第7話

 周囲の店の客引きたちは彼らの様子を遠巻きに見ていたようで、シャーラに声をかける者はいない。不安そうな表情でニナがこちらを見つめているのに気づき、シャーラは笑顔を返す。幸い客引きの男との会話は聞こえなかったようで安堵した。


「ごめんね、席が埋まってしまったらしいんだ。他に行こうか」


 ニナの頭を撫でながら言うと、小さな頭を俯かせて小さく頷いた。道路に面する大きな窓から店内の様子を伺い見ることは出来、よく見れば賑わってはいるものの全ての席が埋まっていないということは見て取れる。しかし、ライアは状況に察しがついたようで、ニナに何を食べたいか尋ねている。


 聞けば配給の硬いパンと僅かな野菜の味しか知らず、町で何を食べられるのか、何が売られているのか分からないという。


「では、少し歩いてみようか。何か気になるものがあったら教えて」


 ライアがニナの手を引き、シャーラに付いて歩き出す。広場を囲む店には見向きせず、少し細い横の路地に向かっていくようだ。


 先程の客引きの男が良い顔をしなかったように、周囲の店は貴族や商人、金を持った旅人を主たる客層としており、平民は広場の入り口付近に数店舗集まる屋台をよく利用しているようだ。ニナを除いて汚れた服を着た住人は一人として歩いていない。歩けば非難の的になることが大人には分かり切っていた。


 路地に駱駝を連れては入れないため、広場の脇で商いをしている馬番に手綱を預ける。料金以上のコインを握らせ、自分たちを探す者が来たら、この路地に入ったと伝えるよう言づけた。


 広場の賑わいが聞こえなくなる程度に離れると、その先の路地は広場とはまた異なる賑わいがある。商会が立ち並ぶ大通りからも少し離れたここに商人たちの姿は少なく、飲み物を手にした平民らしき身なりの住人たちが飾らない活気を見せていた。


 集合住宅の一階を飲食店やその他の店舗として利用されており、食材や日用品を買いに来る籠を提げた主婦が談笑を楽しんでいる様子も見られる。


「わ……」


 人の多さと活気に驚いたのだろう、ニナが小さく声を上げた。


「大きな都市はどこも同じだね。中心から少し外れれば、町の本当の姿がよく見える」


 暗い部分もね、と言って見つめる先には端に座り込んで施しを請う浮浪者や、道行く男たちに猫撫で声で声をかける女の姿が散見された。道行く人々もそれが当たり前の光景であるように気にしている様子はない。むしろ、小さなパンなどを手渡している者さえいた。


「ニナはこのあたりに来たことは?」


 小さく首を振って答える。その答えにシャーラはふむ、と顎に指をあてて思案する。どうやらこの区域が貧民街と密接に繋がっているわけではなさそうだ。それでも確かに貧富の格差を色濃く感じられた。


 行き交う人々の間を縫うようにゆっくりと歩いて行くと、唐突にニナが立ち止まった。その手はライアの手を強く握っている。


「どうしたの?」


「……あの人」


 繋いでいない方の手で小さく指さした先には、貧相なドレスを纏い、擦り寄るように男に声をかけている女がいた。長いスカートの裾は補修もせずに解れており、後ろで纏められた長い髪はお世辞にも綺麗とは言えなかった。貧民街から来ているだろうことは想像に容易かった。


「あの人がどうしたの?」


 ライアの手を強く握るばかりで答えないニナ。会いたくないのか問えば頷くことで答えた。


「ならそこの店に入ろうか」


 丁度一行の右手側には小さなレストランがあり、空席もあるようだ。シャーラはこのあたりの飲食店は必要な金銭さえ持っていれば、客を選ぶような真似はしないだろうと判断していた。


「お店に入ってしまって大丈夫?」


 後に二人を探しに来るだろうレナードを案じ、屋台などで済ませるのを想定していたライアは、レストランに入ろうとするシャーラの背に向かって話しかける。


 この路地に入ることは馬番に言付けて来たから大丈夫だと振り向きざまにシャーラは笑う。


「それに、あいつなら簡単に僕を見つけてみせるよ」


 楽しそうに笑うシャーラに続いてライアとニナも店内へと足を踏み入れた。

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