07 無策な策 (下)

 どうやらさっきの挑発は効果覿面だったようだ。フェリーでの実績があるから期待していたけど、まさかこれほどまでだったとは。

 しかし、改めて追われているがこの亀、足自体はそこまで早くないと感じる。ボクが頑張って走れば何とか追われない程度の速度。

 まあ、逃げ切る前に体力なくなって挽肉になるのがオチなのだけれど、今回は違う。こちらにも作戦がある。

 作戦はこうだ。


「まずおっさんが亀をオレがいるところまで引き付けてくれ」

「分かった。それでその間お前はどうするんだ」

「さっき話していた魔法を発動する準備する」


 さっき話していた魔法。唯一効くかもしれないが、よほど近くで撃たないと当たらないと言っていた魔法か。


「付け加えるとその魔法は、発動するまでかなりの時間が掛かる。だから、それまでも時間稼ぎも兼ねてオレはここでもう魔法を始める。おっさんはどうにかして、ここまでおびき寄せてくれ」

「分かった。亀はボクに任せろ。その代わり絶対当てろよ。絶対だぞ。絶対だからな」

「手厳しいね。それもおっさんが連れてこれたらだから、任せたぞ」



 逃げる時も今回も、要はフェリーだ。ボクはそのサポートに徹する。

 適材適所がモットーとして生きた為、ちょっとは活躍して年長者の凄さを見せつけてやりたかったなんて、一ミリも思っていないとも。

 そんなものは犬に食わせたわ、文字通りね。


 そんなことを思っていると、フェリーのいる場所に近づく。

 すると背中から強い追い風が吹いてきた。いや、感覚的には押されているというより、吸い込まれるような感覚に近い。

 開けた場所に出ると、フェリーがいた。


 フェリーの腕には魔法陣が三つ、重なるようにして発動しており、魔法陣が敷かれた腕を引いてこぶしを構えるようにして立っていた。

 風は砂塵を巻き上げ、練り上げられた魔法の全貌を明らかにする。

 フェリーの腕に敷かれた魔法陣から「キイイィィン」と、まるでジェット機のエンジンのような音が響き、巨大な風のうねりが魔法陣に向かって螺旋状に収束している。

 周囲の木々が風に煽られ、フェリーの方へと靡く様は、森の主であるフェンリルに自然そのものが力を献上しているようだ。


 その姿にはあの臆病な高校生の様子はなく、冷徹に獣を殺すフェンリル本来の姿になっていた。



「収束率九五%……お、おっさん来たか。こっちはほぼ準備万端だぜ」


 ボクを見た途端、瞬で元の顔つきにも戻るフェリー。別人でないことに、少し安心した。


「すげーな、その魔法。こう、何かすげーな」

「そりゃ奥の手だからな。おっさんが来たってことは亀さんもそろそろ到着って感じか」

「背中にぴったりついてきてるぜ」

「いや、見えないけれど」

「え、さっきまでぴったりついてきてたはず……」


 おかしい。

 さっきまで馬の前につるされた人参みたいな距離感で走ってきたはずなのに。

 振り返ると、少し距離を置いた場所に亀は静止していた。

 この感じ、覚えがあるぞ。

 さっきの岩石落としと全く同じ状況だ。


「動きは鈍いけど、頭までは鈍くないらしい。オレの魔法を危険だと気づいたようだな」


 その可能性は考えていなかったわけじゃない。

 前回岩を飛ばしてきた時も、ウィンドショットが当たった後だった。

 一瞬でも脅威と感じたら、距離を取る。

 その警戒心の高さがこの生物をこれほどまで大きく、強くした。そう考えると、この亀の積み上げられた巨体と立ち振る舞いには、生き物としての生命力と美しさを感じてしまう。


「呆気に取られてるとこ悪いけど、どうする。計画が破綻しちまったぞ」

「いや、まだある」


 まだある。それはボクの引き寄せる能力。

 物の重さ、質量関係なく引き寄せる、本当に謎の能力。

 ただこの力を動物に使ったことは今のところない。 

 果たして上手くいくかどうか。

 いや、上手くいくことを願うしかない。

 ボクは亀に向かって腕を前に構える。そうして亀が引き寄せられるイメージをする。

 けれど亀はこちらに引き寄せられる様子はなかった。

 やっぱり動物は無理なのか。

 いや、違う気がする。

 今感じたのは何を引き寄せるか定まっていないような感覚だ。

 きっと何を引き寄せるか、具体的に想像しなくちゃいけないのだろう。

 なら、狙うはあのでっかい甲羅だ。

 意識を甲羅に集中する。

 こっちに来い。その立派な甲羅を触らせやがれ。

 さながら亀が大好きで甲羅に頬擦りをしていそうな人間がいうセリフみたいになってしまったが、その願いが聞き入れられたようで、タイタンタートルはこちらへと引き寄せられ始めた。


「すごい、亀がこっちに来てるぞ!おっさん一体何をしたんだ」

「これがボクの能力らしい。物を重さとか関係なしに引き寄せる、欠点はボクが触らないと永遠に追っかけてくることなんだけど……」

「じゃあ、頑張ってハイタッチよろしく」


 先ほど走っていたくらい速度でこちらに引き寄せられている亀。

 くそ、上手く引き寄せられない。

 最初に能力を使った時の木みたいに飛んでこないのは、亀が地面に踏ん張って抵抗しているからだろう。

 タイタンタートルはどうして引っ張られているのか困惑している様子だったが、困惑はすぐさま怒りに変わり、雄叫びを上げる。

 亀は辺りの砂、石、木々ら吸い上げ始める。やがてタイタンタートルの甲羅がぐらぐらと大きく揺れ始めた。

 この動き、さっきやってた岩を飛ばしてくるヤツだ。


 ドカン!!


