第3話

 チェーン居酒屋を出ると太陽はとっくに沈んでいたらしく、辺りには街灯の明かりが等間隔で浮かんでいた。街灯と街灯の間には東京には存在しない濃い闇が漂っている。寒さも一段と強度を増していて、手に持っていたマフラーを素早く巻いた。いつもの通り翔太だけがいい感じに出来上がっていて、浩平に肩を回し陽気な鼻歌を奏でていた。

「酔い醒ましにちょっと歩いてから帰るわ」

 改札の前でそう伝えると、浩平は少し怪訝な顔をした。

「これから?明日も仕事だろ」

「なら俺らも歩くかー」

 翔太がワンテンポ遅れて会話に割り込んできたが、二人ともきれいにスルーする。

「ほんとにちょっと歩くだけだから。本屋にも寄りたいし」

「本屋もう閉まってるだろ」

「そうか、まあいいや。翔太のことよろしくな。」

 会話を終わらせ「じゃあまた」とだけ言い残し、その場を去った。浩平は納得のいかなそうな顔をしていたが、肩に吸い付いている翔太のこともあり諦めたようだった。

「気をつけてな」

 後ろから追ってきた声に振り返ると、浩平が大きく手を振っていた。右手を大きく上げるとともに「そっちも」と叫び返し、居酒屋とは逆の出口へと歩き出した。

 買いたいものなど何もなかったが、浩平に本屋に行くと言った手前なんとなく本屋へと向かうことにした。東口のロータリーでは缶ビール片手に盛り上がっている若者の集団が座り込んでいて、買い物袋を提げた年配の女性が迷惑そうにその集団を一瞥して通り過ぎて行った。

 浩平が言った通り本屋の店内は既に暗くなっていて、自動ドアの前に立ってみても反応はなかった。中は薄暗いながらもいくつかの照明はついていて二人の店員が談笑しながらのんびりと閉店作業をしていた。

 さて、どうしようか。行きたいところもないし、酔いを醒ましたかった訳でもなかった。ただこのまま三人で下らない話を続けながら帰るのは、なんとなく違うと思っただけだった。

 本屋を離れ、大学に向かうことにした。それ以外に思い浮かぶ場所が何もなかった。もう一度駅まで戻り、西口の出口から名ばかりの商店街をまっすぐ歩く。酒盛りしている集団を通り過ぎ、チェーン居酒屋の前も通り過ぎる。

 ジュンのことを考えてみようにも何を考えればいいのかもわからない。何も思いつかないままに、通い慣れた道を歩く。駅前の通りを曲がれば、店はなくなり閑静な住宅街へと突入する。少し歩いた先の角のパーキングは見慣れない小さなマンションへと変貌していた。

 ふいに吐く息が白くなっていることに気付く。もう冬が訪れてから数週間もの時間が流れていたが、自分の吐く息の白さに気付いたの初めてだった。

 住宅街を抜けると、小さな川を隔てた先に大学が見えてきた。川沿いのベンチに腰かけて、暗く寒いなか文句も言わずに佇む建物を見上げる。卒業ぶりに見たその建物は相変わらず古ぼけていて、キャンパスというよりかは校舎という言葉がよく似合う。

 依然としてうまく考えは浮かんではこないが、頭の片隅にジュンのことは思い続ける。明日以降はきっと日常に飲み込まれてジュンのことを思う時間は無くなるだろう。とはいえ自分にできることなど何もない。いや、何かをしたいと思うことすらおこがましいように感じる。

 ただ、モヤモヤする。

「がんばろーな。お互い」

 小さく、隣に人がいたとしても聞こえないほど小さかったが、声に出して言ってみた。空に向かって息を吐きかけ、もう一度白くなった自分の息を確かめる。

 寒空の下座っているだけだと、体が芯まで冷えてくる。

「帰るか」

 最後にもう一度だけ校舎を眺めて、日常に向け少し小走りで駅まで向かった。



 

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