第2話

 ジュンは大学の学部が同じで、最初に振り分けられたクラスも同じだった。クラスとは言っても名ばかりのもので、学年が上がり専門性が高まるにつれ各々の選択できる範囲が増え、クラスというくくりは自然と消滅する。それでも一年生の頃は基礎の分野が大部分を占めていたためクラス単位の授業が多く、自然とクラス同士でつるむ人たちがほとんどだった。

 同じクラスの中でも時間が経つにつれ何となくグループの様相を呈していき、いつからか僕とジュンは二人でつるむようになった。首都圏に属しているとはいえ、急行の止まらない片田舎にあるキャンパスではお洒落に気を遣う学生も少なく、ジャージやスウェットで登校する人も多かった。そんなのどかな校風の我がキャンパスで、銀色の髪をした新入生は目立っていた。そんな見た目のせいか、ジュンに話しかけるのを躊躇した人も少なくなかったと思う。

 ただ話せば気のいい奴で、周りに気を配れて、社交的で、僕らはすぐに仲良くなった。他のグループと一緒に授業を受けることも多かったし、女の子グループと一緒にお昼をすることもあった。キャンパスライフのスタートは上々で、授業はつまらなかったけどそれなりに楽しく過ごしてはいた。

「ジュンってパチンコしたことある?」

「ない」

「でしょ。行ってみね?」

 大学の最寄り駅の駅前には数件パチンコ屋が並んでた。当然毎日パチンコ屋の前を通ることになる。

「あんまり興味ないな」

「まあ俺もあんま興味ないんだけどさ」

「ないのかよ」

 ジュンが明るくツッコむ。五月になり日差しは刺すような強さへと変貌していたのだが、こんな髪色でも体育会系のサークルに所属しているジュンは元気だ。

「なんか今朝ふと十八歳になって合法的にできることしたいなって思ってさ。駅降りたらすぐパチンコあるじゃん。これだって思って」

「十八歳で合法、なんかいいな」

「だろ」

 早速その日の授業終わりに二人でパチンコ屋へ向かった。今まで立ち入ることが禁じられていた空間に入る時は多少の緊張もあったが、入ってしまえばうるさくてタバコの臭いが強烈なだけのゲームセンターといった感じだった。

「どーすればいいんだ」

 素人が素人に質問してきても「なあ」と困惑するしかない。とりあえず一通り店内をうろつき、相談の末なんとなく簡単そうないま流行りの大人数のアイドルの台に座った。とはいえどうすればいいのか。ひとまず周辺の打っている人の様子を伺う。

「ここに千円入れるっぽいな」

 同じく隣でレバーを回したり、ボタンを押したりと試行錯誤をしていたジュンが突破口を見つける。

 よし、と気合入れて千円札を突っ込んでみるもなんのこっちゃわからない。ただただ銀色の球がジャラジャラと自動で流れていき、けたたましい音と共に画面のルーレットが回り、アイドルの女の子が踊り始める。レバーを回したり、ボタンを押してみたりはするけれど、この行為が一体に何に作用しているのかすらもわからない。

 そんな具合で台の前でオロオロしていたら急に玉の出が止まり、あっという間に静かになった。どうやら何もわからない内に千円が終わってしまったようだ。

 千円か。思い返してみてもこんなにあっけなく無くなった千円は初めてかもなと思う。ラーメンだったら大盛にライスもつけられるし、シネマデーなら映画も見れる、漫画だったら二冊は買えるな、などと千円の価値についてぼーっと思考を巡らせていると、横のジュンの台からはまだ音が鳴りやんでいないことに気づいた。

「あれ、まだ続いてんだ。俺はよくわからんけど終わった」

「うん、よくわかんないけど当たったぽい」

「まじか、すげーじゃん」

 ジュンの台をのぞき込むと確かに当たっているかの正否はつかなかったが、自分の台では見せなかった踊りを楽しそうに踊っている女の子達がいた。しばらく女の子の踊りと、回り続ける数字を眺めていたがすぐに退屈し、正面に向き直りもう一度千円札を投入してみた。

 が、結果は一度目と全く同じだった。追加の炒飯と餃子も消え、シネマデーも関係なくなった。

 横を見るとまだ音とダンスは鳴りんでいない。ただもう一度千円札を突っ込む気力は残っておらず、黙って待つことにした。

 結果的にはジュンはよく分からないまま五千円札を握りしめていて、かたや僕の二時間分の労働は無に帰した。こうして最初にしておそらく最後のパチンコはものの三十分で幕を閉じ、ジュンの嬉しそうな横顔だけが残った。


 思い返してみても、ジュンと二人でわざわざ学校の外に出かけたのはあのパチンコだけだった気もする。学校帰りに何人かで飲みに行くことはあったが、二人でどこかに行こうとはならなかった。僕も誘わなかったし、ジュンからも誘われることはなかった。

 仲違いをしたわけではない。ただ大学生活が入学したての浮ついていた時期から退屈な日常へと変貌を遂げるにつれ、なんとなく合わないなと思う瞬間が増え始めていただけだった。ジュンがその後も一人でパチンコに通い続けていたのを知ったのも、ずっと後のことだった。

 それでも一年生の間はつるみ続けた。遅刻でもしない限り授業では隣に座るのがルーティーン化していたし、わざわざ避けるのも変な感じがしたからだ。

 そして学年が上がり環境が変わるにつれ、一緒にいることはなくなった。学校で顔を合わせれば挨拶くらいは交わしたが、その程度の関係になった。

 

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