06 おじさんとフェンリルと亀

 拝啓、今日も空は悩みが浄化されるように晴れ晴れたとした天気ですが、後輩ちゃんは元気にやっているでしょうか。そちらの方はもしかしたら、雪でも降ってる頃かもしれません。先輩は今現在何をしているかといいますと……


「うおおおおおおおおおおおおおおお―――――――‼」

「ふおおおおおおおおおおおおおおお―――――――‼」


グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――!!


 異世界で巨大な亀に追われていますが、今日も元気に生きています。

 何故ボクとフェリーがこんな状況になっているか、分からないと思うので、少し巻き戻ってみよう。



「なあ、ふと思ったんだが、フェリー君」

「前々から思ってたんですけど別に君付けしなくて良いっすよ。オレ、心はまだ十七歳なんで」

「どこぞの名探偵が言いそうなことを言うな。じゃあ改めてフェリー、その姿で町に入れるのか?」

「これじゃマズいかな?オレ、これでも伝説級の生き物やらせてもらってますけど」


 大型犬ならいざ知らず、見上げるほどに大きな狼ともなると「はい、そうですか」と通してくれるとは思えない。たとえそれが伝説級の生き物であるフェンリルであろうとも。


「って、フェンリルってそんなレアな存在なのか?」

「世界で一匹しかいないらしいぜ。今は母上と兄上とオレ合わせて三匹だけど」

「ほへえ。ちなみに伝説の生き物って他にどんな奴がいるんだ?」

「えーと、何だったっけな。オレが覚えているのは主に三体。神出鬼没の赫竜グラディース、嵐の化身である海神竜リヴァイアサン、知恵を授けてくれると言われる賢獣ユニコーンだな」

「どれも強そうな肩書だな。竜が多いってことはやっぱドラゴン系は強いんだな」

「リヴァイアサンは竜って言われてるけどアレは魚類だぜ。強さで言うのであればフェンリル含めて一番ヤバいのは赫竜グラディースだ。一息で山や町を吹き飛ばす炎を吐く。ここ目撃されたのは二回だっていうのに、世界で最も生物を殺戮した生き物として登録されてるんだ。他の奴らが種族名で呼ばれる中、アイツは個体名で恐れられているからな」


 そんな化け物がこの世界にいるのかよ。一息で山を吹き飛ばすって、それはもう生き物の域を超えてるじゃないか。


「よし、異世界のトリビアを知ったところで話を戻すんだが、フェリーはどうやって町に入るつもりなんだ? 体を透明に出来るとかができたりするのか?」

「体を透明にするなんて能力はないけれど、なんならオレ欲しいくらいの能力だけれど、それとは別の策があるんですよ。見ててくださいよ」


 そう言うと立ち止まって、少し唸りながら体を力ませるフェリー。すると体毛が一斉に逆立ち、徐々に体が縮んでいく。いや、これは縮んでいるのではない。体が変形しているのだ。前足が徐々に短くなるのと同時に指が伸びてゆき、足は腕とは反対に太く、どっしりと骨格、筋肉になっていく。

 そうして変化が終わる頃には、ボクより少し背が高い二足で立ったフェリーの姿があった。


「これで、はたから見れば獣人として認識されるはずだ」

「すげーな! 変身もできるのか、フェンリルってのは」


 全く生物としてどうやって進化すればこんな形態になるのか分かったもんじゃないが、これは異世界だからと飲み込もう。確かにこれなら獣人として町に入れそうだな。


「というか獣人がいるのか、この世界」

「この世界の種族は人間、エルフ。ドワーフ、獣人の四種類の種族で構成されてるんだ。おっさんから見てどうだ?ちゃんと獣人に見えるか?」

「獣人を見たことがないから分からいけど、親しみが湧くくらいの愛嬌はあると思うぜ。にしても、そんなに色んな種族がいるのは良いねえ。異世界って感じでワクワクするじゃないか」


 そっか、そっか。ドワーフに獣人にエルフか。エルフ良いな。是非とも会ってみたい。やっぱりみんな美形なのだろうか?違うよ、ボクは別に怪しからんことを考えているわけじゃない。ただ、異世界の生活を堪能するのにやっぱ会っておきたいと思っているだけなのだ。

 なんて、楽しく妄想に浸っていると、それを破るように大きな地響きが起きる。


(あ……やべ)フェリーが小さく何かを言った。


「フェリー、今お前なんか言……」


グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――!!


