第6話
3月6日。ついにこの日がやってきた。
私は自室に篭りながら、パソコンの前でその時を今か今かと待った。
デジタル時計は9時55分を示している。10時から始まる『合格発表』まで残り5分を切った。
残り時間に反比例するように鼓動が高鳴っていく。
共通テストの結果確認の際にいてくれた誠はいない。もし落ちた時に彼に対してどんな顔をすればいいのか分からなかったため呼ぶことができなかった。
誠には私の受験番号を伝えてあるので、彼もまた調べてくれていることだろう。
私は孤独の中、掲載される時を待つ。早くなる鼓動とは対照的にゆっくり呼吸をする。5秒吸って10秒吐く動作を繰り返しながら時計を見る。
9時58分。15秒。30秒。呼吸を繰り返すごとに時間はどんどん進んでいく。
9時59分。15秒。30秒。45秒。そして、10時。
私はマウスのクリックボタンを押し、合格発表の掲示板を開く。
アクセスが集中しているのか、アイコンの周りを青いバーがグルグル回る。サイトの上にも青いバーが微かに姿を表す。それは動くことなくフリーズしている。私は青いバーを見ながらもどかしい気持ちに駆られる。
おそらく私を含めた受験生の全員が同じ感情を抱いていることだろう。
もう一度、ロードしてみるも結果は変わらず。青いバーは左端でずっと止まっている。
私は合格できているだろうか。孤独の中で湧き上がる不安を押し留めながら必死に画面に目を向ける。
手首につけていた腕輪を外し、まるで数珠のように親指以外の4本の指に括っては祈りを込める。何度ロードしても全く開いてくれない掲示板に苛立つ。頼むから早く結果を見せて欲しかった。
いつまでも待たされることにうんざりする。
せっかくの願いが消えてしまいそうになる。不安も消え、無気力な感情が私を包み込む。
お願いだから早く結果を出して。何度も何度もロードしてもアイコンに映る青いバーが回るだけ。
「プップーン!」
すると、ポケットにしまっていたスマホから通知が飛んできた。
合格発表の緊張が揺らいでいたからか、私はポケットからスマホを取ると届いた通知に目をやる。
そこでパッと視界が開かれる感覚に陥った。
瞬間、目の前に映るパソコンの画面が切り替わる。上下左右に広がる数字たち。ふと見た視線の先に私はとある数字を目にした。
私の受験番号だ。
驚愕と安堵で脱力し、手に持っていたスマホが手元から離れ、床に落ちる。
「ははっ。まったく馬鹿なんだから。先に送ってくんなよ」
パソコンを閉じて机にうつ伏せた。その状態で床に落ちたスマホに目を向ける。そこには誠からのメッセージが表示されていた。
「香恋っ! 合格おめでとう!!!!!!」
大学からの発表を見る前に誠から先に結果を教えられてしまった。
本当なら怒りたいところだが、今は合格した嬉しさ故に寛容な気持ちになっている。色々な感情が合わさり、なんだか笑えてきた。体がブルブル震えてくる。
「プップーン!」
さらにスマホにもう一件通知が届く。
見ると、誠がさらにメッセージを送ってくれていた。
「今夜19時、俺たちの母校に来て!」
****
約束の時間ピッタリに行くと誠は校門の前で待っていた。
3月に入り、ほんわかと暖かくなってきたものの夜はまだ寒い。普段は長ズボンを履いて過ごしているが、今は丈の短いスカートを履いている。
誠から「学校に来る際は制服を着用すること」と指示を受けたのだ。
校門の前で待ち合わせをするため、怪しまれないように制服を着ていくのかと思ったが、待っていた誠はスーツを身に纏っていた。大学の入学式の際に買ったのだろう。
「合格おめでとう!!」
「ありがとう。てか、あんなに早く報告して来ないでよ。誠のメッセージで自分の合格を知ったんだからね」
「ごめんごめん。でも、どのみち合格だったんだから良かったじゃん」
「そりゃそうだけどさ。なんて言うか、呆れの方が強くて感動が薄れちゃったな」
「まあまあ、今度何か奢ってあげるから勘弁してよ」
「海外旅行でチャラにしてあげる。それで、こんなところに呼んで何するの? しかも、私だけ制服って」
「ああ、そのことなんだけどね」
誠は持っていたカバンを探り、中からあるものを取り出した。
細長い筒。蓋の部分に赤いリボンが括り付けられている。私はそれを見てハッとした。
去年、誠からの受け取りを拒否した私の卒業証書だ。
「去年、卒業式に来なかったじゃん。だからさ、今から卒業式を行おうと思って。とは言っても、卒業証書授与だけだけど。さあ、俺の目の前に来て」
誠は筒から賞状を取り出すと、角の方にカバンと筒を置く。
私はそそくさと誠の前へと歩んでいった。誠は賞状を広げ、綺麗な声を出すため咳払いをする。賞状から手を離したことで丸まっていき、慌てて広げる。おっちょこちょいなやつだ。
「えー、柊 香恋。あなたは本校において普通課程を卒業したことを証します」
両手でうまく賞状を反転させ、私に差し出す。私は左手右手と順に賞状に手を添え、誠に向けて一礼をした。先ほどまで照れ臭い感情に包み込まれていたが、賞状を受け取った瞬間、心がジーンとするのを感じた。
「香恋、泣いてる?」
顔を上げて誠と目が合うと、彼は驚いた様子で私を見る。
そこで頬を伝った涙が手に当たる。寒さのせいか涙は暖かかった。
気づいてからはとめどなく涙が流れてきた。拭うも拭うも湧き出る涙。それを誠に見られるのが恥ずかしかった。
「おかしいな。こんなことになるなんて」
卒業証書を受け取ったことで、今まで抱えていたものがすべて精算された気分だった。
受験が終わった安堵、志望校に受かった歓喜、大学への羨望。それらすべてが一気に心を満たしていき、溢れ出た不安や憤りが涙となって現れる。
いつしか誠に怒った時とは真逆のことが私の中で起こっていた。
ただただ涙する私を誠は優しげな表情で見つめる。だから安心して泣くことができた。
1年遅れの卒業式。
去年参加していたら、きっとここまで泣くことはなかっただろう。
すべてを終えることで私はようやく心から卒業することができた。これからはまた別の環境で新しい生活を営むことになる。
「香恋、本当に卒業おめでとう」
「誠、卒業式を開いてくれてありがとう」
夜空に光る満月は私たちだけの卒業式を祝福するように綺麗に輝いていた。
【短編】私たちだけの卒業式 結城 刹那 @Saikyo-braster7
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