 大きな音と共に岩石がボクらに向かって飛んでくる。

「まじか……」

 このままではフェリーの射程に入る前に岩が飛んできてしまう。ボクは亀を引き寄せているからこの岩を動かせない。フェリーなら今貯めている魔法を使えば岩をどうにかできるかもしれないけれど、亀に攻撃できなくなっては本末転倒だ。


 これは、詰みだな。


 岩が降ってくる。

 二度目の景色。

 やっぱりというか、当然というか、突貫工事みたいな作戦だったから穴凹だらけ。こうなることは想像できてたじゃないか。

 流石に恰好付けすぎた、かな。


 岩が太陽を覆う。時間がゆっくりになっているような気がする。これが俗にいう走馬灯という奴なのだろうか?

 そんな気の抜けた思考に打ち消すように、別の影がボクの視界を覆った。

 それは先ほど亀に襲われていた大盾を持った男だった。


「どっせいッ!!」


 男は岩を盾で弾き飛ばして見せた。

 あれほどの岩を易々と弾き飛ばしている姿に驚愕していると、男は振り返り、名乗りを上げる。


「俺は冒険団『ガランダムの尾』の団長、ダイン。貴公らの勇気ある戦いに助太刀致す」

「あんたはさっきの盾持ってた人!」

「ここは任せて先に行け、なんて言う奴は大抵ロクな目に合わないからな。心配になって来てみたら案の定だ」

「おっさん、そんな事言ったんすか。それ死亡フラグっすよッ‼」


 そんな呑気な会話を許さないと言わんばかりに飛んでくる岩々。

 さながら日本の武士のようなセリフと共に現れた男、もといダインは左手に持った大盾で見事それらを受け流す。

 片手だけでよく軽々と受け流せるな。

 そう一瞬思ったが、それは違った。

 ダインの腕を見ると、右腕を負傷しているようで腕に巻いた布に血が滲んでいた。

 庇っているんだ、右腕を。

 余裕そうな印象から一転して、相当無茶をしているように目に映る。

 ボクが察したことに気付いたようで、


「俺が捌けるのは精々あと一発ってところだな」


 ダインは宣言した。


「了解しましたよっとッ‼」


 ボクは意識をさらに亀の甲羅に集中する。

 一秒でも速く、フェリーの攻撃が届く距離まで連れてく為に。

 届け、届け、こっちに来きやがれ。

 亀の進行が速くなる。


 『残り四〇メートル』


「収束率一〇八%」

 フェリーの詠唱が横に聞こえる。

 亀は背中をこれまでよりも激しく背中を揺らす。 

 

 『残り三〇メートル』


 背中から同時に岩が三つ射出される。


 『残り二五メートル』


 ダインは一つ目の岩を体当たりをするかのように強引に弾き返した。

 その時、ダインの持っていた木製の盾は砕ける。


 『残り一五メートル』


「圧縮率……臨界」

 封じ込めた膨大な風を圧縮するように、三つの魔法陣は一つに集約される。あの量の風を圧縮するとなれば、当然高熱が発生する。それを証拠に巻き上げた葉や小枝がちりちりと燃えていた。

 しかし、フェリーはものともしない。彼の体毛がわずかに金色に輝くのが見えることから推測するに、何かしらの魔法で熱を防いでいるのだろう。


 残りの岩がフェリーに向かって飛んでくる。


 『残り五メートル』


「入った」


 フェリーのその言葉と共にフェリーを中心に突風が吹き、その強い突風に岩は吹き飛ばされ、遠くに飛んでいく。ボク自身もその強い風に当たり、後方へ吹き飛ばされる。

 次に顔を上げるとき、確かに見た。フェンリルと呼ばれる、その所以を。


「ターゲット・セット、風力解放。穿て、極大魔法『空気砲』‼」


 そう叫ぶと腕を正拳突きのように突き出し、集約した風を一気に開放する。


 ヴォンッ‼


 低く重い破裂音が鼓膜に、いや周期の空気もろとも揺らし、響き、そして穿つ。

 彼の腕から放たれる風の波動は、周囲のあらゆるものを巻き込み、壊し、吹き飛ばす。

 頑強であろうタイタンタートルも例外ではない。

 波動が到達した途端、立派な甲羅にヒビが入り、大部分が砕け散った後、タイタンタートルの本来の姿が露になる。

 その姿に先ほどの堂々とした趣はなく、間の抜けたオオサンショウウオみたいに見えた。

 しかし、魔法は正体を明かしただけでは留まらず、亀を高く、遠くに吹き飛ばし小さな星にした。


 その大魔法とやらの威力に、ボクは驚かずにはいられなかった。

 奥の手と豪語するのも頷ける破壊力だ。

 やはり彼は本当にフェンリルなのだろう。

 

 しかし何故だろう。その魔法を聞いた時、脳裏に青い猫型のロボットがチラついていた。


 そんな魔法の威力に度肝を抜かしているのも束の間、引っ張っていた亀の甲羅の一部がボクの顔面に亀の甲羅の破片が飛んでくる。


「ぐぼほッ‼」

「おっさん⁉」


 唐突に襲う鈍痛に、意識はのらりくらりと揺れて、崩れるようにその場に気絶した。

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