第36話 エリンギのおいしい食べ方

 エリンギを手に入れることが出来たので、私はさっさく調理に取り掛かる。


 目の前にはお肉、玉ねぎ、人参、バター、小麦粉、牛乳。それに先程の謎のエリンギである。



「リリー。本当にそれ食べるのか?」



 狼は心配そうに尋ねた。渋い顔をしている。



「そうですねー。新鮮なものでは無いですが、魔法の保存室から持ってきたものなので腐ってはいないと思いますよ」


「いや、野菜や肉のことじゃねぇ。そのキノコのことだ」


「見てくださいよ! こんなおいしそうなキノコ。滅多にないですよ。これならば最高においしいキノコシチュ―が作れると思うんですよ」



 エリンギをルガティに見せつけるようにして魅力を力説したが、彼は何歩か後ずさるとより懐疑心を強めるように目を細めた。



「──直感で分かるのですよ。これは食べてもいい。いや、食べなきゃダメだって。私、魔法はてんでダメダメですけど、料理に関しては自信があります。ご主人様は魔法を教えてくださらなかったですが、料理は教えてくれましたから」


 私はエプロンの紐をきつく締め直して調理を始めた。








♦︎


「うん。おいしく出来ましたよ!」



 謎のエリンギは大きさを除けば、特に変わった様子はなかった。何の問題もなくシチューは完成する。味見をしてみたが、バッチリの出来である。


 私はさっそく三人分の食器を六人掛けのテーブルに用意する。一つは自分の、もう一つは狼の。彼はいくら文句を垂れても、私には甘いので食べてくれるはずだ。最後の一つはご主人様の分である。



「リリー何か手伝うことは無いか?」



 人の姿になった狼が、食器を並べている私に声をかけてきた。



「あなた今、人の姿になれたのですね」


「別に隠していたワケじゃないが、流石にオレだけ床で食べるワケにはいかないからな」


「そうですか。それではこちらに鍋を持ってきてくれますか。重いので助かります」


「了解だ」



 スタスタと彼はキッチンに鍋を取りに向かった。その間私は玄関の木製の扉を見る。来るはずもない来客を待っているのだ。



「持ってきたぞ」


「ありがとうございます。その鍋敷きの上にお願いします」



 テーブルの中央に鍋はどかりと置かれる。どうにも作り過ぎてしまった感が否めない。久しぶりの料理が楽しかったので、ついついノリに乗ってしまった。



「それでは、食べましょうか。ルガーは席に座っていてください」


「ああ」



 底が深い器にシチューを入れる。湯気と共にクリーミーで、少し甘い匂いが漂ってくる。ゴロゴロとお玉から零れる具材たち。この光景を見ていると途端に食欲が湧いてくる。



「おいしそうだな」



 私の気持ちを代弁するようにルガティが呟いた。


 三つの器に注ぎ終え、私も椅子を引いて席につく。ちょうど彼と向かい合うような位置である。長めの前髪から覗かせる綺麗な瞳がこちらをしっかりと捉えている。まじまじと見ていると、彼の瞳からもご主人様とは少し違うが、引き込まれる何かを感じる。



「ルガー、こっちに来てくれませんか。なんだか向かい合わせは恥ずかしいです」


「そうか」



 彼は素直に私の提案を飲み込むと、食器を私の隣に全て移動させてから、ぐるりと回りこんで着席する。六人掛けのテーブルの片側だけに食器が並んだ形である。私は少し可笑しくて笑った。



「何か間違えたか?」


「い……いえ。こちらの話です。昔もこう一列でシチューを食べたことを思い出しただけです」



 彼は話を飲み込めていない様子で首を傾げた。



「さぁ、待っていてもご主人様は来るかわかりませんし。温かいうちに頂きましょう!」


「そうだな」



 私たちは両手を合わせて、ある言葉を口にする



「「いただきます」」



 まずはエリンギを掬ってみる。とろみのあるスープと共に白い物体がスプーンの上に乗る。意を決してそれら口の中に放りこむ。



「うーーん!」



 自然と声に出た。コリコリとした程よい食感を残しつつも柔らかい歯ごたえである。エグみはない。キノコの独特な風味が口いっぱいに広がるようであった。



「うん、おいしい。シチューとエリンギ合うな」


「おいしいみたいでよかったです」



 ルガティも気に入った様子で次々と口に運んでいく。彼の口に合ったようなので一安心だ。あとは……。


私は隣で湯気を立てているお皿を見る。大分自分勝手な解釈であった。今になって冷静さが私の元へ戻ってきた。確かにご主人様はキノコシチュ―を食べたいと言ったが、キノコシチュ―を作ったからといってここにご主人様が現れるというわけではない。


私が何度願ったとて、ご主人様が陥没穴から帰ってきたことはなかった。



「リリー、なんで主はエリンギを今までお前に食べさせなかったんだろうな」


「あそこでエリンギの名前を出したということは、ご主人様が苦手な食材というわけではなさそうですね」


「だよな。リリーを喜ばせることしか考えていないような人だから。エリンギを食わすことなんか、真っ先にやりそうだけどな」


「確かにそうですね」



 私はもう一度エリンギを掬う。つるりとしていて何だか可愛らしい見た目ではある。そして口に運び咀嚼する。やっぱりおいしい。



「食べてもおいしいということしかわかりません」


「コンコンコン……」



 扉を叩く音が聞こえた。隣でカチャカチャリと慌ただしく食器がぶつかる音がする。ルガティが席から立ちあがった。



「リリー。こんな時間に訪問者なんて妙だ。そもそも、ここには訪問者すら滅多に来ないだろ」



 再度、扉を叩く音が聞こえる。



「聞き間違いではなさそうですね」


「ああ。オレが見てくるから。何かあったら、裏手からすぐに逃げろ」


「嫌ですよ。ルガーをおいて逃げるなんて!」


「そう、心配そうな顔をするな。もしものためだよ」



 彼は私に優しい笑顔を見せる。そして、ゆっくりと扉に近づくと、開け放った。



「何のよう──」



 背が高い彼の身体に隠れて訪問者の姿をこちらからは確認できない。見える位置まで近付くと、彼は尻もちを付くように倒れ込んだ。



「ルガー! だいじょ──」



 私は目の前の光景を疑った。


 暗夜の元に白いワンピースを着た青髪の小さな女の子が立っていた。全身の細胞が私に何かを伝えようとする。しかし、わからない。完全に思考は止まる。


 面を食らい動けない私に向かって少女は笑いかけた。



「おいしそうなにおいがしたの! あたしもまぜてもらえないかしら? もうおなかがぺこぺこで」



 少女はお腹をさするような動作をする。どこか不自然でぎこちない動きである。



「はぁ……?」


「リリー、お前にもわかるよな! この子は」


「ご主人様……」



 私の全身が、目の前の少女をご主人様だと判断している。絶対に見かけは違うのに、はっきりとそう感じる。


 少女は私の言葉に対して、肯定も否定も示さなかった。しかし、小さな子供が見せる無垢な笑いとは明らかに違う笑みを浮かべるとこう言った。



「エリンギのおいしい食べ方をおしえてくださいな」





――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んで頂きありがとうございます。

突然で分かりづらいかもしれませんが、

これにて『エリンギのおいしい食べ方』第一章終わりとなります。


私がただ描きたいものに付き合って頂きありがとうございます。

今後も青髪と桃髪を応援して頂けると嬉しい限りです。


シンシア


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エリンギのおいしい食べ方 シンシア @syndy_ataru

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