そのお礼と言っちゃなんだが、ボクの食べかけた木の実をあげるぜ。受け取りな」
続けてもう一つ果実を投げる頃には。亀の注目は俺ではなく、あの男に向いていた。
「そこの人、こいつはボクに任せて先に行け。じゃあ、さっさと行くぞ亀野郎。悔しかったらついてきな」
そう言って男は森の中へ消えていく。それを追ってタイタンタートルも木々をなぎ倒し、地響き鳴らして去っていった。
何だ、これ。良い天気の日に依頼に出たと思ったら、森の主に襲われ、仲間を逃がして戦おうとって時に謎の男に「逃げろ」と言われる。
思わず天を仰ぐ。
なんだか……ことごとく上手くいかない日っていうのはあるもんだな、まったく。
おっと、いかんいかん。こうしちゃいられない。
今みたいなセリフを吐く奴はロクな目に合わないのだ。このままでは「先に行け」が「先に逝く」になりかねない。
「仕方ねえか‼」
悪態をついてニヤリと笑うと、俺は亀の後を追った。
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