 質問を打ち消すような轟音と共に、何かが木々をなぎ倒して迫ってくるのを、背中で感じた。地響きはどんどん大きくなり、ようやくこれが足音だということに気付いた。

 そうして一番大きな地響きが鳴ったと思うと、急に静かになった。

 猛烈に嫌な予感がする。背中に感じる吐息がその思考を加速させた。


「おっさん、ゆっくりだぞ」

「言われなくとも……」


 ボクとフェリーは息を飲んで振り返る。

 体には木々が生い茂り、まるで生きた小山のようで、その下にはどっしりとした甲羅。それに気づいた時、ようやくボクは巨大な亀のモンスターが、瞳孔をガン開きでこちらを覗いてることに気付いた。

 回想、終わり。

 


 そんなこんなで、全速力で逃げているわけだ。わけなのだが……


「何なの、あの大きな亀さんは!?」

「タイタンタートル。この森の主として君臨しているでっかい亀!」

「なんでコイツ、ボク達を追いかけてるんだあ?! フェリー以外に食べカス投げてないけどおおおおおッ」

「ああ……多分だけど、オレのせいかも」

「なんだって!?」

「フェンリルの姿の時は周辺に威圧して猛獣が襲ってこないようにしてたんだけど、この姿になると範囲が軒並みしょうもなくなっちゃうんだよね……変に刺激されて多分ご立腹なんだと思われます」

「じゃあ、元の姿に戻れば良いのでは?」

「いや、非常に言い難いんだけど、一度変身すると元に戻るのに時間が掛かるんですよね……」

「じゃあ、なんで変身したんだよッ‼」

「だっておっさんが見せてって言ったからさあああああああッ‼」


 フェリーと言い争いをしていると、いざこざを仲裁するように、空から大木が降ってきてボクらの丁度間に落ちてくる。下手をすれば今ので死んでいた。異世界来てから、というか来る前からロクな目に合ってないのだが、ボク。


「とりあえず、ここで言い争っても意味がない。どうにかしてこの場を乗り切らないと」

「賛成だ。具体的にはどうする」

「ボクができる事と言ったら物を引き寄せる特殊な力があるくらいだ。正直当てにならない。頼みの綱はフェンリルであるお前の力なんだが」

「スゥー……やってみるか!」


 フェリーは踵を返し、巨大な亀と対面する。手を突き出し、人差し指と中指をさながら指鉄砲のように構えて亀に狙いを定めると、周囲に風が吹き荒れ、フェリーの指に収束する。


「ウィンドショット!」


 その言葉と共に風が刃のように飛んでゆき、亀の隣を何事もなかったように通りすぎていった。続けて二発、三発と撃つが全部どこか彼方に飛んでいった。


「……やっぱりだめか」

「やっぱりって何?ドユコト、一発も当たってないんだけど?」

「風の魔法って制御が難しくて、あんま当たった経験がないんだよね」

「他の魔法は?」

「フフン。風魔法しか使えない」

 

グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――!!


 タイタンタートルさんはどうやらさっきの攻撃でカンカンみたい。

 先ほどよりも見境がなくなっている。木どころか巨石まで飛んでくるようになったのが良い証拠だ。地形をえぐりながら進んでくるのがさっき見えた。


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼」」


「とにかく撃ち続けろ!! もしかしたら当たるかもしれん」

「ウィンドショット! ウィンドショット! ウィンドショット……ああ、やべ酸欠になってきた」


 確かに当たらないウィンドショットではあるけれど、周りの木を倒したりして、亀の行く手を多少なりとも邪魔できているみたいで、無駄にはなっていない。その倒れた木が前方に飛んできてボクらの進行も妨げているのを除けばだが。


 ドカン!


「あ、当たった」


 そんな中で一発のウィンドショットが亀に命中する。

 が、へっちゃらと言わんばかりに、怯みもしない。


「硬すぎるだろ、あの甲羅。これでもその辺の木とかならスパスパ切れる程度には強い魔法なんだけど!」

「ちょっと待て……亀さんの様子がおかしいぞ」


 先ほどの地響きが止まっていた。タイタンタートルはその場で動かなくなっていた。もしかして、さっきのウィンドショットが良い場所に当たったのだろうか?

 いや、違う。それはボクらが望む結果であって実際は違う。亀は大きく空気を吸い込んでいた。その勢いは凄まじく、周辺の砂や石、木なんかも一緒に亀の巨大な口へと吸い込まれていた。


「なんか、猛烈に嫌な予感がする」「同じく」


 そう答えた瞬間、亀の背中から何かが射出される。

 石だろうか?

 いや、もっとデカい。

 降ってきたのは岩石だった。先端が鋭利に研がれた岩石だ。

 それも一つだけじゃない。三つ四つと、さながら対空ミサイルを飛ばしてくるように飛んでくる。


 瞳を閉じる前に見た光景は、岩が眼前まで迫ってくる景色だった。

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