第5話
あっという間に月日は流れ、共通テストが無事に終わりを告げた。
去年の母校での受験と違い、今年は指定された試験場での受験だ。場所に慣れるまでずいぶん時間がかかった。それに緊張感が去年と比べても桁違いだ。「ここで失敗したら来年はどうなるのか」というプレッシャーに圧迫された。
しかし、試験が始まってしまえば全ては杞憂に終わった。
最初の科目である『地理』が、自分の得意分野だったのが良かった。去年に比べてスムーズに解け、緊張感が一気になくなった。そのまま波に乗り、ベストを尽くすことができた。
「おじゃましまーす」
朝。身支度を終え、リビングでくつろいでいると誠が家へとやってきた。
「どうぞ。中に入って」
私は玄関の戸を開け、中へと通す。
「変わらないね」
リビングに入った誠は部屋を見渡しながらポツリと呟く。
誠が自宅にやってくるのは10ヶ月ぶりだ。その間、私は受験勉強に勤しみ、両親もいつものように仕事をしていた。だから模様を替えたり、買ってきた物を置くなんてことはないため部屋が変わるはずもなかった。
「適当に椅子に座って。今、紅茶を出すから」
事前に沸かしておいた湯をティーバックの入ったカップに注ぐ。紅茶が浸透したところで砂糖を入れ、甘くする。私たち二人ともまだ子供舌の甘党だ。
紅茶の入ったカップをテーブルに置き、いつものように誠の向かいに腰掛ける。
これから私たちは共通テストの答え合わせを2人で行う。
去年は2人で答えを見ながら一緒に正否の確認をしていた。今年は私一人のため誠が回答を教えて私が正否を確認することにした。
少しでも不安を癒せるように誠が提案してくれたのだ。私としても孤独な正否確認よりかは一緒にいてくれた方が心強い。だから喜んで誠の提案を呑んだ。
「それじゃあ、まずは地理から行こうか」
「うん」
2日目に影響が出ないように1日目の科目も答えを見ていない。
試験を受けた順番に答え合わせをする方向で進めていく。
「まずは第一問の設問1、答えは1」
「よし、合っている!」
誠が言う数字を聞いて問題用紙に書いた答えと照らし合わせる。合っていたので丸をつけた。誠は続けて残りの設問の答えを言っていく。設問と答えの数字を逆に言ったり、見ているところが違って別の数字を言ったりと誠の言葉に不安を抱きながらも正否確認を行っていく。
「ふー、終わったー。なかなかいいんじゃない!」
全ての正否確認を終えて、私は確かな感触を得ていた。
二次試験科目である数学、英語、生物、それから元々得意な地理は9割。それ以外は8割と言う結果だった。
「全体を通して8割後半。去年の俺より全然良い成績だよ!」
「だてに1年勉強し続けてないからね」
不安が消え、希望が出てきたことで互いに笑顔を合わせる。
ひとまず、第一関門は好成績で突破した。しかし、まだまだ気を抜くわけにはいかない。一次で良い結果を残せても、二次でずっこけたら、その時点で合格は見えないのだ。
私は再び気を引き締めて、午後からは二次の対策に臨んだ。
****
共通テストが終わってから月日の流れは格段に早くなる。
1月下旬から始まる私立受験を終えると、本命である志望校受験がすぐにやってきた。
「よしっ!」
受験票や筆記用具など必要なものをチェックすると、気合を入れるように掛け声を出す。玄関まで歩いていくと両親の「頑張ってらっしゃい」と言う声が聞こえてきた。それに「いってきます」と返事をして外へと出ていく。
「香恋、おはよう」
外に出ると門扉に誠の姿があった。今日は大学の門前まで見送ってくれるらしい。去年行ったことがあるので場所は分かっているが、気持ちの面ではかなり助かる。
空を見上げると雲ひとつない快晴だった。冬風の寒さはあるものの、太陽の光が暖かく心地いい。
「いよいよだね」
「ようやくこの日がやってきた。できることは全部やった。だから悔いはない」
「それを言うのはまだ早いよ。それに受験が始まるまでは最後の悪あがきをしないと。問題です。nが奇数である時、n二乗のマイナス1が8の倍数であることを証明しなさい」
「まさかの数学の問題。用紙が欲しいよ」
「これくらいは頭の中でやってもらわないと」
誠に言われて仕方なく頭の中で考える。電車に乗るまでは声に出しても問題ないため、考えたことを声に出して説明していく。計算は頭の体操になるし、定理を知っていないと解けない問題なので、知っているかどうかの確認にもなる。一石二鳥の問題。流石は誠だ。
そうして私たちは大学に着くまでの間、ひたすらに問題と回答のやりとりを行った。数学から始まり、英語、生物。電車内では互いのチャットでやりとりを行っていく。気づけば、私たちは大学の前に辿り着いていた。
「じゃあ、行ってくるね」
本番前に不正がないようにスマホの電源はここで切っておく。
誠に最後の声をかけると、私は手首にはめた『タンザナイト』の腕輪を見せる。それを見た誠は自分の手首にはめた『アクアマリン』の腕輪を見せる。彼もまた自分の誕生石の腕輪を購入したらしい。
去年の3月は誠に何もしてあげられなかったから今年は盛大に祝ってあげよう。彼に微笑みかけると私は顔を引き締めた。ここからは自分との戦い。もう何度言ったか分からない「よし!」という気合の言葉を口にして会場へと足を運んだ。
****
入場前は東の空にあった太陽は、今では西の地平線と交わりつつある。
まだ17時前だと言うのに、暗くなり始めていく空を見て、冬なのだなと改めて思わされた。ハーッと息を吐くとあぶれた水分が白くなって頭上を駆け上る。
その様子をしみじみと眺めながら門へと足を運んでいった。
私の周りにいる生徒たちの様子は多種多様だ。はじめに来た時と同様、何食わぬ顔で音楽を聴いている生徒。同じ高校の生徒と仲良く話しながら答え合わせをする生徒。結果が良かったのか浮かれた表情をする生徒。結果が悪かったのか今にも泣きそうな表情をする生徒。
私は彼らの様子を冷静に眺めながら、流れに沿うように歩いていく。
つくづく思うが、大学というのはとてつもないほど広い。門に入ったとしても自分の指定された席まで行くのに数十分もかかる。
流れる人の雑音に耳を傾けていると最初に入ってきた門が見えた。
前には何十、何百の生徒がいる。まるで祭りの後のようだった。受験というのも一種の祭りのようなものか。
門を抜けて歩いてすぐ、見知った顔を発見した。
誠だ。彼は私が門から入った時と同じように、その場所に佇んでいた。もしかすると、私が教室で受験している間、ずっとここで待っていたのかもしれない。そんな錯覚を覚える。
私が見つけたのとほぼ同時に、誠もまた私へと顔を向ける。
彼は胸のあたりで小さく手を振った。私は彼の元へと淡々と歩いていく。
少しずつ2人の距離が近づく。依然として誠は佇んでいたので、主に私が距離を近づけている。やがて一定の距離まで詰めると私は誠と対峙した。
「どうだった?」
誠は優しい笑みで聞いてくる。
その笑みは結果が良かろうが悪かろうが受け入れてくれる包容力があった。
だから私は誠の笑みに向けて力強く腕を前へと出した。結果が悪かったなんてことがないように人差し指と中指を立て、ピースして見せる。
「力の限り尽くした。後悔はない」
私の動作を見て、誠は笑みを崩さぬまま笑い始める。
「お疲れ様。なら、心配はいらないかな。これから焼肉食べに行く?」
誠の誘いに私は無言でうなずいた。
結果はどうあれ、これにて私の受験は終わったのだ。
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